農政:小高根利明の語ろう日本農業の未来--アグリビジネスの現場から
「チーズ文化」先駆け自負 蔵王酪農センター 冨士重夫理事長に聞く【小高根利明の語ろう日本農業の未来――アグリビジネスの現場から】2021年11月25日
新しい栽培技術や農業機械などの開発が進み「農業新時代」を迎えつつあるといえる。この農業新時代をどのように受け止め、どのように対応していこうとしているのかを、ビジネスの最前線で挑戦している人たちに聞く。今回は宮城県の蔵王酪農センター理事長の冨士重夫氏を訪ねた。(聞き手・小高根利明本紙客員編集委員)
蔵王酪農センター
冨士重夫理事長
――蔵王酪農センターのナチュラルチーズ専門工場は日本初だそうですね。
蔵王酪農センターの設立は1980年で、当時日本におけるチーズの消費はほとんどがプロセスチーズでした。プロセスチーズは、ナチュラルチーズを加熱して溶かし、もう一度固め、成型し直して作ります。加熱すると乳酸菌は死ぬので、5~10年冷凍保存できます。ナチュラルチーズは乳酸菌が生きているので、長くは保存できません。
大手乳業メーカーは「日本人の舌にナチュラルチーズは合わない」と考え、プロセスチーズを6Pチーズなどに仕立て、販売してきました。
1980年当時、米と牛乳が「2大白物」と呼ばれていました。生乳は、生産量800万tのうち500万tは牛乳として飲み、300万tは脱粉バターにしていましたがダブつき、生産調整が課題になりました。ナチュラルチーズ1kgを作るのに10kgの生乳が必要です。蔵王酪農センターを創設した山口巖さん(1919~2014)は、ナチュラルチーズをつくれば生産調整にもなると考えました。
私は秘書みたいに巖さんに付いて、農林省(現農水省)や自民党を回りました。巖さんは「日本には発酵文化がある。チーズだって発酵食品だ。だから必ず根付いて、地域独自のチーズが作られる日が来る」と信念を語っていました。輸入で赤道を超えるとき、ナチュラルチーズは劣化します。そのことも、国産品が輸入ものに勝てると考えた理由でした。
――ナチュラルチーズも、今ではだいぶおなじみになりました。
国産チーズは今、輸入とほぼ同量の35万tで、そのうち20万tがナチュラルチーズです。5年ほど前、プロセスチーズを超えました。
洞爺湖サミットでも伊勢志摩サミットでもふるまわれ、「こんな美味しいチーズが日本にあるのか」と各国首脳の奥様方に驚かれたといいます。
七転八倒の末、そこまで来た。蔵王酪農センターでは40年間、酪農やチーズ製造の人材育成にも取り組んでいます。全農や全中、乳業メーカーなどの酪農研修も受け入れてきました。ナチュラルチーズ製造技術研修を受けた卒業生たちが延べ2000名程度となっており、チーズと関連した仕事や酪農に従事したり、チーズ工房を始めたりして、いま全国に小さなチーズ工房が300ほどあり、その半分は酪農経営とチーズ製造の両方やっています。
――酪農センターの主な収益源はチーズと牛乳の売り上げですが、利益にならない人材育成にも力を入れてこられた。なかなかできないことですが、歴代理事長の姿勢が現れていますね。
今回のJA大会決議でも「地域との共生」を高く掲げていますが、巖さんもそうですし、次の理事長の駒口(盛)さんも「地域の酪農なくして蔵王センターなし」と説きました。その精神は脈々と受け継がれています。
育成牛の受託もその一環です。うちは牧草地を70ha持っているので、70~80頭引き受けています。
酪農は、乳が出るまで2年かかります。成牛になるまで1年、種付けしてから妊娠して子どもが産まれるまで280日なので約2年です。その後、乳を搾れるのは長くて4産、だいたい3産くらいが平均です。
育成はアウトソーシングし搾乳に特化するギグメガ(超大規模)の個人経営が増えています。北海道から1頭100万円で買ってきて3年間搾るのですが、北海道からの供給も限界がくるでしょう。
これからどうしていくか。雌雄産み分けなど最先端の生命科学を使い、そのための設備投資もいるので、全農やJAグループ、行政も含め協力していく必要があります。
――新製品開発にも力を入れておられますね。
宮城名産にあべかま(笹かまぼこ)があります。輸入チーズをあべかまに入れた商品は以前からありましたが、蔵王チーズを使った「プレミアムチーズボール」を売り出すと、値段は1.5倍ほどですが売れています。仙台イチゴとバターをミキシングした「イチゴバター」も作りました。
――世界初というチーズを製造販売していると聞きましたが。
「麹(こうじ)チーズ」です。チーズの発酵に使う乳酸菌は、オランダなどヨーロッパが握っています。そこで、昔から日本にある麹菌、「国菌」といいますが、これを使ってナチュラルチーズができないかというのが関係者の大きな期待になっていましたが、みなさんの努力が実を結び、5年ほどかけて今年の5月に「麹チーズ」ができました。カマンベールをちょっと硬くした食感で、風味はまさに麹です。製法は特許を取得しました。
――酪農センターには研究開発の部署があるのですか。
ありません。人材育成に長く取り組んできたので、講師をしてくれた研究者や技術者がいろいろ「したいこと」を持ち込んでくれます。麹菌を使ったチーズもそうでした。
ホエイ(乳清)を使った飲料も作りました。生乳10kgからナチュラルチーズ1kgができますが、残り9kgはホエイになります。ホエイプロテインや育児用粉乳にも使われます。
ホエイはドイツ語では「モルケー」と言います。少しもじって「モルク」という飲料を山形大学とコラボで開発しました。牧草、配合飼料にホエイをミキシングした餌も、牛の健康にいいと酪農家から喜ばれています。
――夢が広がっていきますね。
仙台駅には全農が運営する「グリルみのる」があるのですが、国産和牛入りハンバーグ特製チーズソース、モッツァレラチーズと宮城県産トマトパスタなど「蔵王チーズ」をメインに打ち出したところ、駅構内でトップクラスの繁盛店になったそうです。チーズを使った食文化が日本でも広がればと考え、酪農センターの直売所には料理の写真やレシピも置いています。
蔵王町にはうちだけでなく、ダイコン、ニンジンなどの高原野菜やイチゴもあります。同町では観光協会がメインでレストランのシェフらを招いた「生産現場を見る会」も開いています。
――全国各地に酪農センターが必要だと思えてきます。出番じゃないですか。株式会社化して全国展開する道も考えられませんか。
牧場と人材育成は財団法人で、チーズの製造・販売を株式会社にするなどの方法はあるかもしれません。いずれにしても、課題があるのは楽しいことなんですね。地域の酪農を守るため、みんなの協力を得ながら仕組みづくりをしていくプロデューサーの役割を果たしていければと思っています。
――希望ある事業のシーズを実らせるためにも活躍が期待されます。今日はありがとうございました。
【蔵王酪農センター概要】
蔵王酪農センターの前身は昭和35年に神奈川県厚木市に、酪農の電化・機械化の研究を目的に設立された財団法人酪農電化センター。その後、本格的な実験農場を目指し、宮城県蔵王町に移転。以来、国産ナチュラルチーズの製造をはじめとするさまざまな事業に取り組んできた。とくに、昭和56年から行っている「ナチュラルチーズ製造技術研修会」は、現在国内に200か所以上あるチーズ工房の多くが参加している。約100haの広大な敷地には、チーズ工場のほか先進的な設備を備えた牛舎、チーズの直売所やレストラン、観光牧場である蔵王ハートランドなどがある。その他に、牛の飼料を製造するTMRセンターや研修施設など多彩な部門がある。
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