続・抵抗組織としてのむら【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第292回2024年5月23日
いまだ農林業生産力の低かった時代を生きていく上で必要不可欠だった入会権=生存権、これを奪う者に対して起こさざるを得なかった農民の抵抗運動、その典型例が、岩手県一戸町の小繋山をめぐって起きた「小繋(こつなぎ)事件」だった。明治の民法に基づいて手に入れた地主による「所有権」を盾にした入会権の否定は山村住民の生存を不可能にするものであったことから、大山林地主・警察・裁判所に対するむらびとの親子三代にわたる血みどろの闘いが展開されたのである。その解決は戦後昭和、1960年代になってからであった。これは戒能通孝『小繋事件』(岩波新書)の名著もあって有名になったのだが、上野駅から青森駅に向かう国鉄東北本線の列車に乗って盛岡から北に向かうと小(こ)繋(つなぎ)(現・岩手銀河鉄道)という駅があり、ここを通るたびに私はこの暗い事件のことを思い出したものだった。
今から十数年前、『待合室』という映画(注)が制作された。駅前の商店と待合室を場にした心温まる人と人との交流が描かれている。その撮影場所がこの小繋駅であった。この映画を見た人たちは、これからの若い人たちは、小繋という名前を聞くときっと心安らぐ場所として思い浮かべることであろう。
それでいいと思う。しかし、小繋で展開された生存権をまもる闘いの意義だけは風化させてはならないのではなかろうか。
と言っても、もう知る人は少なくなってしまったが。
むらはむらびとの生産と生活をまもる組織だった。したがって、このむらの決まり、慣行を外部から破ろうとするものにはむらをあげて抵抗する。破られては、むらびとの生産と生活を維持することができないからである。むらをまもるためには権力に対してでも闘う抵抗組織となった。中ではいかにごたごた対立していても、外に対しては一致団結したものだった。
庄内平野のある集落では、土地の所有権は他の集落の農家や酒田の商人などに譲ってもいいが、土地の利用権は集落内の農家に残すことを原則とした。地主もそれを認めざるを得なかった。他の集落の農家は水利用の規制はわからないし、水路掃除のための共同出役に出てくるのも距離的に難しいので、むらの水利用はうまくいかず、生産もうまくいかなくなるからである。
これと同じことを、1970年代に北海道深川市の稲作地帯に調査に入ったとき聞いた。水田を売りたいときにどうするかと聞いたら、まずすぐ近くの4戸で構成される「班」の農家に買わないかと声をかけるという。そのなかで買う人がいなければ、四つの班で構成される「組」の農家16戸に声をかける。他の地区の農家がいかに高い値段で買いたいと言ってきても、この16戸のなかに買いたいものがいればその農家に売る。もしもそのなかに買い手がいなければ初めて農業委員会に話をし、他の地区の買い手を捜してもらう。こういうのである。
そのとき感じた。「むら」は北海道にもあると。北海道には「むら」はないと言われているがそうではないのではなかろうか。水の共同利用や近隣の助け合いのなかで自然発生的にむら社会が形成され、よその地域の人に土地を売ったらみんなが水利用などで困るだろうということで、まずむらのなかの農家に売る。これこそむらの決まり(不文律だが)の、むら社会の原型なのでなかろうか。
しかし、何百年もたつとこうした原則で構成されたむら社会は変わってくる。実際に、農家間に経営面積の差が出てきたり、商業資本・高利貸資本の浸透による貧富の差の拡大や地主小作的分解によって変ってきた。
たとえば、庄内平野のある集落では、土地所有の農家間格差ができるなかで、むらの寄り合いでの並ぶ順序が所有地の大小によって決まるようになってきた。完全な平等でなくなってくるのである。
こうしたなかで、自分が落ち込まないようにしたい、少なくとも隣近所よりは落ち込みたくないと考えるようになってくる。それで隣近所の関係も変わってくる。そして「隣に蔵が建てば腹が立つ」ようになり、「隣の貧乏、鴨の味」と感じるようになってくる。
だから土地などは隣の農家には絶対に売らない。売るというそぶりも見せずにかくして、他地域の農家に売る。近隣の農家は他地域の農家が耕作しているのを見て初めて売買があったことに気が付く。つまり本来のむらの良さがなくなり、足引っ張り社会などのむらの悪い側面が表に出てくるようになるのである。
閉鎖社会だからなおのことこうした側面は強くなる。このむらの閉鎖性は、地理的な条件、当時の交通条件からももたらされた。
(注)監督:板倉真琴、脚本:板倉真琴、製作会社:「待合室」製作委員会、配給:東京テアトル、2006(平18)年。
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