笹の実、次年子・笹子【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第369回2025年12月18日

「笹に実が生(な)った」、1945(昭20)年、敗戦の年の大混乱の秋、こんな噂が私の生家の山形でひろまった。しかもそれは食べられると言う。私は子ども(小学4年)ではあったが、まったく初めて聞く話、信じられなかった。
数十年ぶりのことであり、「笹に実が生(な)るのは凶作の年」、今年は大変な年になると言う。実際にその年の米は大凶作だったのだが、いずれにせよ食糧難の時代、笹の実を山に採りに行った人がかなりいた。近所にも採ってきた人がおり、その人から見せてもらったら、麦の実とそっくりで驚いた。ほぼ同じ形、大きさ、しかも茶色、たしかに食べられそうだった。
見せてもらったのは私の生家の小屋のわき、見せてくれた人の掌のなかで日光に光っていた茶色の笹の実、その情景は今でもなぜか鮮明に覚えている。だけど、見せてくれた人が誰だったのかまったく思い出せない。近所に縁故疎開してきた男の人だったような気がするが。
私は実を見ただけ、笹に実っている姿は見ていない。また、食べてもいないのでどんな味なのかもちろんわからない。どうやって食べるのかは聞いたのかもしれないが覚えていない。
ちょっとここで1971(昭46)年に話は飛ぶが、山形県の中央部に位置する舟形町に山村振興の調査で行ったときのことである。
地域振興のために何をなすべきかを話し合う集落座談会を全集落で開くので出席してくれとの町からの話でいくつかの集落をまわった。奥羽山脈の麓から最上川を挟んで出羽山地の麓までかなり広い範囲を回ったが、もっとも印象に残ったのが松橋という集落だった。出羽三山の東側のふもとにある本当に山奥の集落で車で来ればここが行き止まり、隣の大石田町次年子(じねんご)集落までは山の中を歩いて行かなければならないというまさに行き止まりの山奥の集落だった。
なぜこの松橋が強く印象に残ったことはさまざまあったが、ここで話題にしたいのは「次年子」という隣の集落の名前である。「じねんご」、初めて聞く珍しい名前だった。何でこういう名前がついたのか、一体どういう意味があるのか、いつか調べてみたい、同時にいつかこの松橋から次年子まで歩いて峠越えをしてみたいなどと思ったものだった。
それから5年後、1976(昭51)年のことである。農地流動化に関する農水省からの委託調査で秋田県鳥海町(現・由利本荘市)に行った時のことである。役場で町の概況を聞いているとき、町の最南端で鳥海山の東麓に「じねご」という山村集落があるという話が出た。いただいた地図で探してみたが、それらしい集落がない。聞いて見たら笑いながら教えてくれた、「笹子」という地名の書いてあるところがそれだ、こう書いて「じねご」と呼ぶのだと。
何で笹子=ささこがじねごなのか、「じねご」とはどういう意味なのか、不思議に思ったのだが、そのとき私の頭に浮かんだのは山形の大石田の「次年子」だった。「笹子」、「次年子」と漢字は違うが、読み方は「ん」がつくつかないが違うだけで基本的に同じ、ともに山村集落で直線距離だけで言うとわずか数十キロ、きっと同じ言葉のはず、何か共通する意味があるのだろう、いつか調べてみよう、それでそのときは終わったのだが、「じねご」「じねんご」という地名はその後も頭の片隅にひっかかって残った。
それからまた十数年過ぎてから、1990年代に入ったころ、私が山形の生家に帰ったとき、雑談で弟がこんなことを教えてくれた、次年子は今「そば街道」として有名になっていると。
山間豪雪地帯のために過疎化が進んでいたのだが、数軒の農家が自分の家屋を利用して昔からつくって食べてきたそばを食べさせる店を開いて売り出し、それがそば街道と称されて大人気、土日などは県外ナンバーの車で道路が渋滞するほどになっていると言うのである。
これには驚いた、同時にうれしかった。
それからさらに何年か過ぎ、定年で少し暇になったころ、ふと「次年子」、「笹子」を思い出し、何となく気になって考えてみた。そしたらこんなことが頭に浮かんできた。
「じねご」あるいは「じねんご」という言葉は、鳥海町の「笹子」ということからすると笹と関係があるのではなかろうか。もしかすると「笹子」は「笹の子ども」つまり「笹の実」を意味するのではないか。
鳥海町、大石田の両集落ともに山間部にあり、笹がたくさん生え、何年かに一度は笹の実が生る地域である。それで「笹の実」を意味する「じねご」あるいは「じねんご」という言葉を集落の名前としてつけたあるいはつけられたのではなかろうか。
そのさい、鳥海町の集落では「じねご」を漢字で書くときにその意味に即して「笹子」にしたのではないか。一方大石田の集落では同じく笹の実の生る集落ということで「じねんご」と名前をつけたが、漢字にするときは漢字の読みに合わせて「次年子」としたのだろう(注)。
とは考えたものの、「じねんご」は本当に笹の実のことを言うのだろうか。半信半疑で 『広辞苑』で調べてみた。「じねんご」でひいてもわからないだろうと思い、「笹の実」をひいてみた。そしたら何とあった、「笹の果実。ささみどり。自然粇(じねんご)」とある。これで笹の実と「じねんご」は結びついた。
それでまた「自然粇」をひいてみたら「竹の実」とあった。そうなるとまたちょっと意味が違ってくる。でも、笹子も次年子も寒冷地で竹はあまり育たず笹の生えるところ、また笹は竹と同じ仲間、そういうことからするとここでの「自然粇」はやはり笹の実と理解していいのではなかろうか。
そうだったのである、笹子集落も次年子集落も自然粇(じねんご)集落=笹の実集落だったのだ。あるいはこんなことはもうとっくにわかっていることかもしれない。でも私にとっては自分で考えまた調べた結果としての新しい発見、うれしかった。
ところで、今書いた各地のジネンゴ集落、今どうなっているだろうか、私が行ったのはもう30~40年以上も前、ともに山間部、過疎化が進んで今は消滅しているなどということになっていないだろうか。
ジネンゴという漢字はもう使われなくなったものとしてやがて辞書から消えていく、古語辞典、地名辞典に辛うじて残るなどということになるのだろうか。
淋しい、悲しい。
(注)「次年子」という名前がついたのは、雪深い山の中なので真冬に子どもが生まれても村役場に届けることができず、翌年(次年)届ける、つまり次年に子どもが認められる、そこでその子は次年子と呼ばれ、そうした子どものいる集落ということから次年子という集落名がつけられたのだという説もあるが、面白いとは思うけれども、私はその説はとらない。
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