【酷暑で酪農異変】「23年猛暑」再来か、8月の生乳需給に最大関心2025年8月12日
酷暑と異常気象は、生乳需給にも異変をもたらす。一昨年の「23年猛暑」の再来かともされる。業界の最大関心事は「8月の生乳需給」だ。現状は都府県の生産落ち込みを北海道増産で補うが、乳牛へのダメージが今後の生産に悪影響を及ぼしかねない。一方で脱脂粉乳過剰は深刻さを増す。酷暑を"逆手"にヨーグルト需要大作戦も始まった。(農政ジャーナリスト・伊本克宜)
脱粉需要拡大へ「ヨーグルトで暑さ乗り切ろう」キャンペーンも始まった(首都圏スーパー牛乳・乳製品売り場で)
■北海道「40度級の猛暑」で乳牛死亡
今年、北海道を覆う「40度級の猛暑」が生乳需給に"異変"を引き起こしている。
生乳需給は、生産全体の約6割を占める北海道の動向、特に最需要期の7~10月の産乳量の推移が国産牛乳・乳製品の需要や価格を左右する。夏場に比較的冷涼とされてきた北海道で今年、「40度級の猛暑」が広がっている。特に暑さに弱い畜酪への影響は大きい。
気象庁は8月1日、全国の7月平均気温が平年より2.89度高く、1898年の統計開始以降で最高だったと発表した。これまでの最高だった2024年(プラス2.16度)を大きく上回った。加えて、水稲主産地を抱える東北日本海側と北陸の降水量が、統計のある1946年以降で7月としては最少となった。
既に家畜の命に危機が迫っている。統計をまとめている一部地域だけでも、北海道では6月1日から7月15日までに鶏が3000羽以上、牛(乳用、肉用)も7頭の死亡が分かっている。実際はもっと多くの被害が出ているのは間違いない。
■続く「23年猛暑」酪農後遺症
北海道「40度級猛暑」が「23年猛暑」の再来かと懸念されている。Jミルクは1日の生乳需給見通し会見で、今年の酷暑での生乳需給への影響と「23年猛暑」の関連を問われ、「"23年猛暑"は北海道での8月の被害が大きかった。今年8月の1カ月の気温と生乳需給、酪農への影響を特に注視していきたい」と応じた。2年前の北海道の状況を振り返ろう。
酪農が暑さに弱いのは、乳牛主力のホルスタイン種がオランダ周辺の欧州原産で適温域が0~20度だからだ。つまり寒さに強く、暑さに弱い。これが亜寒帯に属する北海道、中でも寒さが厳しく稲作の作付けができない十勝、根釧など道東地域の農業振興で酪農が巨大産業に育った要因だ。その道東の基幹産業・酪農が異常気象、夏場の酷暑に直撃されている構図だ。
北海道酪農に大きな被害が出た「23年猛暑」は、道内で220頭の乳牛が日射病、熱射病となり、うち88頭が死亡した。頭数被害は極めて限定的だが、その後遺症は今に至っていると言ってよい。「23年猛暑」は乳牛の繁殖障害、疾病の増加、乳量の減少や乳質低下、粗飼料として重要な2番牧草の夏枯れを招いた。
23年8月の北海道の生乳生産量は前年度対比94.2%と落ち込んだ。コロナ禍以降の生乳需給緩和から北海道では22、23年と減産計画を実施。22年9月からマイナス生産となったが、その中でも23年8月の減少幅は最大となった。
コロナ禍での減産計画に加え、酷暑は乳牛にダメージを与え、酪農経営も疲弊し、酪農家の離農加速化、あるいは生乳流通自由化を促す改正畜安法下でホクレンの減産計画に反発した大型酪農家の一部が系統共販から離脱するなど、さまざまな問題点を浮き彫りにした。バター供給不足にもつながり、現在の生乳需給の不均衡につながっている。
■酷暑逆手にヨーグルト拡販、8月テレビCM
このままいけば年度末の脱粉在庫が7.6カ月にまで拡大しかねない中で、酪農・乳業界挙げて、脱粉需要につながるヨーグルト消費拡大に力を入れている。8月からはヨーグルトの効能をアピールする新CMの全国放映も始まった。
需要拡大作戦のポイントは酷暑を"逆手"にとって、ヨーグルトの効能を消費者に分かりやすく伝えていることだ。日本乳業協会は「ヨーグルトで猛暑克服」プロジェクトを始動した。農水省がターゲットを絞った生乳需要拡大方針を受け、乳協は1月からヨーグルトによる健康習慣作りを応援する企画「私らしくヨーグルト新発見」の一環だ。
乳協の佐藤雅俊会長(雪印メグミルク社長)は「ヨーグルトを食事の選択肢の一つに据え、厳しい夏を乗り切ってもらいたい」と、酷暑と絡め需要拡大をPR。同プロジェクトのキックオフイベントで医療関係者からは「猛暑の中で水分補給も大切だが、尿で排出されてしまう。水分保持機能が高いヨーグルトを摂取するのが、新たな暑熱対策のカギを握る」と、効能を説いた。
同プロジェクトでは全国の量販店で活用できる店頭POPを作成して情報発信を実施するほかテレビCMにも力を入れている。
■北海道にフェーン現象、ホクレン「酪農に懸念」
酷暑の象徴的な日となった7月24日を振り返ろう。真夏でも朝晩は涼しいはずの北海道が40度に迫る災害級の暑さに見舞われた日だ。
畜酪、畑作の日本最大の産地、オホーツク、十勝、釧路、根室を抱える道東地域を「フェーン現象」が襲い北見市で史上初の39度を超えた。本所が同市にあるJAきたみらいは「暑さで日乳量が落ちている。雨も降っておらず2番牧草の出来も心配だ」と懸念する。同日の札幌でのJAグループ北海道定例会見で篠原末治ホクレン会長も、長引く猛暑で生乳生産への影響に言及した。
■各地で乳牛暑熱対策
「40度級の猛暑」が覆う北海道は7月下旬、臨時の技術情報を発表した。「暑熱ストレスは牛の繁殖や産乳能力を著しく阻害する」と早めの対策を呼び掛けた。
牛舎内の温度上昇を抑えるほか、密飼いを避け、敷料交換を早めて湿気を抑えストレスを最小限にする。特に牛が密集する搾乳前の待機室では送風機とミストを併用し体熱を放散させる。
牛への送風で冷却効果が高いのが胸部だ。栃木県では、「乳牛の暑熱対策マニュアル」で、送風機の位置を10センチ下げただけで、胸部に当たる風の割合が高まり体感温度が低下した事例などを挙げた。
〇酪農現場の暑熱対策
・牛の体を冷やす
送風機で胸部に風を当てる
シャワーやミスト(霧)で水を掛ける
・畜舎の環境改善
日よけシートなどで直射日光を遮る
断熱資材や散水で屋根の放射熱を減らす
・飼料供与を工夫
ミネラルやビタミンの給与を強化する
飲水設備を清潔に保つ
夜間の給与量を増やす
■都府県、飲用最需要期9月の牛乳品薄に懸念
都府県では連日の猛暑で生乳需給ひっ迫が深刻さを増す。暑熱対策に取り組むものの生乳生産の落ち込みが顕在化している。
首都圏を抱える関東生乳販連は「このまま猛暑が続けば、9月の需給はかなりひっ迫する。乳牛の死廃や分べん事故に伴う生乳生産減少も心配だ」と猛暑後遺症にも注視している。九州生乳販連は「飼料の食い込みが落ち、水ばかり飲む。泌乳量だけでなく、手取り乳価の引き下げに直結する乳成分の低下も心配だ。できる限りの暑熱対策を徹底するほかない」と強調する。
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