続・80年代のむら見直し論の評価【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第296回2024年6月27日
戦後30年を過ぎた(1970年代半ば)ころの話しだが、日本の民主化は定着し、工業の生産力は大きく発展し、戦前とはもう時代が違っていた。
農業もそうだった。農業生産力は大きく高まり,農家個々の自立も可能になってきた。もはや村落共同体が存在する物質的基盤はなくなってきた。
にもかかわらず、むらを復活するとなれば、必要悪のうちの悪だけが機能を発揮することになる。そしてそれは生産力の自由な発展を妨げる。
このことは、これまでの地域の農業生産力の発展が多くの場合この村落共同体の機能を克服することによってなされてきたことを思い起こせばわかることだった。
たとえば、生産力の直接的担い手である若い層は、古い慣習や歴史に固執する集落の中高年層の抵抗をはねのけて土地基盤整備を実施させたり、集落の有形無形の圧力をのりこえて新しい作目部門、新しい農業技術を採り入れたりして、地域の農業生産力を発展させてきた。つまり、若者は従来の村落のもっていない新しい生命力、活力を地域に持ち込み、遺制として残存する因習を打破って生産力を発展させるという革新的役割をはたしてきたのである。そして農家の革新的エネルギーが以前より自由に発揮でき、地域農業が発展できるようにしてきた。
しかるに、改めて村落共同体の機能を復活するというのは、こうした新しいエネルギーを抑えることになり、集落に農家を押し込め、生産の発展を阻害することにしかならない。さらに、若者の意志を抑えるこうした古いむらを嫌って若者が農村から流出する危険性すらある。
もちろん、むらには都会にはないよさもある。相互扶助などはその典型である。
私事になって申し訳ないが、1972(昭47)年、私の生家の半分が昼火事で焼けてしまった。夕方になると焼け残った小屋に布団から食事からすべて近隣の人が運んで来てくれた。翌日、現場検証が終わったら何十人も集まり、一斉に後片づけをしてくれて、火事があったかどうかわからないほどきれいにしてくれた。これには涙がでた。
その後の話しになるが、仙台の私の近くの家で真夜中火事になった。私どもは寝入り端で朝まで知らないで寝ていた。ところが隣近所は誰も起こしてくれなかった。後で家内がその奥さんに何も手伝えなかったことを謝った。その時こんなことを言われたという。「隣近所の人は火事を眺めているだけで何もしてくれない、奥さんがその人たちに、近くの実家の電話番号を言い、そこに電話してくれと叫んでも誰もしてくれなかった」と。
ここにむらとまちの違いがある。むらでは弱いものをみんなで助けようとする。減反割り当てがくると、零細規模の農家や家庭の事情がある農家の割り当てを免除し、みんなでそれを引き受けるなどはその典型だ。
こうした相互扶助を始めとするむらのよさにむらの人間が誇りをもつべきだと思う。
しかし、外部の人間が「むらはいいものだ」などというとこれまた無性に腹が立つ。
わかったようなことを言うな。あなたたちの誉めるむらは「隣がこければうれしい社会」なのだ。ここからいかに脱却するか、これが何百年来農家が望んできたことなのだ。むらを愛しながらもむらを憎んでもきたのだ。この複雑な気持ちもわからずに、昔のむらはよかった、そこに戻れとは何事か。
しかもいまだにむらには悪い習わしが残存している。1978(昭53)年の暑い夏、福島県会津のある集落に調査に入ったとき、大学院生の一人が興奮して宿に帰ってきた。ご主人を数年前になくし、パートで生計を維持しているご婦人の家に調査に行ったら、所有水田40㌃をすべて減反しているという。なぜかと聞いたら、集落の役員からあなたの家にはそれだけの割り当てが役場からきたのだといわれたからだという。そんなことはあり得ないはずなのにと彼は怒る。要するに、無知を利用し、むらにおける女性の発言権のなさを利用し、知らん顔をして犠牲をそこにしわ寄せしたのである。こんなむらさえあるのだ。
そして、「隣の貧乏、鴨の味」で、隣をもうけさせることなどにはましてや協力しない。たとえば隣に土地を売るなどと言うことはしない。「誰かが突出すればよってたかって潰す社会」なのだ。
そもそも村落共同体なるものは否定されるべきものなのである。それなしでは個々人の自立、生産力の発展はあり得ないのである。
もちろん、その否定はさまざまな問題を引き起こす。たとえば、土地が地域の中で連担しているのに個々ばらばらに対処しようとすれば共倒れになってしまい、地域農業が衰退する。
とすると、その現実も否定されなければならない。ただしその否定は昔に帰ることではない。新たな段階に対応した、自立した個人による、新たな結合原理をもった地域組織をつくりあげることによってなされるべきなのである。
あのころ、私はこんなことを考え、また主張したものだったが、その後の農産物輸入の急増、産物価格の低迷、他産業の急成長・労働需要は、むらの再構築などを考えるゆとりすら与えなかった。
昔はよかった、昔に帰れの声は、都会の一部の識者の間で評価されただけで終わった。
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