五穀、雑穀【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第350回2025年7月24日

豊年満作、その昔は村の人はもちろん町の人もそれを祈ったものだった。農産物は人間が生きていく上で必要不可欠なものだからである。
とりわけ穀物(注)は最低限必要なものであり、そうしたことからとくに「五穀豊穣」を神仏に祈ったものだった。
この場合の「五穀」は主要な穀物と言う意味であり、したがってとくに決まったものではなく、地域によりまた年代により違うとのことである。
一方私は、わが国では「米、麦、アワ、キビ、ヒエ」の五つのことを言う、とずっと思ってきた。五穀の穀は穀物のことであり、穀物は「イネ科植物の種子」のことだと考えていたからである。実際にそのように書かれている書物も多い。
ところが、日本では「米、麦、アワ、キビ、豆」が一般的てある、と東北大で作物学の教授をしていたHKさん(先日もハドイモのことで本稿に登場いただいた)は言う。
たしかに豆はきわめて重要である。しかし、豆はマメ科、たんぱく質を主体とする種子であり、でんぷん質を主体とするイネ科の種子とはその性質を異にする。それを五穀に入れるのはちょっと疑問になる。
もちろん、穀物には「人間がその種子などを常食とする農作物」という意味もあるそうだから、種子を食料とする豆科の植物が入ってもかまわないことにはなるのだが。
しかしそうなると、なぜ「キビ」が五穀のなかに入って「ヒエ」が入らないのかが疑問になる。東北の山村ではキビ以上にヒエを重要な食料として栽培してきたからだ。
さらにもう一つ、なぜソバが五穀のなかに入らないのかが疑問になる。ソバはタデ科の植物だが、種子を食べるということからすれば穀物であり、そば屋さんの多さから考えても現代でも重要な食べ物だと考えるからである。
こんな疑問をついつい持ってしまうのだが、さらに次のような疑問も浮かんでくる。
日本では、米麦以外の穀物は、そばも豆類も含めて、すべて「雑穀」と言うことだ。
いうまでもなく米麦は食料としての重要性は極めて高く、それに対応して生産量が多い穀物である。これに対して雑穀は人々の暮らしにとってそれほど重要ではなく、生産量もそれほど多くない。だから「雑」穀と呼ぶ、これもやむを得ないと思う。
しかし、地域によって、また時代によって、雑穀は主穀と言っていいほどの非常に重要な地位を占めていた。
戦前、つまり稲作技術が発達しておらず、交通条件も整備されていない時代には、土地条件や気象条件から米がとれない地域、たとえば山間高冷地域や水不足地域などでは、ヒエ、アワ、キビ、ソバが麦と並んで非常に重要な作物であった。東北の場合は緯度の高さから寒冷気象となるためになおのことだった。
東北地方の北上山地などはその典型であった。たとえばその中心部に位置する岩手県葛巻町には水田はほとんどなかった。「やませ=偏東風(山背)」による常習冷害地帯、米の低収量地帯だったからである。したがって畑作を中心とせざるを得ず、畑にヒエ、麦、大豆、ソバ、アワ、キビ、ジャガイモ、自家用野菜を栽培し、馬の子取り、炭焼き等で生活してきた。だから米など食べることはできなかった。
と言うと、畑作物や子馬、炭などを販売して米を買って食べればよかったではないかと言われるかもしれない。しかしそんなゆとりはなかった。畑作物の生産力は平坦部にくらべて低かったし、雑穀の価格は低いし、だからといって商品作物などは当時の交通条件と技術水準からしてつくれず、さらに山林大地主の収奪があったから、米は買えなかったのである。
それで、麦と雑穀、とくにヒエを主食としてきた。ヒエは比較的低温に強く、痩せ地でも育つなど環境への適応力が強いために、気候が冷涼で稲の栽培が難しかった岩手県の山間部や青森南部の畑作地帯で主食用として、本稿で前に紹介したことのあるヒエ―麦―大豆あるいはヒエ―麦―ソバの二年三作体系のなかに位置づけて、あるいは焼畑で、大々的に栽培されてきた。
明治期の岩手では畑の2割を占める2万ヘクタール、青森は同じく7千ヘクタール、東北全体では3万ヘクタール、全国の7~8万ヘクタールの4割近くをしめる大生産地帯だった。その後全国的にはヒエの栽培面積は減少して戦後は3万ヘクタールとなったのに対し、岩手・青森は2万2千ヘクタールとあまり減らず、かえって比率を高めている。
このように、ヒエは東北が主産地だった。もちろん、宮崎県椎葉村の民謡の『稗搗(ひえつき)節』に見られるように、ヒエは全国の山村で食べられていたのだが、東北以外ではキビがヒエよりも多く栽培されており、そのために一般に言われている五穀のなかにヒエが入らず、キビが入るということになったのだろう。
桃太郞が腰につけていたのは「黍団子」、とするとその昔の中国地方は黍が主食だったのだろうか。岡山に調査に行くと必ずお土産に黍団子を駅の売店から買ってきたものだったが、今も健在なのだろうか、本当にしばらく食べていない、なつかしい。
(注)辞書では、穀物とは「澱粉質を主体とする種子を食用とするもの。狭義にはイネ科作物の種子(米や麦やトウモロコシなど)のみを指し、広義にはこれにマメ科作物の種子(豆)や他科の作物の種子を含む」と定義している。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(166)食料・農業・農村基本計画(8)農業の技術進歩が鈍化2025年11月1日 -
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(83)テトラゾリルオキシム【防除学習帖】第322回2025年11月1日 -
農薬の正しい使い方(56)細菌病の防除タイミング【今さら聞けない営農情報】第322回2025年11月1日 -
酪農危機の打破に挑む 酪農家存続なくして酪農協なし 【広島県酪農協レポート・1】2025年10月31日 -
国産飼料でコスト削減 TMRと耕畜連携で 【広島県酪農協レポート・2】2025年10月31日 -
【北海道酪肉近大詰め】440万トンも基盤維持に課題、道東で相次ぐ工場増設2025年10月31日 -
米の1等比率は77.0% 9月30日現在2025年10月31日 -
2025肥料年度春肥 高度化成は4.3%値上げ2025年10月31日 -
クマ対策で機動隊派遣 自治体への財政支援など政府に申し入れ 自民PT2025年10月31日 -
(459)断食:修行から管理とビジネスへ【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年10月31日 -
石川佳純が国産食材使用の手作り弁当を披露 ランチ会で全農職員と交流2025年10月31日 -
秋の果実王 旬の柿を堪能 福岡県産「太秋・富有柿フェア」開催 JA全農2025年10月31日 -
「和歌山県産みかんフェア」全農直営飲食店舗で開催 JA全農2025年10月31日 -
カゴメ、旭化成とコラボ「秋はスープで野菜をとろう!Xキャンペーン」実施 JA全農2025年10月31日 -
食べて知って東北応援「東北六県絆米セット」プレゼント JAタウン2025年10月31日 -
11月28、29日に農機フェアを開催 実演・特価品販売コーナーを新設 JAグループ岡山2025年10月31日 -
組合員・利用者に安心と満足の提供を 共済事務インストラクター全国交流集会を開催 JA共済連2025年10月31日 -
JA全農と共同開発 オリジナル製菓・製パン用米粉「笑みたわわ」新発売 富澤商店2025年10月31日 -
【スマート農業の風】(20)GAP管理や農家の出荷管理も絡めて活用2025年10月31日 -
農業経営効率化へ 青果市況情報アプリ「YAOYASAN」に分析機能追加 住友化学2025年10月31日


































