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特集:田園回帰~女性と子供たちの笑い声が聞こえる集落に~

2016.01.12 
「地域みがき」が人を呼ぶ一覧へ

小田切徳美・明治大学教授

 昨年、2015年は、後世の人々に「田園回帰元年」と言われる可能性がある。政府は、「食料・農業・農村白書」(5月)、「国土形成計画」(8月)において、相次いで、都市から農山村への移住を「田園回帰」と表現し、その重要性をハイライトした。それ以前にもそのような言葉を使った政策文書もあったが、今回は両者とも「閣議決定」を経た文書という点で、質的な相違がある。

森で遊び・学ぶ鳥取県智頭町「森のようちえん」 もちろん、それは政策文書だけの話ではない。具体的な数字にも現れている。筆者等の最新の市町村別調査(NHK・毎日新聞・明治大学共同調査)によれば、2014年度の移住者数は前年の1.4倍の1万2000人となっていた。2009年度からの5年間では、実に4倍にもなっている。
 このような移住者の増大には、いくつかの質的な変化も随伴している。第1に、移住者を世代別に見ると、従来から見られる20歳代や「団塊の世代」を含む60歳代以上の世代に加えて、30~40歳代の移住も目立っている。実際の移住相談業務にもかかわるふるさと回帰支援センターの嵩和雄副事務局長は、「これまで動きがなかったファミリー層が動き出した」と表現する。
 第2に、このようなファミリー移住の増大に伴い、女性の比率が上昇している。単身男性だけでなく、女性を含むファミリー層の移住が加われば、必然的に生じる現象であろう。また、それだけでなく、若い女性の単身移住も増加傾向にあり、それも女性比率の変化に影響していると思われる。
 そして第3に、移住者というと、Iターンを思い浮べがちであるが、Uターンの増加傾向も確認できる。特にIターンが増加する地域ではUターンも増えるという傾向が見られる。おそらくは、前者が後者を刺激する関係にあるのだろう。Iターンの振興には、地元住民から「よそ者偏重」という批判がしばしば聞こえていたが、現実には、地域全体への効果が生じつつある。
 第4に、気になる移住者の職業であるが、農業を含めて単一の仕事による定住を目指す者だけではなく、複数の仕事の組み合わせにより生活を営もうとする者も生まれている。具体的には、移住夫婦が「年間60万円の仕事を5つ集めて暮らす」ことを目指す姿がしばしば見られる。最近では、こうした稼得(かとく)のパターンは「ナリワイ」と呼ばれ、「大掛かりな仕掛けを使わずに、生活の中から仕事を生み出し、仕事の中から生活を充実させる。そんな仕事をいくつも創って組み合わせていく」(伊藤洋志氏)と表現される都市と農村に共通する若者のライフスタイルと言われている。そして、そのひとつの部門に農業も位置付いているのである。
 それは、農業サイドから見れば、兼業農家としての移住に他ならない。もちろん、すべての移住者がそれを求めているものではないが、このような移住パターンも生まれている。
 これらの質的変化は大きく言えば「移住の多様化」であろう。いろいろな世代や性別が、いろいろな出身地から(地元を含めて)、いろいろな職業を組み合わせて、地域に入り始めているのである。

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小田切徳美・明治大学教授 実は、こうした多様性があるからこそ、「こんな地域には仕事などない」と、むしろ地元から言われていた農山村に移住者は入り込んでいるのである。このことは、対象を特定の鋳型にはめ込み、「こうあるべきだ」という視点からの移住支援策が有効性を持たないことを示唆している。
 例えば、農政関係者が「移住者は専業で農業に就業すべきだ」と、勝手に決めつけた農業の新規就農対策などはその典型であろう。そうした選択肢があっても良いが、そうでない選択肢も用意されなくてはならない。島根県で実施されている農業を副業のポジションから始める就農対策(「半農半X型」新規参入対策)はいまだに一般化していないが、それは移住者の実態から乖離している。
 また、移住の本格化を自治体やJAがどのよう受け止めるべきかという点では、和歌山県那智勝浦町・色川地区の原和男氏の発言がその本質を教えてくれている。
 移住第1世代の氏らが、その後の移住者の世話役となることによって、今や地区内人口の45%が移住者となっている。このような実践を担ってきた原氏による次の言葉は重い。
 「若者が本当にその地域を好きになったら、仕事は自分で探したり、つくり出したりする。その地域にとって、まずは地域を磨き、いかに魅力的にするかが重要ではないか」。
 一昨年から始まった地方創生により、移住促進のために移住家族への「奨励金」等の様々な優遇措置がとりざたされているが、原氏が教えてくれているように、移住者達はそれを歓迎しつつも、むしろ各地の地域づくりが持つ戦略、つまり地域の「思い」に対して、共感を持ち、選択して参入することも少なくないのである。
 実は、そのことと田園回帰現象に大きな地域差があることとは無関係ではないと思われる。先の筆者等の市町村別調査によれば、2014年度の移住者数は上位5県(岡山、鳥取、長野、島根、岐阜)に48%も集中していた。特定の地域に大きく偏在しているのである。この差は、魅力的な地域をつくり、その姿を移住候補者に届けることができたか否かに起因している可能性がある。
 したがって、田園回帰の時代に農山村の自治体やJAに求められることは、それぞれの地域の資源を活かし、地域をさらに魅力的にし、そこに住む人々が輝くことであろう。
 それは、地方創生が華々しく言われている中で、むしろ地道な「地域づくり」、別の言葉で言えば「地域みがき」への原点回帰といえるかもしれない。そうして移住した人々は、「ヨソモノ」の視点から地域やその地域資源に今までとは異なる視覚から光をあて、その地域に一層のみがきをかけることも予想される。
 つまり「『地域みがき』なくして田園回帰なし。田園回帰なくして『地域みがき』なし」という相互関係の形成である。
 新しい年の農山村にはこの好循環を期待したい。

(写真)森で遊び・学ぶ鳥取県智頭町「森のようちえん」
 子どもの笑い声が聞こえる農村は活気がある。農作物を作るだけでなく、生活の場、子育ての場として農村に住みたいという人が増えている。鳥取県智頭町もそのような農村の一つ。同町の「森のようちえん」は、自然豊かな町全体をフィールドとして遊び、学ぶなかで体を鍛え、心を育む子育てを実現している。農村の価値の見直しは1990代から始まったが、いま「田園回帰」として、智頭町のほかにも、特徴ある取り組みが各地で定着している。(写真提供=NPO法人智頭町森のようちえんまるたんぼう)

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