旧正月【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第325回2025年1月23日
話をまたその昔(と言っても昭和の初期、太平洋戦争前、今から90年前ころのことだが)に戻すが、当時は手労働が中心の時代。だから農家は忙しかった。
もちろん年中忙しいわけではない。相対的に暇な時期はある。真冬がそうだし、真夏のころもそう村だ。前にも述べたように、そうしたときには、わら仕事や草刈りなどをしながらも、ゆっくり休んだ(註3)。こうした休みは忙しい時期にもあった。農家にはまた村には、自分たちが決めた祝祭日・休日があった。休めるときはもちろんのこと、たとえ忙しくとも、身体や作物にとって休んだ方がいいときには、合間に祭りや休日を上手に入れた。まさに農家の、むらの祝祭日・休日は生活と経営にぴったり適合していた。
そしてそれは何百年と続いてきた。何百年と伝承されてきた技術に対応して休日や祭り等も伝承されてきたのである。その間技術革新がないわけではなかったが、生産と生活のリズムは基本的には変わらず続いてきた。
お上の決めた祝祭日、休日のなかにはこうした農家やむらの暮らしのリズムや歴史に合わせて定められたものもあったが、その多くは生産・生活と遊離していた。その遊離は地域の気象条件が大きく違うのに全国一律に祝祭日を決めたということからもきていた。
したがって農家はまたむらは、国の祝祭日の行事などにむりやり引っ張り出されることはあったが、お上の決めたことと関わりなく自分たちの祝祭日、休日をまもってきた(注)。
旧正月に搗く「かき餅」については前に述べた(註1)が、山形市周辺で言うかき餅とは「薄く四角に切って外に干し、からからに乾燥させ、焼くか油で揚げるかしてふくらまして食べる餅」のことで、保存食として搗いたものである。
もう少し詳しく言うと、前回述べたようにして蒸かしたもち米に黒ごまあるいはゆでた大豆、それに砂糖あるいは塩を入れて搗く
(何も入れずに搗く場合もある)。搗いた翌日あるいは翌々日、のし餅にしてあるそれを長方形に本当に薄く切り、わらで編んで連にして外に干す。一週間くらい干したのではなかったろうか、からからに乾いたその餅、つまりかき餅を連から外して家の中で保存しておく。普通の切り餅のように湿っておらず、乾燥しているのでかなりの期間保存しておける。
そして、たとえばおやつのときなどにかき餅を火鉢の炭火で焼く。網の上に載せ、膨らんで来たら火箸でその部分を圧して伸ばす。また別のところが膨らんで来たら伸ばすというようにしてせんべいのように膨らませ、当初の姿の1.5~2倍の大きさに伸ばす
(「芭蕉せんべい」というお菓子をご存じだろうか、子どもの頃お祭りの時などに露店があぶりながらのして売っていたものだが、あれを思い出していただければいい)。かりかりしておいしい。私がとくに好きなのはごま塩が入っているかき餅だったが、当時は糖分に餓えていたころ、砂糖が入っていてほんのり甘いのも好きだった。しかし焼き方が失敗すると固くてまずい。なかなかうまく焼けず苦労したものだった。
なお、この旧正月には「くだけ餅」も搗き、これもかき餅にした。これはこういうものである。
収穫後のうるち米の調整の過程で売り物にならない米が出てくる。米選機で選別された屑米(未熟粒、細粒、小粒)や砕米(籾摺りなどの過程で砕けた米)、つまり売り物にならず、精米して白米にすることも難しく、ご飯にして食べるのも難しいうるち米がどうしても出るのである。これを捨てるのはもったいない。
そこでその屑米や砕米のうちの相対的に粒の大きいうるち米に餅米を少し入れ、普通の餅搗きと同じように蒸かして臼で搗く。精米していないつまり玄米のままだから、餅の色は灰色になり、米粒の形も少し残る。それを私たちは「くだけ餅」と言ったのだが、それをこのまま餅として食べても全然おいしくないし、切り餅にして焼いて食べてもおいしいものではない。そこでかき餅にする。つまり薄く切って外に干し、さっきかき餅のところで述べたようにして焼いて食べる。そうすると何とか食べられる。
春先、暖かさと湿気でもうこのまま保存しておけなくなるころ、祖母は残ったかき餅全部(くだけ餅も含めて)を油で揚げる。ふわふわさくさく、香ばしくてうまかった。砂糖があるときはそれを上にかけてくれる。脂肪不足、甘味不足の戦前戦後の子どもにとってこれは最高のごちそうだった。
また、ちょうどそのころに回ってくるバクダン(ポン菓子)屋に頼んでバクダンにしてもらうと、これまたおいしかった。
注)旧正月と新正月については本稿の第178回・2022年1月6日「二回あった『お正月』」に詳しく書いてあるので参照されたい。
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