月刊誌『家の光』創刊100周年 一世紀に見る「大衆」の夢 文芸アナリスト・大金義昭氏(2)2025年5月30日
「共同心の泉」を謳(うた)う家庭雑誌として誕生した月刊誌『家の光』が今年の5月号で創刊100周年を迎えた。農業や地域と一体で歴史を重ねている。家の光協会の編集局長も経験した文芸アナリストの大金義昭氏に「『家の光』の一世紀に見る協同の歩み」と題して寄稿してもらった。
文芸アナリスト・大金義昭氏
産組拡充運動の先鋒に
『キング』デビューの半年後に登場した『家の光』の発行部数は伸び悩んだ。『キング』が100万部を一気に突破していくかたわらで、『家の光』は2万部台を匍匐(ほふく)前進。部数の低迷にあえぐ企画・制作現場に、名編集長の名を残した梅山一郎が加わった。梅山は、徳富蘇峰が創刊した『国民新聞』の家庭欄記者から産組中央会に1929年に転籍。「大衆」の身近な生活文化に根ざした『家の光』の編集方針を打ち出す。
それは「①指導三分に実益と娯楽七分、②理智的記事より情意記事、③個人向きより家庭本位、④ニュースは地方的より本質的、⑤男本位より婦人・子供に重きを置く」というものだった。かくて『キング』に倣(なら)い『キング』を超えるべく、都市と農村の文化的格差を埋め、「おもしろくて為になる」雑誌づくりに挑んだ。
その結果、苦労人の処世訓や篤農家の苦心談、名僧の法話などの絵物語、偉人の出世美談、大衆文芸・小説、趣味と実益のページ、読者投稿欄の「我が家の実験」「農業の実験」などが誌面を飾った。
このプラクティカル(実際的)なモダニズム路線が、昭和農村恐慌に疲弊していた読者の心をつかんだ。わけても賀川豊彦が1934年から翌年にかけて連載執筆した小説「乳と蜜の流るゝ郷」は、産組運動に挺身し、理想農村の建設に挑む青年を主人公に読者の熱狂を呼んだ。各地で開催された読者大会は参会者であふれ、活動写真(映画)、芝居、浪曲、民謡、踊りなどの余興や講演などで盛り上がった。
『家の光』の普及・推進体制は、政府の「農山漁村経済更生計画」に呼応した1932年の「産組拡充5か年計画」に組み込まれ、"官民"挙げての態勢によって強化された。このために全国の産組中央会支会や産組、産組青年連盟はもとより、市町村役場や学校、農会、農事実行組合、青年団体などを一斉に巻き込んだ。「山が動く」という言葉がある。『家の光』はこの国が一路、好戦的な軍部主導の侵略戦争に突入していく時局に発行部数を飛躍的に拡大しながら、ファシズム体制の一翼を担うことになった。
戦後の『家の光』はこのような蹉跌(さてつ)を反省し、「新生農協」と共に再出発する。
戦時下の蹉跌を越えて
敗戦直後の出版界で〝戦犯〟と指弾された『家の光』は、1946年5月号の「社告」と8月号の「声明」で戦時下の非を認め、「その不明を」陳謝している。「社告」はその中で新たな編集方針を掲げ、「①農村民主化による平和日本の確立、②生産と消費に関する科学性の獲得、③農業者特に婦人の公民的教養の向上、④農山漁村における増産の推進、⑤明朗健全なる民衆娯楽の建設」を列記して「真に農村大衆雑誌として、農民による、農民のための『家の光』の実現」を宣言。一方の「声明」は、戦時中の首脳部更迭と「民主主義農村建設への使命遂行」を表明した。
背景には占領軍の戦後民主化政策があり、「農地改革に関する覚書」(別名「農民解放指令」)などがあった。むろん内外に3千数百万人の犠牲者を出したアジア・太平洋戦争に対する痛恨の反省があった。
農地改革が地主・小作制度を解体し、絶対多数の小規模・零細な「自作農」を創出。その自作農が再び小作農に転落することのないように農協法が1947年に公布されると、700万人余の組合員が1万4000余の農協に組織された。この再編劇は、戦時統制機関だった農業会の「看板の架け替え」と評されたが、『家の光』は戦後の衣装を身にまとって登場した新たな「大衆」を得て、彼らを組織する農協との二人三脚の関係を再構築する。その仕法は、『キング』の発行部数に並び立った戦前・戦中期の「成功体験」に倣っている。
『家の光』の発行部数は戦後の用紙事情に制約されて25万部まで激減するが、デフレ経済や統制経済の解除に見舞われた農協の「経営刷新運動」(1956年~)に呼応し、戦前の失地を回復する。
これには、女性が「大衆」として結集する農協女性組織の力も新たに加わった。340万人の部員を擁した全盛期には、映画『荷車の歌』(山代巴原作、山本薩夫監督)の自主製作運動が注目された。『家の光』は、地を這(は)うように生きた農村女性が蛹(さなぎ)から蝶(ちょう)に変身しようとする歩みに伴走し、昭和30年代半ばには発行部数が戦後80年のピークを記録している。
「強み」を鍛える歩み
『家の光』の独自の「強み」は、農協や農協女性組織と共有する「実用・活用・読者参加」の普及・文化活動にあった。わけても読者を中心にした恒例の「家の光大会」は、市町村・都道府県・全国段階で開催され、会場は盛況を極めた。数字を家計に生かす「家の光家計簿」記帳運動や風土に合った食生活を進める「料理教室」事業も『家の光』の十八番となった。
定番の読書会活動からは多彩なミニグループが「星の数ほど」生まれ、「農産物自給運動」や「地産地消」「食農教育」などの全国展開を育んだ。地元農畜産物の直売でにぎわう「ファーマーズマーケット」も、女性による「無人直売所」や「100円市」に端を発している。農協の「女性大学」や「組合員講座」なども『家の光』を介して全国に広がった。
このような来歴を持つ『家の光』の現状について。冒頭にも述べたようにデジタル化が加速するメディア環境も、農業・農村・農協を巡る情勢も未曽有の試練に直面している。
紙幅が尽きて「兼業農家」や「准組合員」が新たな「大衆」として出現する高度経済成長期以降の詳細に触れられないが、『家の光』の発行部数は現在、最盛期に比べて大きく減少し、草創期の使命を担いながら苦戦を強いられている。
これらの現状を突破し、『家の光』の新世紀をどう切り開くか。「強み」は鍛えなければ、「弱み」に転化する。『家の光』の「強み」とは何か。それは、協同組合と共に歩んできた一世紀の軌跡から読み解くしかない。「強み」を「強み」として強化するシナリオを歴史から創造的に学びとりたい。
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