農政:欧米の農政転換と農民運動
【欧米の農政転換と農民運動】農業大国フランスで農民決起 石月義訓元明治大学農学部准教授2024年3月26日
今年の1月からEU加盟の多くの国で、農民の過激な抗議活動が吹き荒れている。この前代未聞の抗議活動はソーシャルメディアの影響もあって国際的にも関心の的になっている。フランスでの抗議活動について石月義訓元明治大学農学部准教授に寄稿してもらった。
トラクターの「エスカルゴ行進」
抗議のため農業祭にトラクターで集結(フランスの農民組合MODEFサイトより)
農業大国フランスでも有力な農民組織が主催して、1月28日から約50日間に及ぶ長期的な抗議計画が組まれた。その間、抗議活動には濃淡はあるけれども、パリや地方の中核都市で幹線道路の封鎖、トラクターによる「エスカルゴ行進」(のろのろ行進)、議会や県庁舎への肥料散布などの過激ともいえる実力行使がおこなわれた。
フランスの象徴、パリの凱旋門前では干し草が積まれ、その前での農民の抗議集会の光景を見ると、同国の社会や経済における農業の役割や位置の大きさを垣間見る思いだ。また、2月末には毎年恒例の国際農業祭がパリで開催されたが、マクロン大統領の訪問時には、怒号が飛び交うなかでの農民たちとの直談判騒ぎもあった。
フランスの農民の怒りは、その七つの要求項目に集約できる。①農業所得の増額②トラクター燃料の減税制度の維持③環境規則の簡素化④農民を「環境の汚染者」とみなさない社会的配慮⑤生物多様性にもとづく不合理な規制の撤廃⑥水管理の改善⑦代替策がないなかでの化学肥料や農薬の使用禁止の撤廃――である。そして、これらの要求項目に追加されたのが、とくに現在交渉中のEUとメルコスール(南米南部共同市場)との自由貿易協定をEU域内に安価で低品質の農産物が流入するとして、「食料主権」を守る見地から反対することであった。
農民団体で異なる主張
石月義訓
元明治大学農学部准教授
今回の抗議活動を主導した有力な農民団体の政治的立場は、右から左まで実にさまざまである。とくにEUの農業補助金が厳格な環境規制のもとで支払われているなかで、一方での大規模な穀作農家と、他方での環境に配慮したアグロ・エコロジーや有機農業を重視する農家との間では、その考え方に相当の隔たりがある。したがって、この抗議行動がけっして一枚岩で行われたわけでないことは容易に想像がつく。たとえば、抗議行動の戦術面でも農民団体間で違いが生じた。2月1日の政府の声明をめぐって、道路封鎖を解くのかそれとも抗議を続行するのかに意見が分かれたこともあった。
では、フランスの有力な農民団体がこの抗議行動にどのように関わっているのか。まず、「農業組合全国同盟」(FNSEA)である。フランス最大の農民団体で会員数21万、農業会議所の代議員は約50%を占める。したがって、抗議行動でもっとも影響力を行使しうる農民団体であろう。
この「農業組合全国同盟」は、抗議行動に際して詳細な要求リストを政府に提出した。そこで強調されているのは、農業所得の問題、環境規制の問題、農業の将来を保証するような社会的、財政的支援の問題であった。とくに環境規制の問題が焦点になっているのは、EU共通農業政策の農業支援がかなり厳格な環境規制のもとで実施されているために、慣行農業に依存する大規模農家にとっては足かせだと受け止められているからである。

裁判所前で抗議する農民。正面玄関に「自由、平等、博愛」の文字が(フランスの農民組合MODEFサイトより)
政治的立場ではこの「農業組合全国連盟」に比べてさらに右寄りとされ、全国農業会議所の代議員数では約20%を占める農民団体「農村連携」(CR)は、さらに派手な行動が報道されている。
他方、今一つ、農業会議所の代議員数では約20%を占める農民団体で、国際農民組織「ビア・カンペシーナ」に参加する「農民連盟」(CP)は、1月末に声明「1・24コミュニケ」を出している。今回の抗議行動には全面的に連帯するものの、フランスの家族農業の再生のためには政府による農産物の最低保証販売価格の決定、市場競争ではなく市場を規制することが必要であるとの独自の主張を行っているところにその特徴がある。とくに、「真の農業所得」の実現、自由貿易交渉を直ちに中止することを求めている。「農民連盟」はその発足の1987年から新自由主義的経済原理を強く批判し、今日のフランス農民の困難は新自由主義に根ざしているとする。したがって、WTO体制下でのFTA(自由貿易協定)には明確に反対である。この点で1月末の声明でも、その直前に成立した改造内閣(弱冠34歳のG.アタル新首相が就任)と「農業組合全国同盟」が、袋小路に入っている新自由主義的経済制度の枠内で自国農業の方向性について議論していると批判している。
いまひとつ、この抗議行動の主催団体の一つとして名を連ね、家族農業を守るという点では「農民連盟」と同様の考え方を持っている「家族経営擁護運動」(MODEF)という農民団体もある。この農民団体の歴史は古く1960年代に遡る。一貫して中小の家族農業を守る運動を展開してきた。この農民団体の要求の重点は、流通マージンの制限と政府による農産物の最低価格保証である。
注目されるのは、抗議行動に参加する農民団体間の主張の力点には差があるものの、そうした違いを越えていっせいに抗議行動に立ち上がり、その抗議行動にはフランス最大の労組である「労働総同盟」(CGT)や環境保護団体、エコロジー団体などにも参加を呼びかけているのは、まさに農業大国フランスならではであろう。
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