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コラム:正義派の農政論

【森島 賢】

2018.08.27 
【森島 賢・正義派の農政論】強者に媚を売る自民党議員一覧へ

 自民党の杉田水脈衆議院議員が、雑誌(「新潮45」2018.8月号)で、非人道的な主張をして顰蹙をかっている。
 同議員は、以前、安倍晋三首相から「素晴らしい」と絶賛された人物である。だから、中国比例区で第1位の候補者に抜擢され、当選して議員になった。
 主張の内容は、性的少数者であるLGBTのために税金を使うな、というものである。理由は、子供を作らない、つまり「生産性」がないからだ、という。
 さすがに、自民党は「今後、十分に注意するよう指導した」というが、しかし、支持する党幹部もいた。
 カッコつきで「生産性」といって、子供を産む、という意味のようにいうが、そこには、カッコなしの生産性の意味を込めている。そうなると、障碍者や高齢者も含むことになる。
 ここから見えることは、同議員の弱者に対する残酷な政治姿勢であり、人間に対する冷酷な政治姿勢である。そして、そうすることで強者に媚びを売る、下劣な政治姿勢である。

 この主張をくわしくみると、支離滅裂なところが随所にある。しかし、それらを補うと、以下のようになる。
 同議員は、LGBTにはビタ一文も税金を使うな、と言っているわけではない。「生産性」があるなら、つまり、少子化の対策になるなら、それに見合う税金は使ってもいい、と言っている。
 ここで問題になるのは、生産性という曲者である。

 

 

 生産性とは、あらためていえば、成果を得るために払う犠牲の大きさと、その結果として得られる成果の大きさ、との比率である。若者がいう「コスパ」、つまり、コストとパフォーマンスとの比率である。だから、ここでいう「生産性」は、税金を何円使えば、子供が何人ふえるか、という比率である。
 いかにも科学的のようにみえるが、そうではない。科学を装ってはいるが、科学とは縁もゆかりもない。形ばかりで一面的なコケオドカシである。
 問題は成果である。成果の範囲をどこまでにするかで、成果はどうにでも恣意的な大きさに評価できる。つまり、客観的なものでは全くなく、似非科学的なものである。
 ここでの問題点は、LGBTを支援した成果を、子供の数だけで計るという点にある。それだけでは計れないことを無視している、という没科学的で没論理的な点にある。

 

 

 以前、故人になった宇沢弘文先生が怒っていたが、それは、アメリカの経済学者で、人間の生命をカネで計った学者に対する怒りである。つまり、ある人の寿命を延ばして利益を得るために、どれほどの治療費をかけるのが合理的か、という理論に対する怒りである。
 先生の怒りは、人間を家畜のように考え、利益を得るための動物としか認めない、という理論の非人間性に向けられたものであり、そうした理論を作った学者の非人間性に向けられたものである。

 

 

 同議員の発想は、このアメリカの学者の発想に近い。だから、同議員が次に主張するのは、高齢者の医療費の問題だろう。
 高齢者は生産性が低いから、医療費はそれに見合うように削減せよ、と主張するだろう。
 それでは、アメリカの一部の学者と同罪である。

 

 

 同議員たちは、こんどは、「生活の質」を保持するなどといって、治療に伴う高齢者の身体への副作用を過大に評価して、「生活の質」が低下するといって脅すだろう。そうして、病んでいる高齢者に対する治療を放棄し、医療費を抑制するための非人間的な理屈を考え出すにちがいない。 
 また、「健康長寿」などといって、病みがちな高齢者たちに、肩身の狭い思いをさせるだろう。そうして、家族や世間のためという口実で、医療も食糧もない、現代版の「姥捨て山」へ行かせる悲劇を復活させたいのだろうか。
 そんなことをすれば、高齢者の間に医療不信だけでなく、政治不信を、ますます深めるだろう。

 

 

 農業にも同様な問題がある。農業は多額のカネを使っているが、それと比べて成果が少ない、という主張である。だから農業予算を削れ、と主張して農業者を苦しめている。
 このばあい、成果として計っているのは、市場価格で計った生産額の増加だけである。まさに市場原理主義に基づく主張である。
 ここには、農業が食糧の安全保障や、国土や環境の保全などに、大きな成果を得ていることの認識がない。
 ここに市場原理主義の限界を認識しない政治家は、農政を誤り、日本の将来を誤るだろう。

 

 

 同議員の結論的な主張の問題点は、性は男と女しか認めない、LGBTは認めない、という点にある。それを認めれば、秩序が乱れるからだ、と言っている。
 これは、秩序の維持のために、人権だけでなく、人間性も犠牲にせよ、という主張である。そして、これは、強者である支配者が弱者である被支配者に対する不当な要求である。
 支配者にとって、被支配者の反対は、秩序を乱すものとして断罪したいのだろう。
 だが、被支配者である弱者は、あくまで反対し続けるだろう。そうして、強者である支配者の側に立つ同議員などの、非人間性を糾弾し続けねばならない。
(2018.08.27)

(前回 日本のイスラエル化

(前々回 そして、鳥がいなくなった

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