汚染水は汚染し続ける【小松泰信・地方の眼力】2023年8月23日
福島第一原発の汚染水の海洋放出について、松野博一官房長官は6月28日午前の記者会見で、2015年に政府と東電が「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と福島県漁連に文書で伝えた方針を「順守する」と述べた。しかし、8月22日に開かれた関係閣僚会議で24日に海洋放出を始めると正式決定した。
怖いのは「あきらめ」という心の空洞化
毎日新聞(8月23日付)の1面で、西川拓氏(同紙福島支局長)は、重要な約束事項を反古にする政府の姿勢を、「ただでさえ事故の後始末の負担が集中する福島県の人々に、さらなる『忍従』を強いるような対応」で、「あまりにも理不尽」と憤る。さらに、21日岸田首相と面会した坂本雅信氏(全漁連会長)が処理水の科学的安全性については「理解が進んでいる」と発言したことを、首相が「放出への理解」と受け取り、「関係者の一定の理解が得られた」と放出日決定に踏み込んだことには無理があり、「言葉遊びのような感覚でこの問題を進めるのは、不誠実と言うほかない」と指弾する。
「自慢のモモですら今も全国平均より1割以上安値で、コメや牛肉などでも他県産との価格差は開いたままだ。『事故直後の風評被害は今でも続いている』(県農林水産部)」ことから、漁業関係者の多くが懸念しているのは、「原発事故後に福島の生産者が味わった深刻な風評被害の再来だ」として、「今、地元の漁業の現場に漂うのは、『理解』というより、『何を言っても政府の思い通りに進む』という『あきらめ』に近い感情だと映る。この上、深刻な風評被害が再来すれば、その感情はすぐに不信感へと変わり、数十年続く廃炉や福島の復興にも大きな影響を及ぼすだろう」と訴える。
風評被害は絶対に起こる
「科学的な安全と社会的な安心は異なる。現に風評被害は起きている」と、風評被害対策の必要性を強調した坂本雅信会長の言葉を紹介し、原発事故から12年が経ち、さまざまな対策を重ねてきたにもかかわらず、農畜産物でも風評被害が収まっていないことを、次の具体例で示しているのは日本農業新聞(8月23日付)の論説。
農水省の米の相対取引価格に基づく福島県の推定値によると、2021年産の福島県産米価格(60キロ当たり)は、全国平均よりも1065円安の1万1739円。理由は、風評により家庭用の取引が大幅に減り、価格の安い業務用主体の流通となったため。特産の桃も、「あんぽ柿」も牛肉も、福島産の価格は全国平均を10%以上下回り、事故前の水準には戻っていない。
また、共同通信社が8月19、20日に実施した全国電話世論調査(回答者数1049人)で、「処理水の海洋放出により風評被害が起きると思うか」という問いへの回答が、大別すると、「起きる」88.1%、「起きない」10.3%であったことも紹介している。
これらから、東電と政府には、不都合な情報を隠蔽せず開示することを求め、「農林漁業者のなりわいを奪われることがあってはならない」と念を押す。
順調に進まぬ廃炉作業
中国新聞(8月23日付)の社説は、岸田首相が「今後数十年にわたろうとも、漁業者が安心してなりわいを継続できるように全責任をもって約束する」と明言したことに対して、「ゴールも見えていないのに将来への責任をどう担保するのか。民間企業の東電の事業に政府がいかに関わるかも曖昧だ。文書で示した8年前の約束をないがしろにした首相の口約束である。額面通りには受け取れまい」と急所を衝く。なぜなら、「炉心溶融(メルトダウン)が起き、溶け落ちた核燃料(デブリ)は事故から12年たった今も全く取り出せていない」状況で、「廃炉作業は順調とはいえない」からだ。
さらに、「政府もIAEAも『国内外の原発の排水にも含まれる物質』と説明するが、通常運転の原発の排水と、デブリに触れた水では比較になるまい。トリチウム以外の放射性物質も完全に取り除けるわけではない。政府と東電は、モニタリング(監視)を強化し、数値が基準を超えればすぐに止めるとしているが、チェック体制は十分なのだろうか。異常があっても回収する手だてはなく、一度流せば取り返しがつかない」ことを指摘し、「このまま放出に踏み切れば、将来に禍根を残す」と警鐘を鳴らす。
復興の障害は信用できない政府
西日本新聞(8月23日付)の社説は、岸田政権が風評被害対策や漁業支援に計800億円の基金を積んだことを「漁業者の懐柔が狙い」と見抜き、「『約束は守る』と言い続けた末に『関係者の一定の理解を得た』(西村康稔経済産業相)では、あまりに都合が良過ぎる」と斬り捨てる。さらに、事故から40年での廃炉完了は困難との見方が強く、作業場所の確保のために、処理水を慌てて処分する状況ではないことから、保管用タンクが満杯に近いことは、「放出を急ぐ理由にならない」とする。そして、「研究者や市民団体が提案する陸上タンクでの保管継続、半地下でのモルタル固化に関して時間をかけて検討した形跡はない」ことから、「他の手法との比較検討を尽くさずして、海洋放出への理解は広がるまい」と苦言を呈する。
北海道新聞(8月23日付)の社説は、「処理水の海洋放出が、福島第1原発の廃炉に向けて避けて通れない」との政府の主張について、「敷地外へのタンク増設を真剣に検討した形跡は見当たらない」「海洋放出によって廃炉が加速する保証もない」、デブリの取り出しに関しても「取り出し方法、搬出先、保管方法などは不明」等々から、「海洋放出の決定より廃炉の見通しを明示するのが先」とする。そして、「産業振興への不安や政府への不信の増大こそが、復興の足かせ」として、政府と東電に拙速を避け着実な復興を目指せと提起する。
次は汚泥の引受先を探します
琉球新報(8月23日付)の社説は、「放出によって子や孫が漁業を継ぐことをあきらめてしまうようなケースを想定しているのか。約束の言葉があまりに軽い」と慨嘆し、「『寄り添う』と言いながら地元の思いを顧みず、既定方針を進めていくやり方は沖縄の米軍基地問題にも通底する。問われているのはこの国の民主主義の在り方だ」と本質に迫る。また、「処理水や放射性物質の除去過程で出る汚泥の保管場所が逼迫(ひっぱく)している」ことに言及し、「汚泥の保管場所が不足しているのは、関連施設の整備で東電の対策に見通しの甘さがあった。政府の監督は十分だったのか。一連の対応について究明されないまま、放出が強行され、漁業者がつけを負わされることは認められない」と厳しく迫る。
「汚泥」問題は初耳だが、その保管場所(汚泥捨て場)問題も近い将来表面化するはず。前回の当コラムで取り上げた「苦境にあえぐ地方」に迷惑施設を押しつけようと、動き始めた者たちがいるはず。それをチャンスと捉える地方に未来はない。
「地方の眼力」なめんなよ
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