小繋事件とむのたけじをたどる旅 先﨑千尋2022年11月12日
「小繋事件100周年記念碑」の除幕式
小繋事件とは
わが国の人々は縄文時代から森とともに生きてきた。森には、建築用材や薪炭などの燃料、家畜の飼料になる牧草やきのこ、ワラビ、栗などの食べ物類が豊富にあり、人々の暮らしに欠かせないものだった。
その山、森に、ある日突然入れなくなる、利用できなくなる。今からおよそ100年前に、岩手県一戸町小繋という小さな集落で実際に起きた。村人たちが山に入ることを阻止されたのだ。地租改正に伴う官民所有区分処分の時、2000haの小繋山が民有地とされたことが発端だった。
1915年に大火が起き、従来の書類などが灰になってしまった。そのことをきっかけに、地主が警察力などを使って、山への住民の立ち入りを実力で阻止するようになった。従来通り入会権を行使しようとした人たちは、17年に民事訴訟を起こし、刑事事件を含めて66年まで争いは続いた。
去る10月15日、小繋で「小繋事件100周年記念碑」の除幕式が行われ、私も参列した。この記念碑は、裁判開始から105年経ち、先人たちが生活基盤を死守するために闘い続けた歴史を後世に伝え続けようと建立したもの。
記念式典には小野寺美登町長ら町関係者や地元住民ら60人が出席した。「小繋の灯」と刻まれた記念碑には、住民が小繋山の地主に対して入会権の確認を求めて訴状を出して以降、親子三代約60年に及んだ苦闘の歴史が記され、今後も住民が共同で管理し、入会山として利用する決意も示されている。
戒能通孝の言葉
私が学生の時、戒能通孝が書いた『小繋事件』(岩波新書)を読んだ。戒能は、小繋裁判のために東京都立大学教授の職を投げうって弁論に立っていた。古在由重、丸岡秀子、日高六郎、渡辺洋三、近藤康男などの文化人や研究者たちが小繋支援の輪に加わっていた。
私はこの本に共鳴し、1965年に早稲田大など六つの大学の仲間と小繋に入り、小繋小学校に寝泊まりし、援農や子供会活動、集落の経済調査などを行った。また、戒能が私たちのために開いてくれた私塾「戒能学校」にも通った。小繋に植林もした。
戒能は私たちに多くのことを教えてくれたが、「君たちは、大学で学んだことを自分の出世やカネもうけの手段にするな」という言葉が私を刺した。私は農家の生まれ。自分の故郷で農村と農業を変えていき、農民の暮らしが豊かになるために働こうと決めた。「貧しさからの解放」という言葉が頭をよぎった。
戒能は「農民も入会による『拾い屋』から『生産者』になるべきだ」と言い続けてきた。燃料は薪炭からプロパンに変わり、小繋から盛岡まで電車で1時間足らずで行けるようになった。暮らし方が100年、50年前と大きく変わり、山、森の存在価値、意味がまるで変わってしまった。小繋の人たちが拾い屋から生産者になるにはどうすればいいのか、私には分からないでいる。
最近、入会を意味する「コモンズ」という言葉が使われるようになってきた。公有でも私有でもない、共有ということのようだ。関心のある人たちの間で、新たな模索が始まっている。木材価格が安くなり、大山林地主ですら山で食べられなくなった今、第1次産業と言われている農林漁業すべてが崩壊の危機に瀕している。一方では「有機農業の復権」が国の指針となり、「みどりの食料システム戦略」が法制化され、有機の農地を100万haにするという。
美しい生き方
卒業後、私は農協に職を得た。ぬえのような存在であっても、農協という組織は農村社会で根を張り、良くも悪くも農家の暮らしに深く関わっていると考えたからだ。
できれば生家のあるところでと考えたが、そう簡単に事は運ばなかった。東京・大手町を振り出しに、前橋、水戸の農協を経て、地元の小さな農協で働けるようになったのは39歳になってからだった。その後に瓜連町長を経験し、ひたちなか農協の専務理事になったのは60歳の時。農家の母ちゃんたちと農産物自給運動に取り組み、直売所の前身の青空市や農産加工、そして学校給食へニンジンやジャガイモなど地場産野菜の提供も始めた。
戸板2枚で始めた青空市。時の農協専務からは"ままごと遊び"と揶揄されたが、今日の直売所やファーマーズマーケットの隆盛を見ると、あの時の試み、向かった方向は間違ってはいなかったと考えている。
私は小繋での除幕式に参列した翌日、秋田県大仙市の宝蔵寺にあるむのたけじの墓をお参りした。むのたけじは、敗戦の日に朝日新聞社を退職し、横手市で「たいまつ」という新聞を出していた。私が戒能の『小繋事件』を読んだ頃、むのの『たいまつ16年』(企画通信社)に出合い、惚れ込んだ。むのと文通し、生き方、考え方、文章の書き方を学んだ。「自分の生き方に美しい生き方があるとすれば、それは自分の立場をはっきりさせた生き方だ」というむのの言葉は、現在に至るまで私を律している。
戒能とむのは私の師。今回の小繋行きとむのの墓参りは、私にとって一つの区切りとなる旅だった。
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