農政:バイデン農政と中間選挙
【バイデン農政と中間選挙】大きく前進する温暖化防止農業【エッセイスト 薄井寛】2022年10月19日
9月28日にフロリダ州を直撃したハリケーン「イアン」は甚大な農業被害をもたらした。特に収穫開始期のオレンジ(国内生産の約6割)が深刻で、供給量は3~4割減、回復まで数年かかるとの情報もある。また、カリフォルニア州に次いで米国第2位の生産量を誇る野菜も被害を受け、食料インフレの鎮静化を遅らせるとの懸念が伝えられる。
増え続ける気象被害
7月下旬に熱波が全米各地を襲って以来、米国のメディアは自然災害の情報を毎週のように報じてきた。
8月から10月にかけて激しい干ばつが西部から大平原、そして中西部へと拡大(表参照)。農務省が10月12日に公表した世界食料需給観測も米国の小麦、トウモロコシ、大豆の反収を3カ月前(7月12日の同観測)よりそれぞれ1.7%、2.9%、3.3%引き下げた。
9月下旬のアイオワ州北部では、トウモロコシ農場で火災が発生。ほ場火災警報まで出された。主な原因はコンバインの加熱したベアリングからの引火だ。
9月以降、ミズーリ州・セントルイス地区などのミシシッピ川中流域では上流・支流域の少雨で水位が低下。河川運搬用のバージの載荷量や連結数を減らす応急措置が実行されてきたが、10月第1週から小麦などの輸出の遅れと流通コスト増大という難題が生じている。
なお、河川管理の陸軍工兵隊のサイトには10月17日現在、水位回復の情報は見当たらない。
気象災害が度重なる米国では、地球温暖化による異常気象への関心が農家のみならず一般市民の間でも高まっている。
ギャラップ調査(2022年3月)によると、「環境保護を経済成長より優先すべき」が53%。経済優先の42%を大きく上回った。
温暖化防止農業の実験事業
こうした状況のなか、ビルサック農務長官は9月14日に記者会見を開き、「温暖化防止商品作物のパートナーシップ」と称する大規模なパイロットプロジェクト(実証実験事業)の具体化を公表した。
政府のパートナーとしての参加を希望する団体等の補助金申請は、大規模事業と中小事業の2グループに分けて4月と7月から開始されていた。
今回、補助金支給が決定した70件の事業は大規模事業(中小事業の決定は12月予定)。350以上の団体等が申請した450のプロジェクト案が審査を経て70件に絞られたのだ。
補助金は1件当たり500万ドル(約7億2000万円)から1億ドル(約145億円)。総額は28億ドル(約4060億円)に上る。
なお、プロジェクトの総予算は当初の10億ドルから30億ドルへ増額。具体的な案件の支出で議会の承認を必要としない農務省のCCC(商品金融公社)資金が投入される。
また、プロジェクトの実施主体となる地方自治体や農協などは、平均して補助金の50%を超える自己資金を投入するため、実際の事業展開はさらに大規模化する。
プロジェクトの概要を見てみよう。
〇主な事業は「脱炭素農業の実施農家に対する資金供与システムの開発」(30以上の州で実施)、「二酸化炭素の地中貯留技術の改善」、「メタンガス削減の技術開発」(酪農協が主体)、「温暖化防止技術によって生産された農畜産物のモデル市場開発とデータ収集」(大学等が主体)、「温暖化防止の牧草生産や放牧地の土壌管理に基づく牛肉生産技術の開発」、「二酸化炭素の森林貯留技術の開発」など。
〇期間は最長5年。実証実験で得られたデータや成果は公表され、農家への普及や温暖化防止商品作物の生産・販売促進に役立てられる。
〇70件の事業には5万戸以上の農家が参画。2000万~2500万エーカーの農地(約800万~1000万ha、全米農地の3%弱)が被覆作物・不耕起栽培・土壌の養素管理などの温暖化防止技術の実験場となる。
〇これらの事業実施で5000万トン以上の二酸化炭素を削減(貯留)。これは年間1000万台以上の車両を道路上から排除するのに等しい。
米国農務省のこうした大規模プロジェクトの実施は何を意味するのか。注目すべきポイントが二つある。
一つは、米国農業が温暖化防止農業の方向へ大きな第一歩を踏み出したということだ。新たな歴史の始まりともいえる。
ビルサック農務長官は、「世界の温暖化防止農業の促進に米国農業がリーダーシップを発揮し、国際競争力を高めていく」との決意を表明した。今後公表される中小規模の事業とあわせ、プロジェクト全体の成果次第では長官の決意が実現する可能性は高い。
もう一つは、温暖化防止農業に対する支持の拡大だ。野党共和党系で米国最大の農業団体とされるファーム・ビューローのデュバル会長は、「(今回のプロジェクト決定が温暖化防止農業の発展に向け)積極的な第一歩になると確信している」と高く評価。全米農協協議会、全米牛乳生産者連合会などの農業団体に加え、多くの連邦議会議員や州知事、環境保護団体や消費者団体などもこぞって支持を表明した。
こうした状況は、11月8日の中間選挙の結果にかかわらず、温暖化防止農業プロジェクトが超党派の支持を得て着実に前進していくことを示唆している。
ひるがえって日本の取り組みはどうなるのか。米国の本気度に加え、実証実験の規模と中身から学ぶことは少なくない。
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