農政:農業復興元年 揺らぐ食料安保 激化する食料争奪戦
【揺らぐ世界の食料安保】高まる地政学リスク サプライチェーン構築重要に JA全農のキーマンに聞く(2)2023年3月7日
【出席者】
JA全農 由井琢也 参事
JA全農 日比健 耕種資材部長
JA沖縄中央会 普天間朝重代表理事会長
※(文中は敬称略)
高まる地政学リスク サプライチェーン構築重要に JA全農のキーマンに聞く(1)より続く
中国の需要も取り込み競争力維持を
普天間 穀物調達の多角化という点で全農はブラジルとの関係強化に取り組んでいるようですが、ブラジルには今、中国が深く入っていますね。全農として中国を脅威に感じていますか。
由井 そうですね。直近では世界最大、日本の5倍のボリュームを輸入する国ですし、例えば大豆では世界の貿易量の6割を中国一国で買っています。全農グレインにとって中国はお客さまでもありますが、やはり中国も含めた需要を取り込みながら、売り負けない競争力を持つことが必要だと考えています。
ただ、競争がどこから始まるかというと農家との関係から始まっていますので、農家から買えなくなったら輸出もできません。そういう意味で、日本だけでなく世界の需要にもしっかり応えることが、逆に産地で農家から買える購買力につながっています。売り負けないことが買い負けないことであり、中国も含めてしっかり取り込みながら、サプライチェーンで競争力を維持していくことが重要と思っています。
肥料輸入のカギは多元化と信頼関係
普天間 続いて肥料について伺います。食料の安定的な調達と同時に肥料の調達も課題になっています。この現状についてどう考え、改善に向けてどのような対策を講じているのでしょうか。
日比 肥料は鉱山資源が大元ですので生産国や資源国に偏りがあります。残念ながら日本には資源がありませんので輸入せざるを得ません。また、窒素、リン酸、カリの資源国はそれぞれ異なっていますので、総括を言えばやはり一つの国に頼らず多様化、多元化していくこと、あと頼るのであればG7など信頼関係の置けるパートナーと継続的に付き合っていく、この両面かと思います。それに加えて改善ということになると、国もかなり力を入れていますが国内資源の畜産の堆肥や汚泥などですね。肥料成分も含んでいる資源を肥料として活用していく。輸入における国際市況の影響を少しでも緩和できるようになりますのでこうした取り組みも必要と思っています。
普天間 肥料も輸入国が偏っていますね。リン安は中国がほとんどで、政府や全農もこれではいけないとモロッコから輸入を始めていますが、この偏りや今後の安定調達の見通しについてはいかがですか。
日比 リン安の輸入国は圧倒的に中国でしたが、2021年10月に中国が突然輸出の制限をして大混乱したことを受けて、歴史的に見ればリン鉱石の輸入で取引関係があったモロッコを新たなソースとして調達しています。ただ、中国は隣国で物流コストも安く済みますし、輸出を完全に停止したわけではありませんので、従来の6割ぐらいに抑えてモロッコ半分、中国半分といった形で付き合っていかざるを得ないと思っています(図2参照)。
リン安、塩化加里の輸入先割合と輸入数量(2022年12月現在)
塩化カリは、生産輸出国がカナダ4割、ベラルーシとロシアが2割ずつで、この3カ国で世界の輸出の8割ぐらいを占めています。全農もカナダ一辺倒ではまずいということで、ロシアも第2ソースということにしていましたが、そのロシアがこんな状況になってしまいましたので、カナダに全面的に頼ることになりました。カナダは相当信頼できる国ですし、昨年6月に中村裕之農水副大臣(当時)のカナダ訪問に同行した際、政府高官から信頼のおけるパートナーとして日本に最優先に供給したいと格段の発言がありました。
また、実は日本の肥料の需要は世界で見ると1%未満で、世界全体からみるとわずかです。リン安でみれば全農の輸入量は約25万トン、3万トンの船で10隻ぐらいの状況で、あまり細かく多様化すると、逆に価格面で有利な購買ができなくなりますので、中国一辺倒でないところが現時点での改善かなと思っています。
国の備蓄支援で「備え」多様化
普天間 少ないからこそ輸送するときに効率が悪いので打ち切られるというリスクもあると思いますが、こうしたリスクへの備えはありますか。
日比 一定の備蓄が必要ということで、来年度から特にリン安と塩化カリについて国が備蓄支援する新たな政策もできました。本当に不足したときは備蓄の放出もありますので、輸入先の多様化と信頼関係の深化、もう一つは備蓄と、いろんな備えが増えてきたことはいいことだと思っています。肥料についてはそもそも全農の在庫量は商社に比べて多いですし、経済安全保障推進法の中で国の対象品目に肥料も指定されました。全農としても備蓄には積極的に参加していきたいと思っています。
普天間 多少振り返りになりますが、実際に食料の調達を今後どうすべきなのか。今、ターニングポイントに来ているのではないかといわれていますが、どうお考えですか。
由井 日本では米の消費が減ってどんどん耕作放棄地が増えるという、ある意味世界の流れから少し逆行している農業の実態があります。価格転嫁が進まないという指摘もありますが、やはり消費者も含めてしっかりと食料問題に対する意識づけを高めて、日本の農業はどうあるべきか、自給率を少しでも高める取り組みを社会的な運動として意識づけていくことを進めなければいけない時期がきていると思います。
国民に食料危機の意識薄く
普天間 国民には食料危機という感覚はあると考えますか。
由井 残念ながらないと思います。どこでも何でも買えますから。コロナが少し緩和されてシンガポールや香港に行くと、圧倒的に日本の農畜産物の売り場が増えて、日本人以上に日本の食をありがたがって高い金で買う消費者がこれだけいることに気付かされます。そこから国内を振り返ると少し残念だと思います。JAグループや生産者をはじめ、いろいろな方が日本の食を守る取り組みを進めてきたからこそ今のマーケットがあると思いますが、そこがなかなか国内では理解されていないことが少し残念です。
普天間 昨年、国消国産月間で沖縄の中央会でもスーパーで訴えましたが、あまりお客さんが危機感を持っているようには見えませんでした。考えてみれば売り場には食料品がいっぱいですから難しいとも感じました。欧州の消費者は地元の農家が作ったものを多少高くても優先して買うのが当たり前と話しますが、日本を同じ状況にするにはどうしたらいいでしょうか。
由井 やはり理解醸成に向けて地道な取り組みを続けていかなければいけないと思います。世界に誇れる食文化がありますし、アジアの人たちが喜んで買ってくれる姿を見ても農産物の品質の高さは明らかですから。
国産が維持する豊かな食生活 JA挙げてアピールを
普天間 最後に今の食料安保の問題と全農の今後の対応について改めて伺います。われわれはJA側なので納得できるかもしれませんが、みんなに納得してもらうためには全農としてどう取り組むべきか、お考えをお話しください。
由井 奥が深い問題で、特効薬はなかなかないと思います。一つはやはり今まで広げてきたネットワークをさらに深化させて広げていく。安定供給体制については輸入の面でしっかり取り組むと同時に、飼料でいえば国内資源、飼料用米や国産の子実トウモロコシづくりも徐々に広がっていますので、こちらをしっかり支える取り組みも必要です。肥料でも、耕畜連携の堆肥活用や汚泥を含めた有効資源の活用に取り組まなければいけません。これで輸入をしなくて済むことには到底なりませんが、しっかり取り組む。そして経済を好循環にするためにやはり食と農業の重要性というもの、なおかつ国産があるからこそ、今のわれわれの豊かな食生活が維持できているということをJAグループを挙げてしっかりアピールしていかなければいけないと思います。
築き上げたネットワークで危機的状況打開を
普天間 肥料については2008年の高騰があり、今回も高騰しました。農家は不安を感じていますし、食料安保という面で国民も心配しています。全農としてこうした不安を払拭するためにどう取り組みますか。
日比 戦後、オイルショックをはじめいろんな危機がありましたが、まさに今は食と農業の危機だと思っています。肥料について言えば2008年は価格が上がっただけでお金を出せば買えましたけど、今回は買えなかった時期もありました。そういう面では本当に危機的な状況だと思っています。資源国の山元と築き上げてきた信頼関係を深めながらこれまで築き上げたネットワークを生かした輸入は輸入でしっかり取り組んでいくことがまずは大事です。山元も全農を単なる商社とは見ずに農家そのものとして接してくれています。こうした信頼関係は代えがたい財産でもあります。そのうえで備蓄も対症方法かもしれませんが、国内資源を有効活用する、備蓄をしていく、あとは輸入国を多様化していく、こうしたいろんな組み合わせで少しでも安定確保に努めていくことが必要だと思っています。何か一つ、これを打てば明確に解決するということではないですし、やはり食と農の問題、非常に奥が深く複雑な絡み合いもありますので、全農としてできることにしっかり取り組んでいきたいと思っています。
JA沖縄中央会 普天間朝重代表理事会長
普天間 食料安保の問題が出てから全農がクローズアップされる場面が増えて、今まで全農のことをよく知らなかった人からの全農への期待も高まっていると思います。ぜひみんなの期待に応えられるよう、全農の活躍を期待しています。
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