何かと言えば搗いた餅【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第326回2025年1月30日
土が見えない。緑が見えない。冬の私の生まれ育った山形ではすべてが雪の下となる。みんな真っ白だ。もちろん緑がまったく見えないわけではない。松、杉の緑はある。しかしその緑は堅く黒い緑であり、柔らかく青い緑はない。11月末から3月初めまでほぼ毎日、灰色の曇り空、白い雪を灰のように降らす空の下に閉じこめられる。
3月半ばになって、陽がよく顔を出すようになり、野山を照らすようになったある日、溶けて少なくなった雪の間から畑の土の黒がちょっとのぞく。雪に囲まれたほぼ円形の土、雪解け水をしっぽりと吸い込んだ黒い土から、ハコベの緑色が白い枯れ葉をつけて、ちょこっと明るい陽に浮き立つ。
お彼岸近くになるとさらに日差しが強くなる。畑には汚れた雪がわずかに残るだけとなる。濡れた黒い土からゆらゆらと陽炎(かげろう)がのぼり、家の壁を、塀を、柿の木の枝を揺らす。
うらうらとした陽が暖かく田畑を照らす日、お念仏の鉦の音がカーンカーンと遠くからのんびりと聞こえてくる。近所の中高年のご婦人が集まって各家を順次まわり、大きな数珠を回しながら「南無阿弥陀仏」を唱えるお彼岸の念仏講の行事が始まったのである。
そのとき、思わず「ああ春だ」と言ってしまう。
行動範囲の狭められていた子どもたちが一斉に外に出て駆けずり回る。
もう一方で農作業の準備が始まる。厳しい労働の季節になってきた、ついついため息も出てしまう。
この春のお彼岸や秋の彼岸、お盆にも餅を搗いた。ただし、臼と杵では搗かない。
蒸したもち米を大きなすり鉢に入れ、すりこ木でつぶして餅にした。これも子どもが手伝わされた。最初はおもしろく、こっちの米を搗こう、あっち側に寄ってしまった米を潰そうなどと楽しみながらやっているが、なかなかうまく潰れず、そのうち手が疲れ、やめたくなったり、飽きてしまったりしたものだった。
いうまでもないが、すり鉢ではどうしても完全には搗けない。もち米の粒粒が少し残る。そのためだろう、こうして餅を搗くことを「半殺し」ともいった。何とも物騒な言葉だが、ご飯粒が完全につぶれないで半分くらい残るということからなのだろう。山形だけの言葉かと思ったら全国的に使われているらしい。
こうして搗いた半殺しの餅を餡子、黄な粉、納豆などで食べる。山形内陸ではそれを「牡丹餅(ぼたもち)」と呼んだが、臼で搗く餅とはちょっと違った味、食感、それはそれなりにうまかった。
なお、お盆の時にはそれを「ぬた餅」にしても食べた。お盆はちょうど枝豆のとれる季節、畑から取ってきてゆで、すり鉢で砂糖を入れて潰し、それを半殺しの餅につけて食べるのである。まさに季節料理、おいしく食べたものだった。
この盆、彼岸以外にも牡丹餅を搗いた記憶があるのだが、どういうときだったかは覚えていない。
それから春になると草餅をつくった。ただし、これはこれまで述べてきた餅とはちょっと違う。もち米を搗くのではなく、うるち米の粉でつくるものだからである。つまり米の粉を練って蒸し、「もずんくさ(餅草)」=「よもぎ」の新芽を細かく刻んで混ぜ合わせ、それを薄い皮状にしてそのなかに餡を入れて包んでつくったものである。この「もずんくさ」を田畑から採ってくるのは私たち子どもの仕事だったが、あの苦みとよもぎ独特の匂い、私はどうしても好きにはなれなかった。甘いあんこには魅力があったのだが。
もう一つ、柏餅、これも草餅と同じく米の粉を練ってつくったもの、もち米とは関係ない。
しかし、同じく五月の節句に食べる「ちまき」はもち米でつくったものである。もち米を笹の葉で三角形に巻き、それをイグサで縛り、そのまま蒸したもので、葉をむいて食べる。黄な粉や醤油につけて食べるが、何もつけずにそのまま食べてもおいしい。笹の葉に巻いておくと悪くならないとのことである。ただし、二日くらいおくと中のもち米はササの葉の色を吸って黄色くなる。でも、それはそれでおいしかった。
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