農政:どうするのか この国のかたち―食料・農業・農村を考える
【インタビュー・吉川はじめ社民党幹事長 】若者が定着できる農業政策を2018年5月29日
社民党の吉川はじめ幹事長は大分県選出。中山間地域を多く抱えた地域の視点からこの国のあるべき姿、現場実態をふまえた農政、地域政策の重要性を説く。聞き手は谷口信和東京大学名誉教授。
◆「息をのむほど美しい棚田」?
谷口 これまでいろいろな方々からお話を伺ってきましたが、自民党はもう都市型政党に変質したのではないかという認識でほぼ一致しています。たしかに、選挙区上は農村を代表する議員が沢山いますが、気持ちも行動もすっかり都市型になってしまっています。
吉川 私もそう感じます。しっかり選挙区の地域に根ざし、日頃から地域の人々と交流していろいろな話を聞き、それを政策に昇華させていく活動を行い、その力量を有権者が見てこの人なら任せられる、というのが中選挙区時代でした。これは与野党問わずやっていたことです。
しかし、小選挙区制度の今は、大きな風が吹くとがらっと空気が変わってしまいます。もちろん日頃からの取り組みはしていると思いますが、それに関係なく選挙は動く。そのなかで2世議員、3世議員が増えてきていることも影響していると思います。つまり、選挙区は地方にあっても子ども時代からずっと東京で暮らしてきたという議員が増えていると思います。
安倍総理も選挙区は山口ですが、ずっと東京で生活してきた方です。その安倍総理が所信表明などの際によく使われるのが、"息をのむほど美しい棚田"という言葉です。しかし、私はその言葉にものすごく違和感を覚えます。
なぜかといえば、それはポスターに写った一瞬の美しい風景だけを切り取って言っているんじゃないかと思うからです。そこには人々が生活し、棚田をそのまま維持するだけでも大変なことで、そこに一旦災害が起きて表土が流出するような事態にでもなれば命がけで守らなければならない...、そういう厳しい背景があまり感じられず、ただ美しいから守るんだ、と言っているだけのように思います。
(写真)社民党幹事長・政策審議会長 吉川はじめ衆議院議員
谷口 そんなに単純なロマンチックなものではないと。
(写真)吉川はじめ衆議院議員(左)と聞き手の谷口信和・東京大学名誉教授
◆官邸主導でいいのか
吉川 そうです。ある意味ではそれこそ血反吐を吐くような大変な努力をしながら、それでももう続けられない地域が生まれているのが現実だと思います。
息をのむほど美しい棚田をしっかり守っていくという言葉には、天然記念物を守っていくかのような雰囲気を感じます。そうではなく、そこに人々の生活があって、定着して暮らしていけるような農業政策をやっていかなければなりません。
安倍総理の言葉に違和感を覚えるのは、結局、どこで農業政策を決めているのかという問題でもあります。もちろん国会の衆参農林水産委員会で決めてはいますが、実際には官邸で決めているわけです。産業競争力会議にはじまり、規制改革推進会議、最近では未来投資会議などです。
そこには農業者はいない。企業を代表する人、あるいは新自由主義的な考え方を持った人が、農業については門外漢であるにも関わらず、ああしろ、こうしろという話をずっとやっていて、そこから農水省を下請けにしたように降りてくる。農水省も抵抗はしていると思いますが、結局、上から強く言われてしまえば、それがそのまま政策のなかに入っていってしまう。
問題はそれを現場に持っていったときに、実態とまったく乖離してしまうことです。東京のマーケットだけを見ている人たちが作ったものですから。そこがやはり大きな問題で、自民党が変質してしまったことのひとつの現れではないかと思います。
谷口 現場の実態をふまえた大事な視点だと思います。
私は規制改革推進会議の委員に産業界の人が入ること自体に必ずしも反対ではありませんが、今はモノづくりの人たちは少なく、金融や情報産業の方ばかりです。農業に対する皮膚感覚がないまま政策提案をしているのではないかと思います。
吉川 たしかに農地集積も必要ですが、中山間地域で平地のようにできるのかということです。その土地、その土地の条件に合わせた持続可能な農業ができるようにする政策が必要ではないかと思います。
◆持続可能性を追求
谷口 持続可能性を問題にされましたが、おそらくそれが今後の農業のあり方を考える上で最重要のキーワードになると思います。農業ではそれが地域条件によって大きく異なり、大分県のなかでさえも平野部と中山間地域では違うということであり、その差をどこまで正確に認識するかが大事になると思います。
吉川 実は中山間地域の米はうまいです。寒暖差が大きいとおいしい米ができますが、やはり機械化が容易ではない。圃場整備も含めていろいろ努力をしながらやっていますが、なかなか広い平野部のような農業はできません。しかし、一旦荒れると元の農地に戻すには何倍もの労力がかかります。
農業は、工場のように景気がよくないから一部の生産を止めて回復したらまた再開すればいい、というようなものではありません。その最たるものは林業だと思います。林業は収益が上がるのが50年先。50年先のマーケットを読み切って何を植えるかを考えるなんてことは不可能だと思いますが、そうした長期的な視点が求められます。何でもその瞬間の市場に任せれば最適な資源配分ができるという経済学の考え方がありますが、かりにそういう分野があるとしても、第一次産業はそれとは違う論理で生産していかないと持続可能性がなくなるのではないかと思います。農業や、いわゆる第一次産業をわれわれ政治家や政府がどう捉えるかは非常に重要だと思います。
谷口 最近の農政は長期的な視点が著しく欠けているのではないでしょうか。
吉川 農業に限らず、すぐに成果を求めることばかり考えているのではないか。教育も同じで研究者に短期的な成果を求めるあまり、不安定な雇用となり、しかも、すぐに結果を出さなければならないから、STAP細胞のような問題が実際に起こってしまった。今のノーベル賞受賞者の中にはその研究を始めたときには、何をやっているのかと言われ、それでも大学に職を得ながら研究を続け10年、20年経って成果を出した人も少なくない。ということは成果を出せなかった人もたくさんいるということですね。ここでも長期的な視野に立って考えることが必要です。
農業ではこれからいかに若い人に入ってもらうかが大きな問題ですが、若い人が農村部でとくに困るのは教育と医療です。ここには現金が必要で、この点に有効な支援ができるかが、若い人が安心して農業に従事できるかのポイントの一つだと思います。
そこを現金収入として補償するのか、あるいは社会保障として教育の無償化も含めてパッケージとして考えていく必要があるんじゃないかと思います。とくに子育て世代にどのように農業に従事してもらうかということを考えると、教育をどうするのかが大事になります。
その意味でも戸別所得補償政策の法制化は不可欠だろうと思います。年度ごとの予算ではなく制度化して、若い人たちが安心して農業に就こうという動きにつなげる。市場原理に任せていてはできません。
(写真)谷口信和・東京大学名誉教授
◆社会の責任を問う
谷口 教育の無償化と農業支援が結びついているというご指摘は斬新ですね。目から鱗が落ちました。
吉川 それは社会の責任だと思いますし、子どもが増えれば学校を整備していくことにもなります。これからの10年間で若い人が定着できるように変えていかないといけません。今は政治がこの問題に向き合う最後のチャンスだと思います。
地域に定着して農業をするには短期間ではできないということを考えたとき、リスクを一方的に農業者に背負ってもらうことでいいのでしょうか。農業が果たす多面的な役割や、食料自給率の問題、安心・安全な食料の確保ということまで含めて考えると、価格は市場で決まるものであって、それが安いからと言っても仕方がないじゃないか、自分の責任でしょ、というのは理屈が通らない。
リスクを農業者に押しつけていいのかということを社会として考えていかなければなりません。これを社会が必要な費用だと位置づけて支えていくことが大切であって、それで都市も存立していけるんだということを強く訴えていかなければいけないと思っています。まるで保守政治家のような発言ですが。
谷口 いえ、実は今日では、きちんとした本当の保守がいちばん革新的なんです。どうもありがとうございました。
【インタビューを終えて】
息をのむほど美しい棚田。このおしゃれで都会的なキャッチコピーに、生活の匂いやリアルな現実の重みが欠落していることを見抜いた眼力は中山間地域の現場に根ざした活動の賜物だろう▼これからの農業のあり方に持続可能性の視点を据えるところは、経営体が埋め込まれた地域農業の視点を重視する筆者の主張と重なり合うところが大きい▼経済政策と地域政策(社会政策)を車の両輪とする農政のあり方を考える上で、後者の議論に医療や教育の問題を引き入れたことに、正直言って目から鱗が落ちる思いがした▼小政党の若きエースにピリリと辛い山椒の役割を期待したい。(谷口信和)
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