二重米価制試案【森島 賢・正義派の農政論】2025年5月12日
米価の高騰が続いている。実質賃金が下げ続けているなかで、主食の米価は上げ続けている。このままでは、国民のコメ離れが続き、国民の主食はコメに代わって、輸入小麦で作ったパンやメンになるだろう。その結果、日本の食糧安保は危機を深めるだろう。
だからといって、米価を下げれば、離農が加速され、コメの国内生産量が減り、主食が輸入小麦に代わるだろう。日本の食糧安保は危機を深める。
いまのコメ政策が続けば、米価を上げてもダメ。下げてもダメ。上げても下げても食糧安保は危機を深めるだろう。
◇
どうすればいいか。答は単純明快である。消費者米価は、国民のコメ離れを回避できる水準にすればいい。生産者米価は、農業者の離農を防げる水準にすればいい。
しかし、難問がある。この2つの米価が市場で一致すればいいのだが、いまの日本の資本主義市場にはその機能がない。だから、市場外の力で、つまり、政治の力で一致させるしかない。すなわち、二重米価制の採用である。
消費者米価も生産者米価も、ともに政治が決めた米価水準を基本にするのだが、その細部は市場で決めるのがいい。市場には先人たちが長い歴史の中で培ってきた、一面的ではあるが、長所がある。
つまり消費者は、生産者が努力して品質のいい物を作れば、それを高い価格で買う。そのことで、生産者の努力に報いることが出来る。そして、生産者にどんな品質の物が欲しいかを伝えることが出来る。生産者は、それに応える努力をすることになる。
この夢のように優れた市場機能は、二重米価制のもとでも活かさねばならない。
◇
ここで問題なのは、過当競争である。競争の結果、それに応えられない多数の生産者は、再生産が出来る報酬が得られないことである。それでは食糧安保が不安になる。
なぜ、こうしたことになるか。ここでは、資本主義市場が生まれながらに持っている根本的な欠陥だ、と言うに止めておこう。これは、矯正しなければならない。
◇
ここで指摘したいことは、市場には、努力を惜しまない多くの生産者にとって市場価格では再生産できない程に安く米価が決まる欠陥がある、という点である。
だから、何らかの方法で再生産が出来るように、生産者の手取り金額を補償しなければならない。
そのためには、二重米価制を採用するしかない。
それは食糧自給率を高め、食糧安保を万全なものにするような補償額でなければならない。
そうする責任は、食糧安保を担っている政治が負うべきものである。
さて、本題の二重米価制試案である。
二重米価制といっても、いろいろある。本稿での試案の特徴は、市場機能を活用する、という点にある。
放任しておけば、過当競争で米価は下がるだろう。しかし、生産者が安く売っても、補填金を加えれば再生産ができるようにすればいい。
この補填金は、60kg当たりの定額ではなく、10アール当たりの定額がいい。定額といっても、全国一律の定額ではなく、地域の生産条件を加味した、地域ごとの定額がいい。そうすれば、生産者は品質を追求するだけでなく、増産に励むこともできる。そして、食糧安保に貢献できる。
かつて、東畑精一先生が言われたことがある。「農業問題は、時を止めて解決するのではなく、時が動いている中で解決するものである。それは、壊れた時計を修理するとき、時計の針を動かしながら修理するのと同じ苦心が要る」と。
◇
ここでの試案には、2つの条件がある。食糧安保を万全にすることと、市場の長所を活用することである。
市場機能の長所を活かしながら、問題点を矯正する、という点は、中国が、資本主義市場経済ではなく、社会主義市場経済へ向かっていることと、通底するものがある。
◇
さて、はじめに食糧安保である。
このためには、十分な備蓄量が必要である。問題は、備蓄の役割を終えたコメをどうするかである。それは、1つは、米粉にして輸入小麦に代わるパンやメンにすることである、もう1つは飼料用にすることである。ここには莫大な需要がある。だから食糧自給率は飛躍的に上がる。
また、非常時用だから人間向けの食味でなくても我慢してもらえる。コメでありさえすればいい。これまでは、食味を落とさないために、温度と湿度を厳重に管理していた。そのための保管費用は大幅に削減できる。
以前、神谷慶治先生が「モミのままで琵琶湖に沈めて備蓄しておけばいい」と言われたことがある。
◇
また、備蓄用だから食味を重視する品種でなくて、単収が多い品種なら食味は、どうでもいい。
これまでの単収を増やすための品種改良は、数千年前に稲作が始まった直後からの技術開発の最重要な目的だった。そうして先人たちは成功をおさめてきた。だが、数十年前からは、食味を追求する技術を偏重するようになった。
ここには、もう1つの隠された目的があった。それは、コメの国内生産量を減らして、アメリカからの小麦の輸入量を増やすという目的があった。このため、単収を追求する技術開発は、冷遇され、そのための研究費は減らされてきた。
(老いた農学者の恨みつらみで紙面を汚してしまったが、ご寛恕を願いたい。)
しかし、そうした逆境のなかで、心ある研究者たちは、増収技術を追求し続けてきた。そして今では、単収を2倍にする技術、つまり10アール当たり1トンという悲願を達成した。これを普及すれば、生産費は半分になる。
しかし、いまの農政は、この品種を普及しようとしない。
◇
生産者米価は、このように大量の備蓄米を備える制度を作って、再生産が可能な生産者米価にしておけば、食糧安保は万全なものになるだろう。
消費者米価は単純である。最低賃金の国民にも、コメが充分に行き渡るようにすればいい。それには、賃金に対応した米価にすればいい。そうすれば、コメ離れは起きないだろう。食糧安保は万全なものになる。
生産者米価と消費者米価の間には差ができるだろう。その差は、食糧安保に責任を託された政府に、負担する義務がある。
財源は政治家が知恵を絞ればいい。知恵のない政治家は、国民が次の選挙で政治家を辞めてもらえばいい。
知恵のある政治家は、政府の官僚に知恵を絞らせるだろう。智恵のない官僚は、トランプ大統領が行ったように、直ちに罷免すればいい。
【追記】
いまの米価高騰の原因は、供給量の不足だ、という論者が多い。だが、それは一面的に過ぎる。目先きに捕らわれすぎている。近い将来の脱農の多発を織り込んでいない。これは、市場原理主義者の悪癖である。
鈴木宣弘教授は、市場原理主義は3ダケ主義、つまり、「今ダケ金ダケ自分ダケ」という主義だ、と喝破している。多くの論者たちの分析は、「今ダケ・・・」の典型である。
経済学には「期待」という分析概念がある。供給量の不足といっても、それは、今ダケのことではない。だから、備蓄米を放出しても、米価は高騰し続けても、収束させるための今ダケの対策にさえならない。近い将来の脱農によって、先行きは、もっと上がるだろう、という負の「期待」があるからである。
市場原理主義を認識論の基本におく多くの論者は、この「期待」の概念の重要さを理解できない。そうして、右往左往している。
この負の「期待」を断ち切り、正の「期待」に転換させるのが、本稿の二重米価制の試案である。
(2025.5.12)
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