【小松泰信・地方の眼力】"イシキ" の叫び2018年10月17日
「翌日は引っ越し予定の旧日高町江原地区で候補になっている物件を見て回った。息子が登園することになる保育園や幼稚園も見学させてもらった。どこも東京の十倍ほどの広さで、子どもたちはのびのびと走り回っている。妻は、ますます早く引っ越したいと思ったようだ」とは、平田オリザ氏(劇作家・演出家)の兵庫県豊岡市における家探しの一コマ(東京新聞、10月14日付)。
◆地域おこし協力隊への大いなる期待
最近とみに、農村部における人口減少問題や後継者問題への打開策について質問をされる。もちろん即効性のある打開策は提起できないが、2009年度にはじまった「地域おこし協力隊」制度には大いに期待しており、隊員の地域への定着や当該制度の継続かつ充実の必要性を強調している。
福島民報の論説(10月15日付)も、同協力隊を取り上げ、「県や市町村は定住者のさらなる増加を目指すべきだ」とする。今年8月1日現在、福島県と39市町村が、共同または単独で合計117人を受け入れており、人数、自治体数ともに過去最多とのこと。
移り住んだ元隊員3人の意見を、(1)隊員希望者には問題意識や退任後の生活設計を有すること、(2)応募者と行政側が互いの要望を一致させるマッチングの大切さ、(3)活動中の幅広い支援が鍵、などに要約している。町営の塾で高校生に数学や英語を教えている隊員や、有害鳥獣対策を担っている隊員についても紹介している。そして、定住した人が語る、「お世話になった分を恩返ししたい」「一住民として地域を盛り上げたい」「人情が厚い」との思いと熱意に応えよと、自治体と住民に呼びかけている。
◆東京都にヒト・モノ・カネが偏在する限り地方は創生できない
河北新報の社説(14日付)は、一極集中の危うさを直視せよと訴えている。
国土強靱化政策は2014年の基本計画策定時点で「東京一極集中からの脱却、自律・分散・協調型国土の形成」を基本方針の第1項目に掲げていたが、具体的なプランは示されていない。
地方創生戦略では、2020年までに首都圏の転入超過を解消させる目標を明記したが達成にはほど遠く、東京五輪の再開発などで膨張に拍車がかかることを懸念する。
さらに今年、地方就業者・起業家を30万人増やす方針が示されたが、成果は見通せない。
「一極集中の陰で疲弊を極める地方において災害の被害や犠牲がより深刻になる最近の傾向も併せて考えれば、『自律・分散・協調型国土の形成』は地方防災強化の視点からも要請すべきテーマになる」と指摘し、「短期的な取り組みで一挙解決とはいかない大きな課題だからこそ、先送りは許されない」と檄を飛ばす。
要するに、東京都に、我が国のヒト・モノ・カネという資源が偏在する限り、都と道府県の格差は拡大し、地方創生は掛け声のみで終わる。地方を創生させるためには、東京都の飽くなき成長・発展欲望にブレーキをかけること。できるかな?
◆資本主義原理の破壊活動を許すな
東京新聞(14日付)で内山節氏(哲学者)は、「今日の社会は......効率のよい経済を追求してきた。しかしそれは、企業活動にとっての効率性であって、昔から受け継がれてきた仕事や、暮らしにとっての効率性ではないことも、忘れてはいけないだろう」と警告する。群馬県上野村にも家を持つ氏は、都市生活にはない村生活の豊かさを披瀝し、「資本主義というシステムは、企業活動を効率よく展開させる仕組みでしかない」ことを強調する。そして「農業はお金の力だけで実現できるものではない。それは自然と人間の共同作業であり、農村社会や農の営みを直接、間接に支えてくれる多くの人々がいてこそ成り立つ。町の商店や職人の仕事も、お金の力だけではないものに支えられている。だから、資本主義的なシステムがすべてだというような社会をつくってしまうと、社会は多様性とともにある豊かさを失うのである。やせ細った社会がつくられ、資本主義の原理によって、大事なものが壊されてしまう」と、鋭く切り込む。
農村移住者などが増えてきたことから、「今日とは、人々がそのことに気づきはじめた時代」と位置づけ、「豊かな社会は資本主義的な経済だけではつくれない。資本主義は万能のシステムではないのだということを感じとれる感性を、いまの時代は必要としている」とする。
◆地霊、山霊、木霊の叫びは届いたか
ところが、「専門家からも利水、治水両面で不要」という見解が提示されているにもかかわらず、建設に突き進んでいるダムのことを同日付の東京新聞が取り上げている。長崎県と佐世保市が同県川棚町川原(こうばる)地区で建設を計画する石木ダムである。
1962年に長崎県が建設の目的で現地調査を開始し、2013年に国土交通省による事業認定の告示を受けダム建設が再開される。予定地で暮らす13世帯53人は座り込みを続けている。
長崎新聞(7月10日付)は、反対地権者らが国に事業認定取り消しを求めた訴訟の判決で、長崎地裁が9日、ダムの公益性を認め、原告側の請求を棄却したことを伝えた。解説記事では、「判決は住民の暮らしや営み、コミュニティーの喪失をほとんど考慮しなかった。13世帯は到底納得できまい。......このまま実力行使で住民を立ち退かせ、ダムを造るのか。判決はその免罪符にはならない」と、不服の意を表す。
10月14日付の同紙には、群馬県長野原町八ッ場ダム予定地の取材ルポが掲載された。代替地に住むSさんの発言からは、「失われる利益が、公益の利益に優越している」ことが伝わってくる。氏は、川原で戦う13世帯の情況を聞き、「13世帯の人たちは正しいと私は思う。あの家を諦めて、手放したことが今でも悔しい」と語る。国交省職員に「こんな田舎の土地でこれだけのお金は普通出ませんよ」と言われたが、「お金で買えないものをお金に換えさせられた。すきま風が吹き、ほこりだらけだったあの家を取り戻せるなら、喜んで全て返すのに」と声を絞り出し、「こんな気持ち、分からないでしょう」と記者に問う。
ダム建設は、その根拠とされる「佐世保市の水の確保」と「川棚町の洪水防止」が、客観的根拠に乏しくなっているにもかかわらず突き進められている。その一方で、家や土地を奪われふるさとを喪失する住民がおり、豊かな自然が破壊されている。
「ホタルが舞い、四季折々の花が咲き乱れ、夜は川のせせらぎと時計のぼんぼんという音だけ。ここは安住の地。土地や田んぼを収用し、家を壊されても、人間は収用できん。柱に身体をくくりつけても絶対どかんけん」と、東京新聞の最後に紹介されているのは、生まれも育ちも川原の岩本宏之さん(73)の言葉。
しかし当コラムには、やせ細っていくムラを嘆く地霊、山霊、木霊が氏の身体を借りて発する叫びとして届いた。
「地方の眼力」なめんなよ
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