JAの活動:農協時論
【農協時論・番外編】失われた10年 「評価軸」を固め 供給責任の雄に 宮城大学教授 三石誠司氏2026年2月16日
「農協時論」は、新たな社会と日本農業を切り拓いていくため「いま何を考えなければならないのか」を、生産現場で働く方々や農協のトップ、研究者などに率直に論じてもらっている。今回は、農業・農協アナリストの福間莞爾氏の提起を受けて、「農協のあり方」をめぐって、宮城大学教授の三石誠司氏、茨城大学教授の西川邦夫氏とあわせ、三氏に相論・対論の形で寄稿してもらった。

宮城大学教授 三石誠司氏
「農協のあり方」論はいつも議論が割れてきたテーマの代表例かもしれない。古くは、レモン、牛肉・オレンジ、そして1990年代のUR(ウルグアイ・ラウンド)合意の際も、国際的な貿易交渉が国内農協組織の是非論と合わせて全国で激しい議論となっていた。2010年代に入るとTPP(環太平洋連携協定)の賛否論争、数年後には「自己改革」という名の半強制的な改革が民間組織である農協にもたらされ、全国至るところで進められた。
その折々を現実に体験してきた人間は、どちらの陣営にいるにせよ、農協をめぐる議論の極端な二極化と感情論化をいわば身体知として経験しているであろう。
こうした国論を二分するような議論の背景には何があるか、考えられる大きな理由のひとつは「評価軸」が異なる点である。ここで言う「評価軸」とは物事を判断する規準である。
一般に、大局を見る「評価軸」は時代を通じて概ね一定と考えられている。だが、ここ30年余りを見ても「評価軸」はかなり変化している。例えば、1980~90年代以降、日本に限らず世界を席巻した強固な「評価軸」のひとつはグローバル化である。
農協組織に限らず、あらゆる企業や社会活動は全てグローバル化を明示黙示の前提としてきたはずだ。グローバル化には、規模拡大と効率性という前提条件が存在する。農協組織も、程度の差こそあれ、ここ何年かはこの「評価軸」が用いられていたはずである。
それが転換したのは、東日本大震災、パンデミック、そしてロシア・ウクライナ戦争という想定外の供給途絶リスクが顕在化したからである。平時はグローバル化を是とし、市場に依存した上での「食の安全・安心」追求で済んだ。だが近年では、地政学的リスクなど、過去30年程はほぼ顧みられなかった要因に関心が集まりはじめた。それが食料安全保障、フードセキュリティーの問題である。農業の現場では、すでに市場の限界を感じる場面が増えているのではないか。
一方、こうした環境変化の中で、日本社会は着実に変化してきた。急速な人口減少と超高齢社会の進展、農業経営体だけでなく農村コミュニティーの縮小、そして蓄積的に農協が担ってきた経済機能にとどまらない役割の多層性が再認識されはじめた。
2000年代以降、地域という言葉が各地で用いられはじめたこともあり、「農協は地域のインフラである」という地域インフラ論が全国的に活性化した。これは農協組織にそれなりに刺激を与えた。しかし、同時に農業以外への事業の拡張性や農協分割論へと接続しやすい論理構造を備えていたことも事実である。
実際、農協はこれまで「地域インフラ」としての役割をかなり果たしてきた。その上で、今後はそれにとどまらず、社会全体を支えるインフラとしてもう一度捉え直す視点が必要であろう。地域と社会という言葉は似て異なる。地域性にとらわれず、制度や機能として農協組織が何を担えるかを、改めて整理し直してみてはどうだろうか。
世の中には、そして農村の現場には、市場原理だけでは成立し得ない農業関連機能が存在している。今後の「農協のあり方」議論においては、それをどう制度的に位置付けるかが問われる。最大の論点は、平時には見えず、有事にだけ顕在化する「供給継続責任」を誰が担うかである。
採算が合わなくても、利幅が薄くても、価格が乱高下しても、供給継続を続ける。これは従来の日本では、単に農家や農協の「善行」とされていた。本来、制度化されなければならないものを実質的に担ってきた。今やこれが人口減少や高齢化、金融・経済事業の収益圧迫で回らなくなってきたのである。
「農協を守るか、分割するか」などの議論に終始していては本質が見えてこない。市場が機能しない局面において、国民が必要とする食料を、制度として誰が、どの範囲で責任を負うのか、改めて整理する必要がある。ここで問われているのは、単に国の指示に従うことではなく、農協や地域社会、関係者が主体的に担うべき責任の範囲である。市場に委ねる領域と、社会として、何が何でも支える領域の境界線をどこに引くか――これが我々自身にも問われている。
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