【稲作農家の声】農地と景観は"二人三脚" 先人の努力未来につなぐ農政を 土井富夫さん・政江さん(岩手)2025年6月18日
岩手県の豪雪地・旧沢内村(現西和賀町)で13ヘクタールの水田を守る土井富夫(69)さん・政江さん夫妻。人口減と離農が進む中、地域の景観と農地を守るため米づくりを続けている。「景観を荒らしたくない」と語る土井さん夫妻に稲作と地域維持について話を聞いた。(客員編集委員 先﨑千尋)
自分たちで生命を守った村
沢内村(現西和賀町)は岩手県西部に位置し、西は秋田県。東西を1000m級の山地に囲まれている。日本屈指の豪雪地帯で、冬は3mもの積雪量があり、今年は特に多く、家の1階部分がすっぽり埋まってしまうくらいだった。かつては、冬季には雪で車馬の交通は途絶え、病人や乳児を病院に連れていくこともままならなかった。死亡診断書を書いてもらうのに隣町まで遺体を馬そりで運んだという。
豪雪、貧困、多病多死の三重苦の村を救ったのは、1957年に村長に就任した深澤晟雄(まさお)氏だ。村でブルドーザーを購入し、冬季もバスが動くようになった。61年には、国に先駆けて高齢者と乳児の医療費無料化を実施し、翌年に、日本の自治体として初めて「乳児死亡率0%」を達成した。「日本一の保健医療の村、自分たちで生命を守った村」として知られる。
民謡「沢内甚句」に「沢内三千石お米の出どこ」とあるように、江戸時代から盛岡藩の隠し田だったが、寒冷多雪の山間にあっての米づくりは困難を極めた。この沢内には、戦後、寒冷地稲作に適した藤原式栽培法を開発し、米づくり日本一になった藤原長作氏がいた。氏は、さらに中国黒龍江省方正県で寒地稲作技術を指導して、現地方式の3倍もの増産を成し遂げ、「水稲王」と呼ばれた。
その沢内村で、13haの稲作と50aのリンドウを栽培する土井富夫さん・政江さんに話を聞いた。政江さんは西和賀町の農業委員も務めており、現在3期目。
──まず、お二人の経営内容をお聞かせください。
土井 宅急便のドライバーを辞めて、10年前に農業専業になったときは6haだったが、周りの農家8軒が次々に米づくりを止め、現在は13haになっています。この地の景観を荒らしたくないという気持ちで引き受けている。
リンドウの栽培は親父のときからやっています。転作田で作っています。出荷は7月中旬から10月初めまでです。
機械類は、トラクターが2台、8条植えの田植え機が1台、コンバイン1台です。新しく入れたトラクターは800万円しました。ここでは除雪機が不可欠で、1台500~600万円します。乾燥は農協のライスセンターに委託しています。
労働力は夫婦と子ども2人、種まきなど忙しいときには人を頼み、年間では50人くらいになります。
──昨年の米の買い入れ価格はいくらくらいでしたか。前よりも高くなって、経営はよくなりましたか。
土井 買い入れ価格は60kg玄米で1万8000円(概算金)かな。経営は、少しはよくなった。このままの水準でいけばいいなと思っています。
──スーパーや米の小売店では銘柄米が5kgで4500~5000円で売られていますが、どう思いますか。
土井 高すぎる。なぜそんなに高くなるのか不思議だ。中間業者が不当に儲けていると思います。
──どのくらいが適正価格だと思いますか。
土井 5kgで3000円から3500円が妥当なところかな。肥料農薬などの資材代は上がるし、機械類も更新しなくちゃならないので、農家は結構大変です。
元通りに米は作れない
──米の生産調整をやめるという話がありますが。
土井 生産調整をやめろと言われても、元に戻すのは大変だな。水路の整備などは急にはできない。水が来なければ、田植えはできない。米は作れない。このあたりは以前から熊がおり、最近は、前にはいなかったイノシシや鹿も出没しています。現状を維持するだけでも大変なところです。
──輸入米の話が出ていますが。
土井 輸入米は危ない。5kgで2000円台になれば国内の生産者は太刀打ちできないので、米を作らなくなる。そうすると消費者は国内生産の米を食べられなくなって、農薬まみれの輸入米を食べることになる。生産者、消費者のどっちにもよくない話です。
──農政への希望、要望はありますか。
土井 農家への所得補償、直接支払いは、農家が安心して農業ができるように、ぜひやってほしい。また、機械などの設備投資をするとき、法人や認定農業者だけでなく、一般の農家にも補助を出してほしい。
──農協への要望は?
土井 ライスセンターの稼働率が低くなるとやめてしまうという話があるようですが、なんとかやめないでほしい。やめられたら、乾燥機を持たないので、我が家の米作りができなくなってしまう。
前に沢内支所管内に3カ所あったATMが1カ所に集約されてしまった。人口が減るからだと言うが、遠いところに住んでいる人は不便になってしまった。つぶしてほしくない。
この地域は限界集落と言われてきました。しかし、田んぼにはきれいに稲が植えられていて、今のところ見た目はすごくきれいです。その景観を維持していくためにやってきた。やめたら本当の限界集落になってしまいます。
──今回の米価高騰の原因に農協があると、農協悪者論が言われています。
土井 そのように騒がれていますが、農協が悪いとは思いません。農協は農家が作った組織で、会社のようにもうけることが目的ではない。農協がなくなったら、かえって消費者が困るんじゃないですか。
──貴重なお話をありがとうございました。
重要な記事
最新の記事
-
【特殊報】ミニトマトに「トマト立枯病」県内で初めて確認 長崎県2025年6月18日
-
米の相対取引価格 過去最高を更新 60kg2万7649円2025年6月18日
-
農協運動の仲間達が贈る 第46回農協人文化賞 表彰式と懇親会を7月4日に開催2025年6月18日
-
【農協人文化賞特別講演】作家 梯久美子氏 7月4日に講演『アンパンマンはなぜ生まれたか~「食」と「いのち」の哲学~』2025年6月18日
-
小泉農相と経団連懇談 農機もレンタルやリースが当たり前に 農地所有の要件緩和も検討2025年6月18日
-
【'25新組合長に聞く】JA中春別(北海道) 西川寛稔氏(6/3就任) 土を作ってきた営みひきついで2025年6月18日
-
【'25新組合長に聞く】JA鹿児島みらい(鹿児島) 井手上貢氏(5/27就任) 地域との共生、訪問と対話から2025年6月18日
-
調子にノリノリシンジロウ 【小松泰信・地方の眼力】2025年6月18日
-
【JA人事】JA木野(北海道)黒田浩光組合長を再任(6月9日)2025年6月18日
-
米流通 7万事業者すべて在庫を確認 農水省2025年6月18日
-
中山間直払い制度 第5期評価 早急に修正を 第三者委有志が声明2025年6月18日
-
【稲作農家の声】記事まとめ2025年6月18日
-
【機構改革・役員人事】クボタ(7月1日付)2025年6月18日
-
ヤマト運輸の集荷代行 2JAがサクランボとキュウリからスタート JA全農山形2025年6月18日
-
残してほしい水泳授業【消費者の目・花ちゃん】2025年6月18日
-
藤原紀香の『ゆる飲み』淡路島でたまねぎ収穫 日本酒で堪能 JAタウン2025年6月18日
-
箱根西麓の夏野菜が集結「夏野菜フェス」三島スカイウォークで開催 JAふじ伊豆2025年6月18日
-
カーリング日本代表 小泉聡選手と吉村紗也香選手 JAビルへ活動報告2025年6月18日
-
不揃いハーブ活用「フレッシュハーブティーレモングラス&ミント」新発売 エスビー食品2025年6月18日
-
ひろしまは美味しさの宝庫「OK!!広島(おいしいけぇ、ひろしま)」始動 広島県2025年6月18日