省力化で農地を守る 水稲直播に挑むもとすファーム(岐阜県)2025年9月8日
農業者が減少するなか、担い手には地域の農地を維持していく役割が期待されている。そのためには省力化が不可欠で、育苗や田植えにかかる資材と労力を省くことができる水稲直播栽培は重要な技術の一つである。農水省も2026年度予算概算要求に直播の導入等を新たに盛り込んだ。ここでは現在の水稲の直播栽培技術とその課題を整理するとともに、現場での取り組みをレポートする。
■2023年産で3.9万ha
水稲直播栽培は明治期に北海道で始まり、高度経済成長期に農村から都市へと人口が流出したことにともなう人手不足を補う技術として1973年には約5万haまで増えた。
その後は田植え機の全国的な普及で減少していったが、近年では増加に転じ、2023年産では全国で約3.9万ha、全水稲作付面積の約2.9%を占めている。2023年産では規模拡大を図る担い手の直播栽培の取り組みが増えて前年比105%となった。
水稲直播栽培には乾田直播と湛水直播の2つの方法がある。
乾田直播は、畑状態で播種し一定期間後に入水する。降雨時は播種できないことや、播種後から入水までの乾田期に発生する雑草防除が欠かせない。また、田のひび割れや床締めしていないほ場など、漏水するほ場では、水稲除草剤の効果が安定せず雑草管理が難しくなるなどの課題も指摘されている。
一方、湛水直播は、代かき作業は必要だが、代かきによって雑草の発生がリセットされるとともに、硬盤層が形成されるため水管理がしやすいという利点がある。このため1980年代より発芽促進を目的とした種もみのコーティングの開発がなされており、技術革新が進んできた。
■種もみコーティング技術の特徴
おもな種もみコーティング技術のうち、「酸素発生剤コーティング」技術は有効成分である過酸化カルシウムが土壌中で水分と反応し酸素を発生させて発芽を促進させる。土中播種のため苗立ちが安定するという特徴がある。
「鉄粉コーティング」技術は、種もみの比重が大きくなるため浮き苗リスクも軽減するとともに、スズメ害を回避することが可能とされている。ただし、湛水状態や土中に埋没すると出芽率が落ちるため表面播種が前提の技術であり、さまざまな機械で播種できる。
「べんがらモリブデンコーティング」技術はべんがら(酸化鉄)被覆によって、種もみの重量を高め土壌に埋没させやすくし、モリブデン化合物が苗立ちを阻害する一因となる硫化物の生成を抑制する。浅層土中播種のため鉄粉コーティングより倒伏しにくい。
「リゾケアXL」は過酸化カルシウムと殺菌剤、殺虫剤が含まれ酸化鉄でコーティングする技術で、既存技術の難しかった部分を改善し、高価なほ場整備機械も不要で安定した発芽と苗立ちを実現する。
■移植との組み合わせで規模拡大
直播栽培は育苗や田植え作業が不要となるため、通常の移植栽培に比べて労働時間が削減される。農水省の調査によると作付面積15ha以上の直播栽培を導入している経営体では、導入していない経営体に比べて10a当たり0.9時間減 となった(2017年産~2021年産の5年平均)。
また、収穫期が1~2週間程度遅れることから、移植栽培と組み合わせることによって作業ピークを分散させ、担い手1人当たりの経営面積を拡大させることに有効な栽培方法でもある。
■作業効率化に効果
岐阜県本巣市の「農事組合法人もとすファーム」は1999年に設立された。高齢化で増えてきた農地の委託希望の受け皿となるために「地域の農地を荒らさない」ことを目的とし、条件の悪い農地でもすべて引き受ける方針だ。
現在の経営面積は米・麦・大豆を合わせて127ha。ほ場数は900枚弱になる。そのほかに野菜栽培もあり、5人の役員と5人の社員で作業を行っている。
【農事組合法人もとすファームのみなさん。右から梶原功次さん、髙坂裕代表理事、福田武生さん、山田智之さん。JAぎふ営農部米穀課の佐藤昭仁主任】
水稲の栽培面積は91haで、コシヒカリ、ミルキークイーン、にじのきらめき、ハツシモ、しきゆたかなどを栽培、このうち「にじのきらめき」37haでV溝乾田直播栽培、「ハツシモ」18haで湛水直播栽培に取り組んでいる。
V溝乾田直播は、冬期でも水が利用できるという、この地域のメリットを生かし2月に代かきして4月中旬に播種する。播種前にもっとも大事になるのが、「ほ場をいかに乾かすか」だ。ほ場が乾いていれば播種のスピードも上がり、防除時の乗用管理機や収穫時のコンバインもスムーズに進む。
そのため代かき後に乗用管理機でほ場に轍を作って溝代わりにして排水するのだという。髙坂裕代表理事は「逆に言えば水はけが悪く乾きづらいほ場では乾田直播はできないということです」とすべての圃場でV溝乾田直播ができるわけではないと話す。
ただ、圃場が乾いて固くなれば1日に4~5ha播種できるため、4月中には播種を終えることができ、5月からは他品種の作付け作業などに移ることができる。
■乾田と湛水 雑草対策に差
そのひとつが「ハツシモ」の湛水播種で、5月中旬に代かきをし て播種する。 同法人ではカルパーコーティング種子を利用している。コーティング時に種子をいかに鳩胸状態(幼芽と幼根がともに1㎜程度出た状態)に揃えるかが発芽率を上げる鍵となるという。
湛水直播は前述したように代かきによって雑草の発生がリセットされるというメリットもある。雑草防除は6月初めに除草剤散布、7月初めに追加除草と移植栽培と防除体系は変わらない。
湛水直播では除草剤のコストは移植栽培と変わらず、苗にかかるコストが不要になる。
一方、V溝乾田直播は、入水前に除草剤を散布し、入水後には初中期一発除草剤を散布する。さらに出穂前に茎葉処理型除草剤で全面除草し、その後、追加除草も行う。「V溝乾田直播はフルセットで除草が必要だ」と髙坂代表は話す。
入水後の除草で問題となるのは、ほ場のひび割れから漏水して、散布した除草剤が効かないこともあることだ。水の滲み込みがなくなったことを確認したと思っても翌日には水が抜けていることも。対策としては土壌吸着力の強い初中期除草剤を選ぶことを考えている。
V溝乾田直播栽培の圃場 品種は「にじのきらめき」(取材は7月初頭)
このようにV溝乾田直播は苗のコストは省けるが、雑草防除に課題があり除草回数が増える場合もある。
水稲直播栽培への取り組みには「不安があった」と髙坂代表らみなさん口をそろえる。当然、苗を植えたという感覚はなく「発芽するのかどうか、芽が出るまでは心配でした」。しかし、現在では収量に手応えを感じている。除草や防除への懸命の取り組みで「にじのきらめき」の単収は、地域単収470kgを上回る540kgを実現している。
■経営の体力上げる
刈り取りは8月下旬の「ミルキークイーン」から11月上旬の「しきゆたか」まで続く。作期を分散させ大規模経営を実現した。
もとすファームには、今も年に2~3haの農地の引き受け依頼はある。「100haまで伸ばせたのは直播栽培を導入したから。労働力の軽減と作期分散を実現しました」という。
湛水直播栽培の圃場 品種は「ハツシモ」(取材は7月初頭)
直播栽培にはまだ課題はあるものの「省力化」は次世代を農業に惹きつけるキーワードだ。5人の役員のうち3人はサラリーマンから8年前に本巣に戻り就農した第二世代。その一人、梶原功次さんは「省力化によって休日を確保し、仕事とプライベートを両立させる。それが農地を守っていく体制になると考えています」と話している。
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