【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】この期に及んで「市場原理主義」を反省しないのか2023年8月17日
最近の世界的な食料需給情勢の悪化で、規制撤廃や貿易自由化を徹底する市場原理主義では食料安全保障を確立することはできないことが露呈したにもかかわらず、最近の食料安全保障の議論は、それを反省するどころか、いまだに市場原理主義の徹底に走っている。
「市場原理主義」(すべてを市場に委ねるのがベスト)の誤謬は、「失われた30年」が如実に物語る。規制撤廃すれば、貿易自由化すれば、みんなが幸せになれる、と尻を叩かれて、頑張ってきたが、実質賃金、実質所得、食料自給率は下がり続けた。それでも、「原因は、規制撤廃、貿易自由化が足りないからだ、もっと徹底しろ」と言い続ける「ショック・ドクトリン」。
規制改革が「対等な競争条件」の創出で社会全体の経済的利益を改善できるのは、市場の参加者に価格支配力(価格を操作する力)が存在しないこと(完全競争)が必要条件である。グローバル企業のように市場支配力を持つ者がいるときに規制緩和すると、さらに儲けが一部企業に集中して多数の貧困が加速する。「独占・寡占の弊害」で社会全体の利益も減少するのは経済理論の教えるところである。
しかし、シカゴ学派と言われる市場原理主義経済学は、「独占・寡占は一時的なものであり、取るに足りない」「独占であっても競争にさらされているので弊害は生じない」といった「屁理屈」で、市場原理にゆだねることを正当化しようとした。しかし、現実の市場は、独占・寡占が常態化している。
つまり、シカゴ学派の経済学は、現実の不完全競争を無視する虚構により正当性が主張され、現実には、独占・寡占企業にさらに富を集中するのに貢献する経済学になっている。「失われた30年」が示すように市場原理主義がみんなを幸せにするというのは大嘘だったが、逆に言えば、富を集中したい人達には思い通りの大成功だったということである。
「独占・寡占の弊害」を知っていれば、無邪気に「信仰」することはないはずなのに、多くの日本人が、少なくとも表面的には無邪気に、「シカゴボーイズ」(シカゴ大学などで市場原理主義の薫陶を受け、規制撤廃、民営化、貿易自由化などを徹底させ、巨大企業に利益を集中させ、貧富の差を広げるのに貢献する人々)となって帰国し、格差拡大を進めた。
市場原理主義のもう一つの欠陥は、「今だけ、金だけ、自分だけ」で、長期的・総合的視点が欠如し、目先の自己利益の最大化という近視眼的効率性しか考慮していないことである。規制緩和と貿易自由化で農家が潰れ、一部企業が農業で儲けても食料自給率が低下したら、有事に貿易が止められたら、国民の命は守れない。不測の事態に国の命を守る安全保障のコストが考慮されていない理論は使い物にならない。それでも、反省どころか、食料安全保障に市場原理主義が唱えられている。
最近、「平時の食料安全保障」と「有事の食料安全保障」という分け方が強調されているが、「不測の事態でも国民の食料が確保できるように普段から食料自給率を維持することが食料安全保障」と考えると、分ける意味があるのだろうか。
一方で、生産資材の暴騰で倒産も相次ぐ日本の農業危機は深刻さを増しているのに、それを改善するための抜本的な対策が出されないまま、有事には、作目転換も含めて、農家に増産命令を発する法整備をする方向性が示された。現状の農業の苦境を放置したら、日本農業の存続さえ危ぶまれているのに、どうして有事の強制的増産の話だけが先行するのか。
以前から、「平時は輸入しておけばよい」という意味で「平時」を使う自由貿易論者もいたが、結局、今回の整理も、食料自給率は低くても、平時は輸入に頼り、有事は強制的な増産命令で凌げばいいということなのか。できるわけがない、お粗末な話である。
その背景には、「自給率向上を目標に掲げると非効率な経営まで残ってしまう」という視点もあると思われる。そのことは、2020年「基本計画」で示された、半農半Xを含む「多様な農業経営体」重視の視点が食料・農業・農村基本計画見直しの「中間とりまとめ」では消え、2015年「基本計画」に逆戻りし、再び「多様な農業経営体」を否定し、(近視眼的な意味での)「効率的経営」のみが施策の対象という記述となっていることからもわかる。
ドイツ在住の作家・川口マーン惠美氏の「日本は欧州で失敗したことをまだ後追いしている」との発言も重い。日本の水産でも、欧州が巨大企業への漁獲集中で、結局、地域社会の維持や資源管理に失敗し、日本の共同体的な水産資源管理こそが世界の最先端だと評価しているのに、日本は「成長産業化」の掛け声の下、既存漁家を非効率として巨大企業への独占化を進めようとして、欧州の失敗の後追いしている。もう、いい加減、「今だけ、金だけ、自分だけ」の一部への利益集中の画策はやめるべきだ。
これ以上、こんなことを続けたら、ビルゲイツ氏らが構想しているような無人の巨大なデジタル農業がポツリと残ったとしても、日本の多くの農漁村地域が原野に戻り、地域社会と文化も消え、食料自給率はさらに低下し、不測の事態には、超過密化した東京などの拠点都市で、餓死者が出て、疫病が蔓延するような歪(いびつ)な国になる。「地域のタネからつくる循環型食料自給圏」を全国各地に張り巡らしていくことが急がれる。
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