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【提言】日本農業の未来を創る~体験に基づく私的農業論~  JA全中副会長 村上光雄2013年1月8日

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・集落を守らずして農協の存続はない
・農業経営で家族が暮らしていけたら最高の職業

 村上光雄JA全中副会長は、昭和47年のオイルショックで田畑・家屋敷をすべて処分しなければならない状態から再起した経験をもつが「農業経営で家族みんなが暮らしていけたら農業は最高の職業だ」という。自らの農業体験、そして農協運動をふまえて現在の日本農業を分析、さらにこれからのあり方について「国民すべてが何らかのかたちで農的生活をする、農的福祉国家づくりをめざすべき」だと提言する。

豊かな農村が豊かな都市生活をつくる


集落を守らずして農協の存続はない
農業経営で家族が暮らしていけたら最高の職業

1.思想的バックボーン
◆自分の肌で感じたことを大切に

 昭和39年春、私は父が被爆者で病弱であり長男でもあることから岡山大学を卒業後すぐに就農した。大学時代には農学学生ゼミナール活動に参加したが、その後の農村での生き方に大きく影響したのは、むのたけじ氏の「たいまつ16年」であり、その地域に対する思い入れはいまだに生き続けている。
 就農してからは、佐藤藤三郎氏の「実感的農業論」であり、以後、私は自分の肌で感じたことを大切にするよう努めてきたつもりである。そして元気づけていただいたのが石川武男先生であったし、今も影響を受け続けているのが山下惣一氏であり、私の思想性(?)のモノサシ的存在でもある。

 

2.農業について
◆10年経験して一人前

 私の経営目標は水稲+和牛繁殖の自立経営であった。ところが実際に就農してみると、奥が深く、まず親父の技術を盗む(習得)ことからはじめた。そして2年してようやく経営権を譲り受けて、和牛繁殖経営から肉用牛肥育経営へ、高度経済成長に取り残されないよう他産業並みの所得を確保するために増頭、増築を繰り返した。
 50頭規模になった昭和47年、牛肉価格がオイルショック、牛肉輸入自由化の影響などで大暴落した。そして田畑、家屋敷全部処分してどうにか収支があうという状態にまで陥ってしまった。ここで止めたら借金だけ残る。必死の思いで自分の理想とする大規模経営を新しい場所で展開することにした。
 以後は山林の保安林解除、農地取得資金、総合資金など可能な資金は借りまくった。当時は素牛価格も暴落しており100mの牛舎はすぐに一杯になり100頭規模になった。そして牛肉価格もしだいに回復し、経営も徐々に軌道に乗り、借入金も少しずつ返済できだした39歳の時、青年部盟友のすすめで組合長を引き受けることになる。
 それ以後は家内が父と飼養頭数を削減しながら継続し、BSEが発生する前に身体的、家庭的事情から肉用牛飼育を止めた。息子は地方公務員なので、今では水稲だけの第2種兼業農家である。
 こうした経過を通して、多くのことを学び、体験した。
 1、農業は10年経験して一人前、規模拡大は段階的に(農業の本質、地域社会情勢、業界のこと等などが分からない)。
 2、農業には天災といえる気象変動リスク、人災といえる政策変動リスク、そして価格変動リスクがある。
 3、農業技術は最重要要件であり経営を左右するが、経営発展段階により変化していくものである。
 4、農業の現場では農的価値と資本的価値のせめぎあいであり、その度合いにより自給自足的なものから人工的資本集約的なものまで多様な農業形態が展開される。
 私は、農業経営で家族みんなが暮らしていけたら最高の職業だと思った。ましてや大企業、メジャーのインテグレ農業ではない。

 

3.農業を規制する多様な要件
◆地産地消に日本農業の可能性が

 別に目新しいものでもない、ただ私なりに整理しただけである。
 1、自然要件[天候、水(不可欠要件―水がなければ砂漠)]
 2、土地要件(地形、土壌成分、面積、所有権など)
 3、農業技術要件(収量、品質の最大化、遺伝子組換え?)
 4、経済的要件(価格水準、資本調達、金利、為替など)
 5、社会的要件(交通通信、物流システム、地域の認知、合意など)
 6、政治的要件(政治体制、WTO貿易体制、農業諸政策による補助金水準―現在はこれが主要件である)
 7、人的要件(家族、共同、集団、長期・短期雇用、海外から等)
 実に複雑であり総合的である。世界中に多様な農業が存在するのが当然である。
 翻って日本農業を考えてみると、土地は島国で狭く地形は複雑であり単一大規模経営が大困難なことは誰が見ても明らかである。ところが水は充分にあり、地域特性を生かした少量多品目生産を柱に付加価値をつけていけば十分対抗できる。しかしそれには農業、地域づくりの重要性を理解する都市住民、消費者の支持がなければならない。そこに地産地消運動の展開が必要である。
 世界的にみても大規模経営は機械設備投資に追われ経営は厳しく、規模拡大には諸規制要因により限界がある。そうなると集約化をはかり労働生産性ばかりでなく土地生産性を高めていくことが重要になり日本の出番になるはずである。
 だが現実的には規模格差がありすぎて競争にならない。それに農業技術も次々と新技術が開発され、平準化される。
 そうなるとWTO体制下でまともに価格競争しても勝ち目はなく、限られた選択肢の中からWTOの影響を受けないか、影響の少ない農業形態しか残ってこない。それが隙間的な地域特産づくりであり、地産地消運動でもある。

 

4.理想は家族複合経営
◆農協運動の原点は家庭にある

 持続可能な理想的な農業経営は、やはり古典的だが世代を越え老若男女が一体となって働き、暮らす家族経営である。そして自然循環を壊すことなく環境にやさしく、作目間の有機的つながりのある複合経営ということになる。
 家族というと昔の家父長的イメージが先行するが、近代的な人間関係の上に立って話し合い、工夫し、世代間を越えて助け合いながら働き、暮らしていくことが出来ると確信する。
 次に複合経営である。私も経営を単一化し規模拡大をし企業的経営を目指して奮闘してきた。しかし振り返ってみると水稲2haという経営基盤があり運よく圃場整備事業が出来たから肉用牛肥育部門の規模拡大がスムーズにできたのであり、最初から肉用牛肥育だけでスタートしていたらすぐに資金的にも行きづまり、経営破綻していたはずである。
 また規模拡大につれ堆肥処理が大きな課題となり、稲わら交換など自分の経営内部に限らず、地域的なひろがり、有機的なつながりの必要なことも思い知らされた。そして単一経営は価格変動リスクをまともに受け、よっぽどの資本、技術がないと生き残ることは出来ないと痛感させられた。
 このように私は体験的に家族複合経営を理想とするが、このことは農協運動からも言えることである。私たちは絶えず持続可能な農業農村、地域社会を目指して活動している。そして人、地域、助け合い、絆の大切さを叫んでいるが、その原点は家庭である。協同組合精神の上からも、家族、家庭を大切にしていかなければならない。
 重ねて、どのような政治、経済、社会情勢になろうとも粘り強く生き伸びていくのは家族複合経営であり、JAグループとしてもこの基本を忘れてはならない。
 なお、国連は2014年を「国際家族農業年」とすると決定した。

 

5.集落法人について
◆集落は農協の原組織

 ここで話を広島県農業に転換する。
 実は広島県の農業就業者の平均年齢は70.4歳と日本一高齢である。ところが一農家当りの農業所得は40.2万円と全国平均122.8万円の約1/3で最低クラスである。まさに農業衰退・劣等県である。
 それは山が多く地形が複雑で長崎県に次いで棚田率が高く、一農家当りの耕作面積は87aで全国平均180aの約1/2であることに起因する。しかもイノシシの被害は全国第1位となり超高齢化の進行、耕作放棄地の拡大に追い討ちをかけた。
 そうなると集落での営農も生活も守れなくなり、集落崩壊の危機となった。もはや個々の農家の力では農地も農業も生活も守れなくなってきたのである。
 そこで生まれてきたのが集落法人である。現在広島県には225法人あり、JA三次管内には31法人あり、50法人と大型農家と合わせた水田カバー率50%を目標に取り組んでいる。
 だがこれは広島県の特殊事情ではない。昔から天気と農業は西から変わると言われている。それに先程の農業就業者の全国平均は65.8歳で広島県との差が4.6歳である。これまでは10年すると全国平均がほぼ広島県平均になっていたが、それが最近だんだんと短縮してきており、今では5年ぐらいで追いついてきている。
 つまり今の広島県農業の実態は5年後の日本農業の平均的な姿なのである。
 そこでJAグループの集落営農ビジョンづくりは喫緊の課題であり、集落法人も中核的農家を中心にした組織がベターである。
 集落は農協の原組織であり、集落が崩壊すれば農協も崩壊する。
 集落を守らずして農協の存続はない。

 

6.農的福祉国家をめざして
◆すべての国民が農的生活をすることで

 私たちは、今回のTPP交渉参加阻止運動のなかで、マスコミ、推進論者には如何に歴史的認識が欠如し、またグローバルと言いながら如何にグローバルな視点が欠落しているかが判ってきた。
 「鎖国か開国か」などはその最たるもので、我国の農産物は明治維新で開国して以降、海外農産物によって淘汰され続け、今残っているのは米とわずかな農畜産物しかないのである。
 円高と低価格な海外農産物輸入により農業が儲からなくなり、若者が他産業、都市へと流出し、過疎化、高齢化が進行したのであり、海外農産物に対抗して作れる農産物がないから耕作放棄地が拡大しているのである。
 このことの基本認識がしっかりしていないと安易に「輸出すればよい」ということになるし、現実的に有効な施策も打ち出せない。
 またグローバルな視点に立ったとき、世界人ロはすでに70億人を超え、食料も絶対量が不足し価格は高止まりしている。世界の食料輸入国では食料安全保障について真剣に議論されている。しかし「飽食ボケ」して考えようとしないのは日本だけである。もはや国際経常収支が赤字段階に入り、高い食料を将来的にいくらでも買い占めることが出来ない時代でもあるのにである。
 そもそも国際収支発展段階からみたとき日本はすでに高度経済成長時代を経て貿易収支を資本収支が上回る成熟債権国の段階に入っており、韓国はいまだ高度経済成長の未成熟債権国の段階である。従って「韓国に追いつけ」ということは逆に時代を後戻りすることであり基本的に間違っている。
 このように我国は成熟した経済、社会の成熟国家であり、そして超高齢社会、人口減少社会に突入した今こそ、思い切って内需主導型の政治経済運営に切り換えていく絶好のチャンスである。またライフスタイルも経済成長オンリーから自然を大切に文化的で心豊かなライフスタイルに切り換えていかねばならない。
 そのことは当然、私たちの農業、農村そして暮らしにもいえることであり、単なる所得追求だけでなく、環境にやさしく、農的価値にめざめ、消費者に安全、安心な農産物を提供していくことにある。そして都市と農村の交流、往来を活発にし、都市と農村が共存する持続可能な地域社会づくりを進めていく必要がある。今や農業問題は都市問題の一部であり、豊かな都市生活を送るためには、そのバックグランドとしての農村が豊かでなければならない。
 今、世界中で一番の贅沢は「自分の食べるものは自分で作る、自分で作ったものを自分で食べる」 ことである。そのためには国民すべてが何らかのかたちで農的生活をすることであり、農的福祉国家づくりを目指すべきだと考える。
 おわりに、以上が私の体験的農業論である。字数制限もあり断片的、短絡的であり、なおかつ上滑りで舌足らずだと思うが、酒の肴にしていただきご批判、ご指導いただければ幸いである。

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