【浜矩子が斬る! 日本経済】「年収の壁とベルリンの壁の関係」 制度の足かせ考える時2024年11月20日
「年収の壁」が今年の流行語大賞を受賞するかもしれない。年収の壁はたくさんある。103万円・106万円・130万円・150万円等々。今、もっぱらの話題となっているのが、103万円の壁だ。年収がこの額を超えると、超えた分について所得税の支払い義務が発生する。だから103万円の壁の上に頭を出すと「働き損」になる。こういう計算が働くので、せっかく稼ぐ甲斐性がある人々が就業時間を抑え込んでしまう。このことが、目下の政策論議の大きな焦点となっている。
エコノミスト 浜矩子氏
この問題については注意を要する。所得税の納税義務が生じることで、当人の手取り収入がそれ以前と比べて減るわけではない。壁を超えた分の金額から所得税相当額が天引きされるだけの話だ。ただし、そうなると配偶者や親などに適用される扶養控除や配偶者控除が原則として外される。それによって世帯全体としての手取り収入が実質的に減ることは有り得る。それを回避するために、103万円の壁の上に頭が出そうな人々が「就業調整」する。ここに問題がある。
この点を理解した上で、壁というものの性格について少し広角視野で考えてみたい。そもそも、壁とは何か。超えたい壁と超えたくない壁はどう違うのか。超えたくても超えられない壁とはどんな壁か。超えられなくても、どうしても超えたい壁とはどんな壁か。超えられるけど、決して超えたくないのはどんな壁か。
東西統一前のドイツには、ベルリンの壁があった。ベルリンの壁は、超えることが決して許されない壁だった。だが、東西両ベルリンの圧倒的多くの市民たちにとって、この禁断の壁はどうしても超えたい壁だった。命がけでよじ登り、その下にトンネルを掘ってもぐり抜けるべき壁だった。壁を超えることが、人々に自由をもたらし、家族の再会をもたらし、歓喜につながった。
年収の壁はどうだろう。一見したところでは、年収の壁とベルリンの壁は対照的であるように見える。
年収の壁は、超えようと思えば超えられる。だが、超えたくない壁だ。必死でよじ登らなくても、結構、造作なく超えられる。だが、超えれば家族の負担が増えてしまう。壁の向こう側では、自由どころか不自由が待ち受けているかもしれない。壁を超えることで、家族の再会ではなくて、不自由がもたらす家族の絆の危機が発生してしまうかもしれない。歓喜するどころか、悲嘆にくれるはめに陥るかもしれない。かくして、年収の壁は、ベルリンの壁とはあまりにも違う。
だが、本当にそうか。年収の壁は、本当に超えようと思えば超えられる壁か。本当に超えたくない壁か。超えることが本当に不自由をもたらす壁か。本当に家族の絆を傷つける壁なのか。その向こう側には、本当に不幸が待ち受けているのか。
よくよく考えてみればそうではないように思えてくる。人々がその能力や頑張りにふさわしい年収を得ることが出来るようになるのは、大いに結構なことだ。有能な人材に、応分の報酬を与えることができるのは、経営者にとって喜ばしいことだ。家族の一員が「働き損」回避に常に汲々としていなければいけない状況が、その家族を幸せにするか。絆に亀裂が生じることはないのか。矛盾や焦燥を抱えながら、壁の上に頭を突き出すまいと身を縮めていることに本当の自由があるのか。
思えば、年収の壁は制度の壁だ。様々な「控除」や「特別措置」を人々の周りに張り巡らせている制度の網だ。それは少し鉄条網のようにみえて来る。この鉄条網を超えようとすると、けがをする。だから、縮こまる。それぞれの「控除」や「特別措置」の背後には、人々の生活を守るための配慮がある。だが、それがかえって人々にとって足かせになっていないか。禁断の壁になっていないか。そこを考えるべき時が来ているのではないか。
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
アメリカ・バースト【小松泰信・地方の眼力】2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
農地マップやほ場管理に最適な後付け農機専用高機能ガイダンスシステムを販売 FAG2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日