農政:食料・農業・農村基本法の改正論議
食料・農業・農村基本法の改正論議(最終回) 食料安保の覚悟ぼける 横浜国立大学名誉教授 田代洋一氏2023年6月9日
食料・農業・農村基本法見直しに向けた農政審基本法検証部会の「中間とりまとめ」は5月29日に農水大臣に提出、6月2日には政府文書化した。内容はよく言えば包括的、言い換えれば総花的で、論点を絞り込む必要がある。最終回としてこれまでを振り返る。
横浜国立大学名誉教授 田代洋一氏
諸要求はどこまで取り入れられたか
「とりまとめ」には様々な提案等が寄せられた。とくに自民党「提言」は、「価格転嫁が間に合わない高騰分の補填(ほてん)対策」を3回も繰り返し、これは農業の項に取り入れられたが、予備費・補正予算扱いを脱却できるか。
多数からの要求で、多様な担い手も農業に位置付けられることになったが、政策支援上の扱いを抜きにはリップサービスに終わる。
森山裕は自民党の食料安全保障に関する検討委員会の長として、水田重視、環境負荷軽減や農村振興に向けた直接支払い制度等を主張してきた。日生協も直接支払いの必要性を指摘し、全国農業会議所は「水田農業の再評価」を主張した。しかし「とりまとめ」は、直接支払いの要求は総じて無視し、また財務省寄りの畑地化を優先した。
NHKテレビの世論調査結果を見ていたら、防衛費・少子化対策等の財源確保は「他の予算を削って」がトップだった。農林予算に対する世論の目は厳しい。それを説得できる基本法改正でなければならない。
画竜点睛を欠いた見直しー自給率をめぐって
基本理念として「国民一人一人の食料安全保障の確立」がうたわれた。「全ての人に食料アクセスを保障する」というFAO(国連食糧農業機関)の定義に即したもので、それ自体は適切である。
しかしそれは確保された食料の分配に係る食料安全保障の十分条件に過ぎない。この定義だけでは、極論すれば全て輸入品に依存してもよいことになる。それに対し食料自給率の低下傾向に歯止めがかからないことが日本の食料安全保障の最弱点になってきた。それ故に、国内から安定供給すること、すなわち自給率を高めることを食料安全保障の必要条件を重視してきた。ウクライナを見よ。国として食料を確保できているから祖国防衛戦争を戦えるのだ。
しかるに検証部会は自給率問題を徹底してタブー視した。わずかに基本計画の項で、今日的課題は「必ずしも食料自給率だけでは直接にとらえきれない」と否定的に言及し、食料安全保障上の目標を多数立て、自給率をその「一つ」に格下げした。
そもそも自給率向上を一度も達成できず、その原因の検証もせず、「とらえきれない」として格下げすることは、行政責任の放棄である。食料安全保障を、その必要条件・十分条件に即して適切に再定義しつつ、その核に食料自給率を据え、基本計画に銘記すべきだ。
適正価格から直接支払いへ
当初は「フードチェーンの各段階でのコストを把握し、それを共有し、生産から消費に至る食料システム全体で適正取引が推進される仕組み」としたが、「とりまとめ」では大分ぼかしつつ、「仕組みの構築を検討」は変えなかった。しかし基本法たるものが、「検討します」ではすまない。実は、「仕組みの構築」には膨大な人員・予算・立法措置が必要だ。20年で統計職員を78%も減らした農政が、それにチャレンジするのか、しないのか、覚悟する時である。
価格転嫁が可能だったとしても、物財費の話に過ぎない。最後の会合で中嶋康博座長は「適正な価格とはどういう意味なのかという点をもう少し明確に」と発言している。「適正な価格」のもう一半は自家労賃評価に係るのだ。
2021年の毎勤調査の時間賃金は2347円。現状、水田作経営の平均時間当たり農業所得は676円に過ぎない。この平均賃金といわず最低賃金制賃金900円を自家労賃に反映させただけでも食料品価格は高騰することになり、消費者は耐えられず、輸入品には負ける。グローバル競争の今日、「適正な価格」自体に限界があり、直接支払いが不可欠になる。
多様な担い手の持続性確保政策へ
前述のように多様な担い手は農業生産にもやっと位置付けられたが。これは前進だ。しかし「とりまとめ」は「生産性の高い農業経営の育成・確保」、そこへの農地の集積集約を基本としている。これでは多様な担い手を位置付けると言っても、離農するまでの過渡的位置づけに過ぎない。
しかるに今や農地の減少率は最高になった。それは過剰集積の可能性を示唆する。水田作経営の農業所得、付加価値を見ても規模拡大効果は20haでほぼ頭打ち、青天井の集積にメリットはない。
農業基本法以来60年余に及ぶ構造政策の見直しが不可欠だ。新規就農、半農半X、集落営農の連携・広域化の支援など持続性確保政策への転換が求められる。
新たな地域活性化交付金の必要性
中山間地域直接支払いは新基本法唯一の新機軸だった。そのための集落協定とそこでの話し合いは、その後の地域農政展開の土台になっている。しかし「条件不利を補正する」政策は<マイナス(不利)をゼロにする政策>に過ぎず、それだけでは農村集落は高齢化に耐え得ない。「とりまとめ」は中山間地域等直接支払いについて「効率化等を図りつつ、引き続き推進」としているが、「引き続き促進」だけ、いわんや「効率化」ではだめなのだ。
今や<ゼロをプラスに>する政策が求められる。とくに集落協間の連携・広域化、それをとりもつ自治体出先職員の充実が不可欠だ。それに限らず、農村地域の持続性確保にはそれぞれの立地条件等に応じた独自政策が必要だが、中央集権農政はそれになじまない。全国町村会は「農村価値創生交付金」(仮称)を提唱しているが、何らかの新たな交付金措置が求められる。
目標達成の検証を国会報告し議論を
新基本法は、その理念を現実農政に貫徹していく規範性の確保を「基本計画」に求めた。しかし基本計画はたんなる行政計画に過ぎず、自給率目標の達成からは遠ざかるばかりで、その原因の検証もなく、責任も問われなかった。このような「作りっぱなし基本計画」から脱却し、「実効性ある基本計画」にすることが、法改正最大の課題の一つである。
問題は検証結果をどう扱うのかである。基本計画は国会報告することになっている。ならばせめて、基本計画の前半で、目標を達成でき、あるいはできなかった理由を検証し、それに基づいて後半で次なる基本計画を樹立し、両者を国会に報告し議論すべきである。
「とりまとめ」は白書(年次報告)の扱いには全く触れなかった。白書の他に、政策評価法に基づく評価(検証)も毎年なされ、加えて基本計画の期間5年も短縮されると、毎年のように多数指標(目標)の評価・検証が氾濫(はんらん)し、その中に自給率は埋没させられ、国民は焦点を見失う。基本計画、政策評価、農業白書のそれぞれの役割を整理する必要がある。
おわりにー理念の実効性に向けて
改正しても、基本法は理念法にとどまり、基本計画は行政計画にとどまる。理念の実現は専らそれを生かそうとする国民の意思に係る。不測時食料安保、価格転嫁、スマート農業化の法制化が伝えられるが、基本法改正が何を具体的な立法措置とするのかの詰めが、規範性確保の第一歩になる。
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