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(476)「限定」の常態化【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2026年3月6日

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 街を歩けば、至る所で「季節限定」「地域限定」「数量限定」、最後は「本日限定」など、「限定」を売りにした商品・サービスを目にします。特別なはずの「限定」は、なぜここまで常態化したのでしょうか。

 中学生の頃に学んだ数学の命題の中に「逆・裏・対偶」がある。「AならばBである」という命題の中で、常に正しいのは対偶(「BでなければAでない」)である。

 この知識を埋もれさせているのはもったいない。この基本が身についていると、「限定」商品・サービスの仕組みがよくわかる。

 一般に、20世紀は「大量生産・大量消費の時代」と言われている。歴史的に見れば1910年代の自動車産業において、後にフォード・システムと呼ばれるベルトコンベアによる自動車組立ての流れ作業が確立したことが始まりと考えられている。流れ作業自体はフォード以前より存在したのであろうが、それを自動車ビジネスに応用した点が先駆者としては凄い。

 本格的な普及は1950年代以降である。第二次世界大戦後の米国が圧倒的な経済力を背景に、あらゆる分野で「大量生産・大量消費」システムを推し進めてきた。実は現代日本もその延長線上にある。

 是非は別として、このシステムの核は標準化と低価格化、そしてその結果としての使い捨て文化の普及であろう。現代社会における多くの便益はこのシステムから生じている。

 さて、先の命題「AならばB」をやや強引にこれに当てはめてみると、「大量生産を成立させるには大量消費が必要」となる。現代社会はまさにその典型である。一方、対偶を考えると、「大量消費をしないなら大量生産でなくてもよい」と考えられる。これらはあくまで数学の命題を当てはめてみただけのいわば頭の体操である。

 実際、日常生活に用いられる製品の圧倒的多数は大量生産品である。ここでは先の対偶の前提自体が機能しない。少ししか必要でないのに、少量生産品が入手できないという壁に突き当たる。仮に見つけても少量生産品は高額の場合も多い。

 そこで現実には、大量生産した製品やサービスを、最低限の修正コストで、少量生産の製品・サービスとして提供するための工夫が必要になる。ここで必要な点は、商品・サービス自体の本質的な違いよりも、消費者が「選択の自由」を確認できるような「演出」と考えて良いかもしれない。それこそが「限定」である。

 身も蓋も無い言い方だが、「限定」商品の氾濫は、それ自体が既に大量生産・大量消費システムが普及したという事実を表している。それを裏返せば、圧倒的多数の大量生産品・サービスに囲まれた消費者が、時間や選択の感覚を取り戻すための最低コストでの方法と考えることもできる。

 つまり、本当に数が少ないものは別として、現代社会における「限定」商品・サービスの本質とは、実際は大量生産された製品・サービスを、消費者自らが選択権を行使する形で満足感を得る形に転換させたものと捉えても良いかもしれない。

 逆説的になるが、大量生産・大量消費社会では、どうしても個々人の選択は似通う。その中で、個人が選択可能な小さな違いこそ、自らが選択したという満足感を得られる方法である。そのため、企業側もSNS時代の広報戦略などとともに顧客満足向上を意図し、消費者に選択権がある形での「限定」商品・サービスを常態化させているのではないだろうか。

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