(467)戦略:テロワール化が全てではない...【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年12月26日
前回は、日本の農産物や食品の中で、テロワールのレベルに到達した例とそこに共通する要素として、生産段階からの厳密な管理、研究機関との連携、長期データの蓄積、そして厳格な規格と類似品を排除する仕組み、の4点を指摘しました。「それはそのとおりだが、そんなもの全てできるわけではない」という声が聞こえてきそうですね。そこで今週は、ローカルとローカリティをもう少し深堀りしてみました。
ローカルまたはローカリティとは、本来、各地に根付いた日々の生活や習慣の蓄積がそのまま反映された状態である。少数あるいは限定された地域であるがゆえに、テロワールが求める科学的検証が可能とは限らない。ただし、歴史という「時間の試練」を通じてしっかり生き残ってきた文化の「厚さ」を反映している。
興味深いことに、ローカリティ中心の食文化は、標準化・大量生産・工業化・効率化、そしてグローバル化の進展により、逆に稀少性という価値を帯びることがある。世界的に有名なチョコレート製品が、今や日本各地のさまざまな地域名称を付け、若干の地域産品の装いとともに販売されている。訪日外国人の間では、手軽に購入可能な各地土産として人気が急上昇しているようだ。
さて、以前にテクノワール、つまり技術を用いた大量生産による均質化という概念を紹介した。この進展により失われるものがある。一方、不均質で標準化されず、因果関係は科学的に検証できないが、長期にわたり伝えられてきたというだけで文化的価値を持つものがある。見方を変えれば、ローカリティからテロワールへ行くのではなく、ローカリティだからこそ守られているもの、それが各地の「〇〇らしさ」である。この要素は科学的根拠よりもむしろ文化的文脈の上で強く生き残る。
戦略的に考えれば、ローカルからローカリティ、そしてテロワールへという流れは非常に論理的かつスマートに見える。そして、グローバル市場で競争優位を確立するためのいわば定石である。その戦略を選択する人や産地はそれで良い。必要な行動を取るに尽きる。
しかし、全国の全ての農産物や食品をテロワール化することは余りにも非現実的であるし、戦略的にも有効であるとは考えられない。なぜならば、雑味やばらつき、「○○らしさ」こそがローカリティを支えているからだ。
そうであれば、ローカリティをテロワールにするための制度や仕組みと同時に、ローカリティをローカリティのままで維持・存続させる制度や仕組みも必要になる。この場合は、ローカリティを単なる文化的価値とするのではなく、日本の食の「戦略的資産」と考える方が適切であろう。
今年の最後にあたり、ひとつ興味深い例を提示しておきたい。大量生産・グローバル化の代表の様に見えるカップ麺は、純粋技術面から見れば、ローカルやローカリティとは対極に位置する食品工場で作られる製品である。ところが、今や、カップ麺は日本の食文化の一側面を代表し、世界中で愛されていることを忘れてはならない。
一般的に思いつくローカル・フードやローカリティ・フードは、「地域性」を重視している。これに対し、地域性に縛られない工業製品のようなカップ麺が本来対極にあるはずの食文化を示しているとしたら、その違いは何なのだろうか。このあたりをしっかりひも解くと、将来の日本食が文化としての厚みを備えつつ生き残るためのさまざまな条件が導き出せそうである。そこは新年のコラムで取り組んでみたい。
少し早いご挨拶になりますが、皆さま、良いお年をお迎えください。
来年もよろしくお願い致します。
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