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2013.03.29 
【TPPで農業はどうなる?】TPPと北海道農業と日本の食料のゆくえ一覧へ

・「輪作」壊滅は何を意味するのか?
・北海道農業と日本の食料のゆくえ
・大規模化と6次化で生き残れるのか

 安倍首相のTPP交渉参加表明を受けて各地で抗議や参加反対の声が上がっているとともに、複数の県では"TPPの本質"である関税撤廃による影響試算も公表している。
 知事を先頭に行政や経済界、医師会などとともに「オール北海道」でTPP交渉参加反対を訴えてきた北海道も関税が撤廃されれば関連産業も含めて1兆5000億円を超えるという影響試算が公表され「町全体が不安に陥っている」(士幌町)という。
 大規模専業で若い担い手も多い北海道は道内の食料自給率210%(カロリーベース)を誇るまでの食料生産力を持ち、日本全体の食料自給率への寄与度も高い。その農業が関税撤廃なら壊滅的になる。それは一体何を意味するのか? 今回は北海道に焦点を当て影響試算をもとに考えてみたい。

「輪作」壊滅は何を意味するのか?


TPPと北海道農業◆農家戸数2万3000戸減現在の半分以下に

 北海道庁は3月19日に関税撤廃による北海道農業などへの影響試算を公表した。
 関税10%以上で道内生産額10億円以上の12品目を対象に国の試算方法にしたがって計算したところ、生産減少額は4762億円となった。
 12品目は、22年10月に試算した時の米、小麦、てん菜、でん粉原料用ばれいしょ、乳製品、牛肉、豚肉に、今回は小豆、いんげん、鶏肉、鶏卵、軽種馬(競走馬)が加わった。豚肉と鶏肉は、TPP交渉参加国であるメキシコ、小豆やいんげんはカナダからの輸入の影響も考えた。
 また、木材生産額は33億円、漁業生産額は446億円減少する見込みだ。
 ただ、国の試算は卸売り業者の仕入れ価格で試算していることから、道農政部では農家の庭先販売価格(補助金等を含む)を使用し農業産出額を試算した。それによると農業産出額は4931億円の減少となる。
士幌町の畑作。ばれいしょ畑(以下、写真はJA士幌町提供) 23年の北海道の農業算出額は1兆137億円で全国の約12%を占める。試算対象とした12品目の生産額は約7500億円。したがって、これら主要品目の生産額はトータルで6割以上も減少するということになる。
 その結果、農家戸数は2万3000戸減少する。23年の販売農家戸数は約4万3000戸だから、半減以上ということだ。さらに今回の国の試算は、関連産業や雇用などへの影響試算は示していないが道庁はこれも独自に示した。
 関連産業影響額は製造品出荷額に農産物生産額の減少率をかけて算出。結果は3532億円の減少となった。
 これらを産業連関表による経済波及効果分析を用いて算出した地域経済への影響額は7383億円の減で、11万2000人の雇用が失われる見込みが示された。

(写真)
士幌町の畑作。ばれいしょ畑(以下、写真はJA士幌町提供)


◆関連産業にも影響甚大地域の雇用喪失

 品目別には下表のような影響が出る。
 たとえば、米は道産米の3割が米国産、豪州産に置き換わり、残りも価格が大きく低下、産出額では50%減少するという。精米業にも259億円の打撃を与え、1万4000人の雇用を失う。
 乳製品はバター、脱脂粉乳、チーズは外国産と品質格差がないことからすべて外国産に置き換わるとして産出額は1673億円の減少と試算された。
 乳製品製造業にはこれを上回る1762億円減の影響が出るほか、地域経済影響額は3688億円にもなる。雇用は5万6000人も失われる。
 ただし、この試算は国の試算にしたがったもので、生クリームは鮮度を理由に輸入の影響を見込んでいない。しかし、道農政部によると輸送技術の発達でいずれは輸入されることも考慮すると産出額はさらに700億円も減少するという。

関税撤廃による北海道農業等への影響試算

 

 

北海道農業と日本の食料のゆくえ


◆個別品目への影響からは見えない農家経営への打撃

ばれいしょの収穫風景 また、国の試算では「輸入乳製品の急増で行き場を失った乳製品向け生乳が都府県の飲用向けに供給」されるとの考えに立っているが、道農政部農政課の青木誠雄政策調整担当課長は「国の考え方は現実的ではない」と話す。
 関税撤廃で輸入乳製品が増えたとき、都府県向けに生乳を輸送する手段を投資して準備するかどうか疑問だとする。何よりも「国のシナリオのような北海道だけ生き残ればいいというような考えには立てない」と強調する。さらに、試算では酪農の産出額は45%減で品目としては飲用向けが生き残るとされているが、酪農家が生き残れるかどうかは別だろう。
 牛肉では肉質3等級以下の道産牛肉の約9割が外国産に置き換わり、4等、5等級の価格も低下するという。この牛肉生産には酪農家も乳オス牛などの生産を担っており、酪農経営の柱のひとつになっている。

(写真)
ばれいしょの収穫風景


◆条件闘争などあり得ない

 牛肉の多くが外国産に置き換わったり価格が低下し、この部門が苦境に陥れば酪農家の経営は成り立たなくなるのではないか。品目別の影響試算だけでは農業経営にどう打撃を与えるのか見えてこない。
 道の試算結果については道議会でも過小評価ではないかとの意見も出されたという。試算結果が問題にされたのは、何らかの対策が打ち出されたときに不十分になりはしないかとの懸念からだという。
 その点はもちろん問題だが、しかし、今、問題にしなければならないのは、品目別の試算結果から、実態としてどのような農業経営や地域への影響が出るのかを可能な限り想像力を働かせて明らかにすることではないか。それによって、TPP問題で“条件闘争”などありえないことを示すべきだろう。農政課の青木課長も「いずれは打撃を受ける農家経営の姿を示すことも課題になる」と話す。

国の影響試算

 

大規模化と6次化で生き残れるのか


◆輪作が壊滅―替わりに作るものはあるのか?

 それを今回の北海道の試算が端的に示したのが、畑作地帯への甚大な影響だ。
 試算では小麦、てん菜、でん粉原料用ばれいしょ、小豆の産出額は80〜100%減少する。いんげんも50%近い減少だ。
 これらは十勝地方などで生産している輪作作物だ。小麦、てん菜、豆類、ばれいしょの4品目か、スイートコーンを加えた5品目を4年(5年)輪作のかたちで農地を活用して生産してきた(下図)。
 北海道の輪作は開拓以来、「農民のトライ・アンド・エラーで築き上げてきたまさに農民的技術だ」と太田原高昭北大名誉教授は話す。太田原教授によればこの輪作体系は連作障害を避けるものだが「非常に理にかなっている」という。
 てん菜とばれいしょは根菜だから冷害に強い。また、てん菜は大根だから、その深耕作用によって土壌の改善に役立つ。豆類は空中窒素を固定させる役割を果たし、麦の密植は雑草を増やさないというクリーニング・クロップの役目も果たす。「家畜がなくても4作物を回転させることによって土を肥やすことができる。今では世界の畑作のなかでもっとも優秀といわれている」。
 しかも麦、砂糖、でん粉など食料にとって重要な品目なのだが、「日本農業の弱い部分」でもある。そこを北の大地の畑作輪作が支えてきたといえる。しかもこれは試行錯誤の末にたどりついた理にかなった作物選択の結果だ。野菜を生産すれば生き残れるではないか、という指摘もあるが生産過剰による価格低下も懸念されるし、何よりも連作障害を避けるための輪作である。青木課長も「どれか一つを守ればいいというものではない。まさにパッケージだ」と強調する。

士幌町で行われている「輪作」。同じ農地に1年ごとに異なる作物を交代に栽培する。生産者自らが地力を維持し、収量の低下を防ぐ工夫をしてきた。病害虫の発生の抑制にも寄与。農作業ピークをずらすことにもつながる

(図)
士幌町で行われている「輪作」。同じ農地に1年ごとに異なる作物を交代に栽培する。生産者自らが地力を維持し、収量の低下を防ぐ工夫をしてきた。病害虫の発生の抑制にも寄与。農作業ピークをずらすことにもつながる。


◆規模拡大は進むものの…

ビートの収穫 代表的な畑作輪作地帯のJA士幌町。七條光寛農産部長は「畑作4品目すべてが平年並みに収穫できてやっと農家の経営が成り立っているのが現状」だと話す。
 管内では4品目のうち小麦の作付け面積が増えて4割近くにもなってきたという。理由は農家戸数の減少で残った農家が規模拡大を図っているため。規模拡大には手間のかかるばれいしょや豆類より省力作物の小麦が選ばれている。
 規模拡大すれば生き残れるのではないかという主張もあるが、てん菜やばれいしょは壊滅すると試算されているのだから、いかに非現実的かが分かる。
 さらにJA士幌町は原料ではなく加工して販売し農家所得を向上させようとでん粉工場をいち早く立ち上げた先進地でもある。今の6次産業化の先駆けともいえる取り組みを進めてきたが、でん粉など輸入製品には太刀打ちできない見込みだ。
小麦の収穫 6次産業化といっても国産品が支持されることがなければこれも非現実な生き残り策だろう。
 JA士幌町の元参事で昭和30年代からこの町を見続けてきた太田助さんは「関連産業で働く人も多く、今、町中が不安に駆られています」と話す。農業はもちろん地域自体がいずれ消滅してしまうのでないか、と。
 「地域崩壊の後に何が生じるのか、そんなシミュレーションこそ必要ではないか。それでも私たちは日本の国土のなかで生きていくしかないのですから」と七條部長は産地から訴えている。

(写真)
上:ビートの収穫
下:小麦の収穫

 

オール北海道で参加表明に抗議

 北海道では道庁をはじめ農林漁業団体、経済団体、生協など「オール北海道」でTPPを含む包括的経済連携協定について「多様な農業の共存」の理念実現や、重要品目の関税撤廃の除外、さらに国民への十分な情報提供と国民的議論を行うことなどを政府に求めている。
 また、JA北海道中央会の飛田稔章会長は3月15日、以下のような「安倍総理に対する抗議声明」を出した(要旨)。
情報開示や国民的議論もまったく不十分ななか、性急にTPP交渉参加表明を行ったことは国民の声を無視した暴挙。断固抗議する。
関税撤廃を原則とするTPPの本質はまったく変わっておらず国益を守れる担保も保証もないと認識せざるを得ない。聖域や国益の定義もあいまいなまま、いかにして国益を守ることができるのは理解に苦しむ。
自民党は多くの候補者がTPP交渉参加断固阻止を声高に訴え政権交代を果たした。自民党を信じて票を投じた選挙民への裏切り行為と言わざるを得ず、強い政治不信と憤りを覚える。
今後とも各団体との連携を一層密にし政府に対しTPP交渉から脱退することを求めるとともに最終的には国会批准を行わないよう引き続き強力な運動を展開する。

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