農政:現場で考える食料自給率
消費者は農協事業利用で自給率向上(1)【小林光浩・十和田おいらせ農協代表理事専務】2018年8月29日
・農協は社会的使命として食料自給率向上事業を展開しなければならない
国が食料自給率の目標を45%と定めて久しい。しかし実際には38%と目標をはるかに下回って推移している。食料は重要な国の安全保障にかかわる問題であるのにこのことが論議されることが少ない。そこで生産現場でこの問題をどのように考えているのか、取り上げていきたいと思い、第1回目を青森県の小林光浩JA十和田おいらせ専務にお願いした。
1. 協同組合は事業によって社会利益を実現
ここ数年間、先進国最低レベルにある我が国の食料自給率(カロリーベース)は38%まで落ち続けている。これは政府の「国民の命を守り、国土を守り、安全・安心な食料を安定的に確保する」という国家安全保障の欠如である。世界の食料自給率(2013年)は、アメリカ130%、カナダ264%、フランス127%、ドイツ95%、イギリス63%、スイス50%と、先進国の使命は食料自給率を確保・維持することにある。歴史は食料が人間の命を奪う戦争を引き起こす等、食料を自給しなければならない国の責任、指導者の責任を追及している。我が国の政治家には、そんな高尚な意識もなく、責任感・使命感を持たないらしいことには、怒りを通り越して同じ日本人として恥ずかしさを覚え悲しくなるレベルにあろう。
我らが農協は、政府を批判したり、政治家を攻撃したりする外部への圧力団体ではなく、「自分たち仲間の力で、自分たちの暮らしを良くし、自分たちが住む社会を良くしよう」とする自主・自立した組合員という内部組織での相互扶助活動をする経済団体である。そして、協同組合は、難しい理論を知らなくても(但し経営者は知らなければならない)、協同組合の事業を利用することによって協同経済効果(心の豊かさも含む)を受けることができる高度な経済システムであることが特徴である。
このことを理解しながら「我が国の食料自給率を向上させるために農協はどうすればいいのか」を考えると、その答えは「日本全国の消費者を農協組合員として加入促進して、組合員教育事業として地産地消の考え方・実践方法を広める」ことと、消費者の組合員が同じ仲間である生産者の組合員の農畜産物を優先して利用する「食料自給率向上をすすめる地産地消販売事業を積極的に展開する」ことであるとの結論となる。
(写真)JA十和田おいらせの直売所「十和田やさい館」の店内
2. 食料自給率向上をすすめる地産地消販売事業を展開
当農協の販売事業販売高は178億円(平成29年度実績である。28年度は197億円)である。その多くが市場流通への販売となっている。この市場流通販売を支えている市場流通の産地化は、農畜産物の品目毎に生産者が集まって組織している各生産部会が高品質・安全・安心で美味しいミネラル野菜を「TOM-VEGE(トムベチ)」ブランドとして確立している。
TOM-VEGEになるには、(1)土壌診断の実施、(2)処方箋に基づいた施肥設計の活用、(3)出荷前の糖度・硝酸値のチェックが必要である。TOM-VEGEの取り組み効果としては、(1)美味しさ・品質・収量のアップ、(2)生産コストの低減、(3)農業所得のアップを実現している。こんな我が農業地域においても「食料自給率向上をすすめる地産地消販売事業」を展開するには、さらに市場流通の産地化の取り組みに加えて、新たに地産地消の産地化の取り組みが強く求められる。
現在、我が農協がチャレンジしているのは、第3次地域農業振興計画での実践である。それは、
(1)地産地消の大型総合施設の設置(平成32年度予定)、
(2)消費者に近づく産直販売事業の確立(直売施設だけではなく、中外食産業への直接販売、宅配農産物ボックス、インターネット販売等の多様な販売戦略の展開)、
(3)消費者サイズの小口パッケージセンターの充実、
(4)地産地消の産地の担い手である直売部会員の育成・拡大等である。
特に、地産地消の産地の担い手である直売部会員の育成・拡大は、食料自給率向上の核となる取り組みとなる。この直売部会員は、高齢農業者や女性農業者、さらにはホビー農業者(自給的)、新規農業者等が中心となる。いわゆる小規模農業者による「こだわり」の少量多品目の栽培農業である(大規模農業者や専業農業者は高品質の多量少品目の栽培農業となる)。こうした地産地消の担い手の確保は、高齢化社会におけるボケ防止や元気な高齢者の福祉活動、障害者の福祉農業としても注目されている。
3. 地域の消費者を組合員として迎える食料自給率向上事業の組織化
今、政府の農協改革(改悪ではとの有識者の評価有り)では、地域住民を農協の准組合員にすることへの反対姿勢が見え隠れしている。しかし、我が国の食料自給率を向上させるための農協による販売事業を確立するには、地域住民の農協組合員加入による農協食料自給率向上事業利用が必要となる。
何故ならば、農協は協同事業を利用することで成り立つ組織だからである。食料自給率をすすめる行政ではないし、食料自給率を普及するボランテア組織でもない。事業を利用することで利用料(手数料)や賦課金をもらうことで経営が成り立つ経済団体であることを忘れてはならない。世の中きれいごとでは成り立たない喩え通り、農協経営の成り立たないところに農協運動の発展はありえない。
協同組合は組合員同士による助け合いが事業の基本であることを理解しなければならない。従って、農協が食料自給率向上事業を実施するには、地産地消の生産者である農業者の組合員がいて、その地産地消の産地でつくった農畜産物を消費する地元の消費者の組合員がいなければならない。こうして、地域での地産地消の農業を実践する者は保護され、地域の消費者は地元で採れた顔の見える安全・安心・新鮮・美味しい・こだわりの農産物を食べることができるという消費者の食が保護される。
こうした地域農業と農業者が保護され、消費者の食が保護される関係は、まさに相互扶助の協同組合事業の姿であろう。
特に、現政府における農業政策の対象とならないような小規模農業者・高齢農業者は、一人では販売とならないような規模にありながら、農協でそうした自家消費的な農業者を組織化することで協同の規模拡大効果によって始めて販売事業量が確保できることになる。一方の地域の消費者は、一人では安全・安心・新鮮・美味しい・こだわりの農産物を手に入れることは相当に困難であると予想できるが、農協の組合員になって農協の自給率向上事業を利用することで協同の経済効果としての地産地消の農産物を得ることができることになる。ここに、地域の消費者を農協の組合員化する理由が生じる。つまりは、地域住民が農協の組合員になることで地域農業振興が図られ、農業者の農業所得増加と地域社会の向上・社会貢献が期待できるのである。
ただし、今の農協法の問題点として、准組合員に利用権しか認めないことには賛成できない。協同組合の組合員として平等な権利が認められるべきである。それが民主的運営を基本とする農協の姿である。具体的には、今でも他団体等で採用されているA会員・B会員制度のような組合員間での区別による権利の程度差を設けるのである。つまりは、農業者の組合員には議決権の付加が与えられることによって、農協における農業者の組合員の意見が重要視され、農業者以外の意思反映によって農協運営が農業軽視の方向に行かないようなガードとなるような工夫が必要となろう。
(写真)小林光浩・十和田おいらせ農協代表理事専務
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