農政:2020年を振り返って
「農業の成長産業化戦略」の限界が見えた年 榊田みどり 農業・農政ジャーナリスト【特集:2020年を振り返って】2020年12月10日
コロナ禍に明け暮れた2020年。グローバル化の脆弱(ぜいじゃく)さとともに、農業へのコロナ禍の影響は、すでにさまざま報じられているので詳しくは述べない。
ただ、販売面では輸出やインバウンド消費など外需依存リスク、生産面では海外労働力依存リスクに初めて直面する中で、内需と国内労働力を改めて見直す動きが生まれたことには注目している。とくに、技能実習生の入国ができなくなった現状下、ローカル・エリア内で、観光・飲食・宿泊業などコロナ禍で仕事が激減した業界と農業現場のマッチングが広がったのは興味深かった。
榊田みどり農業・農政ジャーナリスト
労働力の「融通」に注目
農業界に限らず、コロナ禍では都市部でも職種を超えた労働力の融通が行われ、今も続いている。近年、一部企業が認め始めた「副業」化の波が、リモート勤務が可能になったこともあり、一気に進んだ観がある。これは今後も続くのではなかろうか。
農山漁村での「副業」支援に関しては、今年6月、「特定地域づくり事業協同組合制度」が施行されたことにも注目したい。単一の仕事での周年雇用が難しくても、地域の仕事を複数組み合わせて周年労働を可能にし、地域の担い手を確保するのがねらい。制度の管轄は総務省で、今年12月、島根県海士町で設立された「海士町複業協同組合」が認定第一号となった。
「副業」どころか「多業(マルチワーク)」を支援するわけで、農村部では、「多業」のひとつに「農業」が入ることも多いはずだ。農業+他の仕事という暮らし方は、コロナ禍以前から農村では歴史的に珍しいことではない。とくに近年は、地域おこし協力隊OBなど若い世代が、農山漁村で兼業・多業型の新たな暮らし方を始めている。前出の「地域づくり事業協同組合制度」も、若い世代を地域に呼びこみ定着させる支援として創設されたと感じる。
国の農政は、戦後一貫して「自立農家の育成(農業1本で食える農業者の育成)」を柱にしてきた。ここ7年の「農業の成長産業化」政策は、そのベクトルを強め、大規模化・法人化に手厚い予算を組んできた。産業政策としては、とてもわかりやすかった。
しかし、逆に近年、自治体レベルでは、島根県が2010年から始めた「半農半X支援事業」や長野県が2018年から提唱し始めた「一人多役型の地域づくり」など、「副業」「多業」による移住・新規就農の支援に乗り出すケースが登場している。
今年は、担い手への農地集積率が9割を超える"優等生"の北海道まで、JAグループ北海道が、「農業をするから、農業もする時代へ」をキャッチフレーズに「パラレルノーカー(他の仕事と平行して農業を営む兼業スタイル)」の提唱を始めた。
要するに、「自立農家」だけに農業を集約することが、けして農業や地域のプラスにならないということではないか。私自身、大規模法人を否定するわけではないし、むしろ、地域農業を牽引(けんいん)する核になってほしいと願っている。
大規模化の限界見える
しかし、大規模法人だけでは、地域や地域農業は維持できないということが実証されたのも、この7年間だったのではなかろうか。現実に、一時期は農業総産出額や生産農業所得が伸びたものの、結果的に耕作放棄地は増え続け、輸出好調の肉牛を含め多くの品目で生産基盤の脆弱化も進行した。
何よりも、農業以外の産業での雇用機会が少ない地域では、離農が離村になり、地域からひとがいなくなる。地域からひとがいなくなれば、一部のエリート農家が産業として農業生産を維持しても、学校や病院、商店など、生活インフラは地域から消える。つまり、農業エリートは必要だけれど、彼らだけでは地域農業も地域も維持できず、逆に近年は、離農が増えて農業エリートに過度の負担がかかり、規模拡大にも限界が見え始めたのではないかということだ。
ここで改めて、農業エリート(農業法人)と家族農家・兼業農家、できれば土地持ち非農家も含めた多様な担い手が同じテーブルに着き、地域を支えていくためにどのような役割分担が必要かを考えるべき時期ではなかろうか。
多様な担い手像に期待
その意味で、今年3月に公表された「食料・農業・農村基本計画」で、中小・家族経営など多様な担い手が「地域社会の維持の面でも重要な役割を果たしている」と評価され、「産業政策と地域政策の両面からの支援を行う」と明記されたことは大きいと感じている。さらに、4月から「新しい農村政策のあり方に関する検討会」が設置され、そこでは、パラレルワーカー、マルチワーカーも含めた多様な担い手像の議論が始まっており、今後に注目したい。
一方の都市部の話に戻るが、東京では7月以降、転出超過が続き、東京に近い「トカイナカ(都会でもあり田舎でもある地方都市)」や農村部への"コロナ移住"や、移住に至らなくても都市と農村の両方に生活拠点を持つ「2地域居住」の動きも広がっている。実は、この動きもコロナ以前から始まっており、すでに(株)リクルート住まいカンパニーは、2018年に「19年トレンド予測」として「デュアラー」(2地域拠点で生活するひと)を挙げていた。
その意味では、「副業・多業」にしろ「2地域居住」にしろ、すでに生まれつつあった潮流がコロナ禍で一気に加速した印象だ。これが一過性なのかどうかわからないが、関係人口を含め、新たな都市と農村のつながりの糸口になると期待している。
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