【地域を診る】地域再生は資金循環策が筋 新たな発想での世代間、産業間の共同 京都橘大学教授 岡田知弘氏2025年1月22日
今地域に何が起きているのかを探るシリーズ。京都橘大学教授の岡田知弘氏が解説する。今回は「壁と分断の発想を乗り越えて」として地域再生には「新たな発想での世代間、産業間の共同が重要」と説く。
京都橘大学教授 岡田知弘氏
昨年の総選挙の際に、「103万円の壁」を撤廃し、若い世代の手取り収入を増やすべきだというある政党の政策が、注目を浴びた。私の担当している地域経済論の授業でも、毎回、受講生に書いてもらうコメント・質問欄に、珍しく「103万円の壁」について説明してもらいたいという趣旨の質問が数件、書き込まれた。
時は、年末。アルバイトに依存している学生にとっては、アルバイト収入の調整に頭を悩ませている頃である。自分ごとと結びつけて、政策や政治を考えている学生が少なからずいることは喜ばしいことではあるが、自分だけの当面の損得勘定から投票行動がなされているとすれば、これは由々しきことである。残念ながら社会保障費との関係や地方税収への波及といった問題には、あまり関心がない。
そしてこの種の議論になると、必ずつきまとってくるのは、「高齢者の社会保障給付が多すぎるので、若者世代は政府からの給付が受けられない」といった短絡的な「分断」論である。ただでさえ少ない社会保障費のなかで高齢者世代と若者世代への単年度支出を比較する「二項対立」論をもとに議論したとしても、あまり生産的なものにはならないだろう。
だが、前回紹介した、「年金経済」の実態調査を、自治体レベルで行うことで、このような「二項対立」論、「分断」論を乗り越える共通理解ができるのではないかと考える。
そもそも、年金や各種給付金は、一度給付されたあと、どうなるのだろうか? とりわけ、ほとんどの高齢者は年金だけで十分な生活を営むことができない状況である。長期的な預金や投資に回せる人は、あまりいないと考えられる。
その消費支出先は、地元の商店や病院、福祉サービス事業所、タクシー等の交通費等が多く、そこで働いている人たちは、本人たちよりも比較的若い世代である。つまり、お金は高齢者世代に「得な」形で蓄積されていくのではなく、その地域経済社会に循環し、より若い世代の仕事と所得の源泉としての役割を果たしているのである。ただし、コロナ禍の下で、高齢者のなかでも、インターネットによる購買活動を増やしたり、交通手段がないために地元で購入できない人たちが増えている。時には、詐欺の被害に遭い、貴重な年金収入が地域から盗まれてしまう場合もある。その実態を、自治体、事業者、老若男女の住民が、本音を出しあいながら議論して、具体的解決策を図っていくことで、先の「分断」を乗り越え、住民が互いに共同して地域をつくることができるのではないかと思う。
もうひとつ気になる「壁」というか「分断」がある。それは、主として、行政サイドにみられる縦割り行政の「壁」である。例えば、医療や福祉を、地域産業施策の一つとして位置付けるべきだという議論に対して、読者のみなさんはどう考えるだろうか。
国や都道府県では、厚生労働省―健康福祉部といった縦割り行政の仕組みが入っており、医療・福祉を地域産業政策として位置づけることには、大きな抵抗があるだろう。しかし、熊本地震の際に、一つの変化があった。東日本大震災の際に創設された中小企業等グループ施設等復旧整備補助金制度の枠組みをかなり柔軟にし、商工関係の事業者だけでなく、地域にある農業法人、福祉施設や診療所も助成の対象にしたのである。
工場が再建されても、そこで働く従業員の家族が子どもや高齢者を施設に預けたりすることができなければ、地域社会全体の雇用の回復につながらないだろう。兼業農家が多い地域では、家族全体の就業機会と医療福祉環境がなければ、十分な産業活動は回復しないからである。
翻って、石川県能登半島地震被災地はどうか。被災後1年経ったところで、輪島市や珠洲市をはじめとする奥能登での人口減少が目立つ。それ以上に、小中学校の子どもの数は、3割も減少している。そして、その親世代が比較的多く働いていたのが、病院や福祉施設であった。その再建が著しく遅れており、働く場がないために、生活が成り立たないのである。
奥能登地域の就業構造を見ると、病院や福祉施設で働く人たちが、どの市町でも上位を占めている。いわば基幹的な産業なのである。それを支えてきたのが高齢者の年金でもある。能登半島地震では、熊本県型のグループ施設等補助金ではなく、国と県は「なりわい再建支援補助金」制度を適用して、従来の狭い商工分野に限った個別企業の再建に重点を置いているようである。個別企業にとってはある程度の使いやすさはあるものの、多業種の経済主体によって形成されている地域経済・社会の再生には直接つながらないものであり、地域全体の復興を考えるならば、今後、大きな改善が求められよう。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(171)食料・農業・農村基本計画(13)輸出国から我が国への輸送の状況2025年12月6日 -
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(88)ジチオカーバメート(求電子剤)【防除学習帖】第327回2025年12月6日 -
農薬の正しい使い方(61)変温動物の防除法と上手な農薬の使い方【今さら聞けない営農情報】第327回2025年12月6日 -
スーパーの米価 前週から23円上昇し5kg4335円 過去最高値を更新2025年12月5日 -
支え合い「協同の道」拓く JA愛知東組合長 海野文貴氏(2) 【未来視座 JAトップインタビュー】2025年12月5日 -
【浜矩子が斬る! 日本経済】『タコ市理論』は経済政策使命の決定的違反行為だ 積極財政で弱者犠牲に2025年12月5日 -
食を日本の稼ぎの柱に 農水省が戦略本部を設置2025年12月5日 -
JAの販売品販売高7.7%増加 2024年度総合JA決算概況2025年12月5日 -
ポテトチップからも残留農薬 輸入米に続き検出 国会で追及2025年12月5日 -
生産者補給金 再生産と将来投資が可能な単価水準を JAグループ畜酪要請2025年12月5日 -
第3回「食料・農林水産分野におけるGX加速化研究会」開催 農水省2025年12月5日 -
新感覚&新食感スイーツ「長崎カステリーヌ」農水省「FOODSHIFTセレクション」でW入賞2025年12月5日 -
(464)「ローカル」・「ローカリティ」・「テロワール」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年12月5日 -
【スマート農業の風】(20)スマート農業を活用したJAのデジタル管理2025年12月5日 -
「もっともっとノウフク2025」応援フェア 農福連携食材を日替わりで提供 JA共済連2025年12月5日 -
若手職員が"将来のあるべき姿"を検討、経営層と意見交換 JA共済連2025年12月5日 -
IT資産の処分業務支援サービス「CIRCULIT」開始 JA三井リースアセット2025年12月5日 -
「KSAS Marketplace」に人材インフラ企業「YUIME」の特定技能人材派遣サービスのコンテンツを掲載 クボタ2025年12月5日 -
剪定界の第一人者マルコ・シモニット氏が来日「第5回JVAシンポジウム特別講演」開催2025年12月5日 -
野菜との出会いや季節の移ろいを楽しむ「食生活に寄り添うアプリ」リリース 坂ノ途中2025年12月5日


































