【浅野純次・読書の楽しみ】第116回2025年12月16日
◎エマニュエル・トッド『西洋の敗北と日本の選択』(文春新書、990円)
2年前に出た『西洋の敗北』は世界的ベストセラーになりましたが、なぜか英訳だけされていないのだとか。著者は、英米にとって不都合な真実が書かれているから禁書扱いになったと考えれば喜ばしいと言っています。
それはともかく今度の本は日本の読者を意識した対談、論文も含め、著者かねての持論がコンパクトに展開されているので、『西洋の敗北』を既読、未読いずれの方にも一読をお勧めします。
著者のいう「西洋」は端的にいって米国と英国とフランスです。米国は「優秀で能力があり勤勉な労働人口」を失ったことが決定的で、トランプの直観は正しいが結局「敗北の大統領になるだろう」と予言しています。
ウクライナ戦争については、ロシアが最も嫌ったNATO拡大を図った欧米に責任があり、プーチンがウクライナに侵攻したのは当然である、そしてロシアの勝利は確定的だと自信たっぷりです。
日本については欧米と違った道を進むことが生き残りのカギだとし、核武装(!)することで対米自立を図れば最終的には対中関係もうまくいく、と主張しています。すべて正論かどうかはともかくとして、こうした視点がありうると知ることは世界と日本を考える上で益するでしょう。
◎西本千尋『まちは言葉でできている』(柏書房、1980円)
まちには必ず言葉がある――。街づくりに20年ほど携わってきた著者は、まちで聞こえてくる言葉や文章をすくい上げ、記録していきます。まちの景観、歴史、暮らし。すべては言葉でできているというのです。それらは心温まる対話だったり、興味深い話だったり、人々をつなぐ言葉だったりします。
でも再開発という名のまちづくりが行政やディベロッパーの手によって進められようとするときも言葉が聞こえてきます。そこでは「みんなのため」といった言葉が躍ります。
舞台は再開発進む神宮外苑、マンション建設と川越の町並み、大改造計画と東京・中野、消えゆく銭湯、能登の復興など多彩な19話からなり、どれも緊張感をもって随筆風に語られます。
そして織り込まれる警句が胸に刺さります。「『過去』や『他者』に居場所を与えるようなまちづくりにこそ未来がある」「都市の暴力は『みんなのため』に始まる」「沈黙も重要な言葉である」。まちづくりを考える、心強い問題提起の一冊です。
◎大場一央 『未完の名宰相 松平定信』(東洋経済新報社、1980円)
ドラマ『べらぼう』で蔦谷重三郎を罰したりして悪役として知られるようになった松平定信。実は寛政の改革を行った江戸後期の名君だということはご存じでしょうか。
享楽的で賄賂が横行した田沼意次の時代とは真逆の「倹約令」「出版統制令」「風俗統制令」などを打ち出して厳しく取り締まり、行政、経済、文化など広く江戸の世の立て直しに成功したその生涯が描かれます。
改革には抵抗勢力がつきものですが、徳川家斉など守旧派と、専横を制限されて恨み骨髄の大奥の女たちが最終的には定信を退任に追い込みます。でもそれで終わりではなく、退任後の定信の行動がまた立派でした。
本書の優れた点は、定信の業績を述べるだけでなく彼の視野の広さを取り上げて現代的意味を追究している点にあります。面白いだけでなく、今に生かせる視点が多々読み取れると言いましょうか。政治家たちに読ませたい本でもあります。
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