【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】なぜ日本は食料難の経験を教科書から消したのか?2025年12月25日
なぜ日本人は農業・農村への共感が低いのか
国民の命を守り、どんなときにも安全・安心な食料を安定的に国民に供給できること、それを支える自国の農林水産業が持続できることが不可欠であり、まさに、「農は国の本なり」、国家安全保障の要(かなめ)である。
そのために、国民全体で農林水産業を支え、食料自給率を高く維持するのは、世界の常識である。食料自給は独立国家の最低条件である。
しかし、日本の食料自給率は先進国最低水準になっている。その大きな理由のひとつには米国による「胃袋からの属国化」政策がある。もうひとつの背景として、日本人の自国の食料・農業を大切にする意識、シンパシー(共感)の低さが指摘されることがある。特に、欧州のほうが幾度もの戦争と食料難を経験したから、日本よりも農業・農村を理解し、共感をいだく度合いが強いとの指摘がある。本当だろうか。
日本も戦争などによる厳しい食料難を経験しているのに、日本人はそれを忘れ、欧州はなぜ忘れないか。それはもう一度大きな食料危機が来ないとわからないのではなく、教育の差が大きいのではないか。欧州では、食料難の経験をしっかりと教えているから認識が風化せずに人々の脳裏に連綿と刻み続けられているのではないか。教科書で食料・農業・農村の重要性を説明する記述の分量が大幅に違うのではないかとの指摘もあるが、具体的には十分に検証されてこなかった。
決定的な違いは「食料難の経験」の記述と教育
それを検証したのが、薄井寛『歴史教科書の日米欧比較』(筑波書房、2017年)である。本書からドイツの歴史教科書における食料難の記述をいくつか紹介する。
(ドイツ)『発見と理解』
「イギリスの海上封鎖によって、ドイツでは重要資源の海洋からの輸入が止まり、食料も例外ではなくなった。......キップ制度による配給が1915年1月から始まったが、キップはあっても買えないことがしばしば起こる。こうしたなか、それまでは家畜の餌であったカブラが、パン用粉の増量材やジャガイモのかわりとして、貴重な食料となった。多くの人びとが深刻な飢えに苦しんだ。特に、貧しい人びとや病人、高齢者などは、乏しい配給の他に食料をえることができない。このため、1914~18年、栄養失調による死亡者は70万人を超えた」
(ドイツ)『歴史の時刻表』
「1945年まで動いていた鉄道や輸送施設の40%が機能不全に陥り、食料や生活必需品の配給はさらに困難となった。......特に1946年から47年にかけた極寒の冬は"飢餓の冬"として今も人びとの記憶にとどまる。多くの人びとが最低限の生活、あるいはそれ以下で暮らしていた。1日1人当たり少なくても2000キロカロリーの食物が必要だったが、46年の米国軍占領地域では、配給が1330キロカロリーしかなかった。ソ連の地域では1083、イギリスの地域では1056、フランスの地域ではわずか900キロカロリーにすぎない。栄養不足が欠乏症と高い死亡率をもたらした」
戦時中の食料難を、生徒たちの討論や研究課題にとりあげる教科書も少なくない。
例えば、朝食は「トーストにオートミールあるいはシリアル、牛乳またはミルクティ、それにときどき卵」、夕食は「野菜スープにジャガイモ、牛肉やマトンなど各種の肉料理、それに乾燥果物やケーキ」といった、政府推奨の週間献立表をのせる中学の教科書は、「戦争中の1週間の配給量を頭におきながら、当時の朝食と現在の朝食を比較してその違いをあげ、どちらが良いと思うか、理由をつけて説明せよ」との課題を提起する。
また、「なぜ多くの国民が配給を公正なシステムだと評価したのか、その理由を述べよ」、「"勝利のために耕せ"の運動は勝利をもたらすのに役立ったのか、級友と意見を交換せよ」などと、戦時中の食料事情について、生徒たちにさまざまな方向から考えさせようとする。
食料難の記述が消えた日本の教育を取り戻そう
一方、戦中・戦後の食料難が日本の高校歴史教科書に登場するのは、1950年代初めからである。その後、90年代なかばまでの歴史教科書は、食料難に関する記述をほぼ改訂ごとに増やしていた。
ところが、2014年度使用の高校歴史教科書『日本史B』19点を見ると、「食料生産は労働力不足のためいよいよ減少し、生きるための最低の栄養も下まわるようになった」といった形で、多くの教科書がこうした簡潔な記述で済まし、戦後の食料難を4~5行の文章に記述する教科書は7点あるが、他の12点は1~3行、あるいは脚注で触れているのみである。人々の窮乏を思い起こさせる写真も減少している、と薄井氏が指摘する。
戦後の日本は、ある時点から「権力者に不都合な」過去を消し始めた。過去を直視しなくてはならない。歴史をもみ消しては未来はない。筆者の指摘にfacebookを通じて下記のコメントが寄せられた。
「農村では権力的にコメが収奪され、農家である我が家でも私の一番上の姉は、5歳で栄養失調で亡くなりました。・・・4歳?の私も弟も栄養失調でした。母が「カタツムリを採っておいで。」とザルを渡してくれました。カタツムリを食べる習慣のない当時、グルメやゲテモノ食いとしてではなく、生き残るためとして母はそう言ったのです。・・・弟と河原で数十個採ってきました。母はそれを煮つけてくれました。全身に染み渡ってくれたあの味は、今でも忘れません。1950年ころのことです。」
私たちは、こうした重い過去を若い世代に引き継ぐための情報収集と普及活動を国民的に展開すべきであろう。その第一歩は、教育現場での歴史教育の取り組みの強化にあるのではないだろうか。子どもたちが変われば、日本の食と農が変わる。
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