JAの活動:食料・農業・農村 どうするのか? この国のかたち
「人と自然の尊重描ける仕組みを」 哲学者・内山節氏【食料・農業・農村/どうするのか? この国のかたち】2024年7月22日
世界各地で広がる格差社会、異常気象、紛争など人類に重い課題がのしかかる。足元にある「食料・農業・農村/どうするのか? この国のかたち」について哲学者の内山節氏に寄稿してもらった。
内山 節氏(哲学者)
現在の地球上では、近代以降の人間たちがつくりだしてきたものに対する、さまざまなかたちでの報復がはじまっている。自然も人間たちがつくった文明への報復を開始したかのようだ。世界をみれば、数百年にわたって植民地にされ、独立後も破壊された社会と貧困だけが覆っている国々の、「西側」の国に対する報復がはじまっている。
だから、ウクライナへの攻撃をつづけるロシアに対する非難決議に同調しない、アフリカや南米などの国々が現れてくる。それらの国の人々にとっては、「西側」の国は正義ではなく、自分たちの社会を破壊した犯罪者でしかないのである。
さらにその「西側」諸国のなかでも、これまで「下層国民」の地位に甘んじることを強要されてきた人々による、経済的、政治的支配をつづけてきた「上級国民」への報復が広がってきた。それが米国ではトランプ支持派の結集を生み、欧州では、極右勢力の台頭となって現れている。
こうして近代的世界の中にあった不正がさまざまなかたちで報復を受け、だがその報復がますます世界や社会を破壊していくという負のスパイラルに陥ったのが、私たちが暮らす地球の現在である。
飽食と飢餓の矛盾
この問題は、農業においても無関係ではない。現代農業は富める者と富める国々の人々の胃袋を満足させる方向で展開してきた。富める人々のなかでは飽食や肥満が問題になり、しかし世界に目を向ければ、食料不足と飢餓が多くの国々を覆っている。
さらに「富める国」のなかでも、一方では高級食材や高級レストランが人々を集め、他方では格差社会のなかで貧困化した人々が十分な食事の確保に苦労している。それが今日の先進国の状況である。
「もうかる農業」を推進すれば、ここからつくられてくる農産物は高級食材化し、貧困化した人々は手を出すことができない。もちろん農家が安定した収益を得ることは大事なのだが、今日の経済システムの下では、価格の高い農産物をつくればそれは「上級国民」の食材となり、一般的な農産物を生産すると農家が破綻していくという問題が広がっている。
現代世界は、簡単には解決できないジレンマを抱えているといってもよい。そしてそうであるなら、いま必要としているのは個別の政策ではなく、これからの社会、世界をどう創造していったらよいのかという総合的なデザインなのである。
農業、農村についても、農業政策や農村政策だけでは今日のジレンマは解決できない。たとえば農家が安心して暮らすためには農産物の適正な出荷価格が必要になるし、それを可能にするには流通システムの改革や格差社会の解消が実現されなければいけない。
残念ながら現状では、農産物価格が上がれば生活自体が困難になる人々が、ひとつの階層として存在してしまっているのである。だがその人たちが購入可能な価格を維持すれば、農家も農村も破綻してしまう。
経済牛耳る金融資本
すべての労働が尊重され、それに見合った賃金や対価が支払われる。そういう社会が生み出されないと、世界の格差も国内の格差も解消されない。さらに市場を支配して利益を生み出す経済がつづくかぎり、農家も小規模な企業も流通を支配する企業の言いなりにされてしまう。しかも流通の最も純粋なかたちとして、お金自体の流通がある。お金という名の商品の流通市場を支配することで経済を牛耳ってきたのが、金融資本であることは言うまでもない。
生産より流通が力をもち、お金の流通を支配する金融資本が経済の王者のように振る舞う。こういう構造とともに推進されたのが経済のグローバル化であり、自然や人々の労働を利益を生み出す道具として扱ったのが現代社会である。この構造のなかで格差が拡大し、自然も、農業、農村も破壊されてきた。
資本主義とは異なる協同の仕組みを社会のなかに根付かせないと、この問題は解決しないのである。自然や人間を利益のための道具として利用するのではなく、自然とともに暮らし、人々とともに生きる。そういうお互いを尊重し合える社会をつくらないかぎり、あらゆるものが資本主義の腐敗した構造なかにのみ込まれていってしまうのである。
農家の人々が工夫を重ねなから、農業を成り立たせるために努力をしている姿に私は敬意を払う。だがそれだけでは解決できないほどに、今日の資本主義の世界は腐敗している。日本の中でも、安い食料がなければ生きていけない人たちがひとつの階層として存在し、その人たちもまた資本主義のなかで使い捨てられつづける。このような問題を根本的に解決する方法を探りながら、持続可能な農業、農村を再創造するにはどうすればよいのか。いま私たちが向き合わなければならなくなっているのは、このような困難な課題である。
農家や農村が無事に持続できる社会をつくることと、すべての人々が無事に働き暮らせる社会をつくることは、一体のものである。自然とも、世界の人々も、そして国内のあらゆる人々とも共に生きる。この協同の精神をどう実現していくのかが私たちには問いかけられている。
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