囲炉裏・ストーブて焼いたギンナン【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第367回2025年12月4日

ギンナンはイチョウの木に生るものと知ったのはいつのころだったろうか。でも、生家の裏のお寺の庭にある大きなイチョウの木ではギンナンを見たことがなかった。やがて何かの本で、イチョウには雌の木と雄の木があり、つまり雌雄異株なのでギンナンの生(な)る木と生らない木があることを知り、お寺のイチョウの木に実がならないのはそのせいだと知った。
やがてどこかのイチョウの木で葉っぱと同じく緑から黄色に変わる丸い小さいサクランボのような実がたくさん生っているのを見つけ、あの中に固い殻のギンナンが入っていることを知るようになった。
ただし、ギンナンを包む黄色い果皮をどうやってとるのかは知らなかった。また、その果皮の放ついやな臭いについても知らなかった。嗅いでいるはずなのだが、それがイチョウの実とは結びつかなかったのだろう。
初めてその臭いの原因がギンナンにあると知ったのは、仙台の町のイチョウ並木で、きれいに黄色に色づいたイチョウの葉が散り始め、ギンナンの実が道端に落ち始めた頃だった。
また、その臭いのもとであるギンナンの黄色い皮の取り方を聞いたのは私の家内からだった。家内の実家の裏にあるお寺に大きなイチョウの木があり、秋になるとギンナンを拾いに行き、その悪臭に悩まされながら裏庭の土の中に埋め、果皮が腐ったころに取り出してきれいに洗うと、私たちが見ているようなあの白い固いギンナンが現れる、それを乾かして貯蔵し、必要な時に出して食べたというのである。
そのギンナンを、若い頃、私の家内の母がときどき持ってきてくれた。
それを昔のように真冬の寒い夜囲炉裏であぶって子どもたちに食べさせてやりたかった。しかし、すでに囲炉裏はなし、火鉢もなしの生活へと変わっている。
そこで石油ストーブを利用することにした。まず私が前に述べたようにしてギンナンを奥歯で割り、それを石油ストーブの上についている皿(かつては炎が直接上にあがるのを防ぐための鉄製の皿=薬缶をかけて湯を沸かせる皿が必ずついていた)に載せる。ストーブの火を直接受けて熱くなっている皿の上でギンナンが焼けてくる。それをときどき割り箸で転がして全面に熱が行き渡るようにし、少し殻が焦げ始めたころに深皿に取る。子どもたちはそれを熱い熱いと言いながら手に取り、自分で殻をむく。そしてうまそうに食べていた。
しかし暖房器具は大きく変化し、今は皿がある石油ストーブなどは見られなくなっている。だから昔のようなことはできない。東京に住む私の娘のところもそうだ。そこで娘はその昔の冬をなつかしく思い出し、おじいちゃんがそうやってギンナンを食べさせてくれたものだった、うまかったと、幼かったころの孫になつかしく話していたらしい。
このギンナンが茶碗蒸しの中に必ず入ることを私が知ったのはさらに後になってからである。子どものころは食べたことがなかった。卵が今のようになくて茶碗蒸しのような贅沢なことができなかったからだろう。
最初に茶碗蒸しを食べたときはうまいと思ったし、ギンナンの味がよくあうと感心していたのだが、一時期どこの旅館や料理屋に行ってもお膳に茶碗蒸しが並ぶので何となくあきてしまい、食べなくなった(贅沢な話だと自己批判はしているのだが)。それでもギンナンだけ食べたくなり、中からそれだけ取り出して食べたりしたこともあった。
そもそも私にとってギンナンはおかずではなく、いまだにおやつなのである。
秋になると仙台の生協ストアやスーパーの野菜売り場にギンナンが並ぶ。それを見ると、まだ家庭でギンナンが食べられているのだなと何かほっとする。こうした家庭の需要や料理屋の需要にこたえてイチョウを栽培し、ギンナンを生産しているところがある。これまたうれしい(東北の産地を聞かないのがちょっと寂しい、私の勉強不足で知らないだけなら、寒冷地だからなのか、ならいいのだが)。
また、街路樹のギンナン拾いが季節の話題として出ることもうれしい。木の実を拾って食べるのは人間の本性、これを発揮してもらいたいし、子どもたちにも伝えていってもらいたいからだ。
ただし、あの落ち葉が問題だ。それで困ったのがその昔の仙台の市電だった。電車通りのイチョウ並木からの落ち葉が重く固いものだから、風で簡単に飛んでいかず、近くに積もってしまう。これが市電のレールにたまる。しかも葉っぱは滑りやすい。それで車輪がスリップして動かなくなる。こんなことがよくあったものだった。もう市電はなくなり、こんな風物詩が報道されるなどということもなくなってしまったが、自動車のタイヤのスリップには気をつける必要がある。
もう一つの問題はギンナンの硬い殻を覆う緑色(後に黄色になる)の薄皮のすさまじい臭い、それを取り除くための手間暇だが、こんなことくらいはあってもいいだろう。食べるためにはいやなことも我慢しなければならないこともあるのだ、手間もかかるのだということを子どもたちに教えるためにもいい。
しかもイチョウ並木は春の薄緑、夏の濃緑、秋の黄葉で私たちを楽しませてくれる。その上に採集の楽しみ、食料まで供給してくれるのだ。
こういう視点からもイチョウ並木を、公園樹としてのイチョウを大事にしてもらいたい。そして子どもたちといっしょにギンナン拾いをしてほしいものだ。
言うまでもないが、このギンナンを土の中に埋めておくと芽が出る、それを盆栽にして楽しむ、その昔そんなことをして楽しんだものだが、ギンナンを売っている店が今私が住んでいる町にあるだろうか。老体では探すこともできない、今年の私はギンナンを見ないで終わることになろう、ちょっとさびしい秋で終わりそうだ。
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