農業労働力確保 JAに期待-農中総研フォーラム2021年9月28日
農林中金総研は「農業分野における労働力確保の課題とJAの取り組み」をテーマにこのほどフォーラムを開いた。新規就農者育成へのJAの取り組みや、特定地域づくり事業協同組合の活用などが研究者から報告された。
オンラインで行われたフォーラム。右から草野氏、長谷氏、石田氏、柳田専務。
特定地域づくり事業協同組合の活用
農業の労働力の現状をみると、施設野菜、露地野菜、花きでは8割弱を雇用労働力に依存している。しかし、常雇の実人数は2015年と2020年で28.3%減少、臨時雇は34.9%の減少となっている(農林業センサス)。
一方、田園回帰など農村への関心が高まるなか、農業以外の所得と合わせて一定の所得を確保できるようマルチワーク、半農半Xなど、多様な雇用機会を作り出すことも求められるようになってきた。
こうした状況をふまえて石田一喜主事研究員は「特定地域づくり事業協同組合」を活用した労働力確保について報告した。
これは2020年6月に施行された特定地域づくり事業推進法に基づく仕組みで、人口が急減する地域を対象に地域全体の仕事を組み合わせることで新たな雇用の場を創出し、移住、定住を促進するのが狙い。都道府県知事が認定すると、中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合が労働者派遣事業を許可ではなく、届け出で行うことができるようになる。また、組合運営費の財政支援も受けることができるという。
農業を始めとして食品加工業、宿泊業など、繁忙期に人手が不足するという事業者が出資して事業協同組合を設立する。移住希望者や地域おこし協力隊として農村部に住み任期が修了した人などを組合が雇用し、春から秋の繁忙期は農業現場に派遣され、冬は観光業などに派遣されるという仕組みだ。マルチワークで地域の雇用を生み出し定住を促進する。
石田氏によると農業と他産業の組み合わせなどですでに17団体が動き出しているという。
施設野菜と稲作、りんごなどの果樹といった複数の品目の農繁期を組み合わせて定住できる雇用を生み出す取り組みのほか、農業と冬のスキー場などを組み合わせる取り組みもある。
組合員となる農業者は農業者(個人・法人)とJA出資型法人、市町村の公社など。
ただ、マルチワークといっても組み合わせが難しく、組合によるマッチングや労働需給調整が重要になることや、農業分野でも収穫作業など特定作業が中心となり、新規就農につながるキャリアの蓄積が可能かどうかなどの課題もある。
こうした課題があるなかで、事業協同組合の従業員として派遣される人たちへJAが講習を行って技能を向上させるといった役割が期待されるほか、一方で現行制度では任意組織の集落営農は人材派遣を受けることができないため、JAが集落営農の法人化を支援するといった役割も期待されると石田氏は指摘した。
JAによる新規就農育成
長谷祐研究員はJAの新規就農者育成への取り組みについて報告した。
長谷氏によると40歳以下の新規就農者へのアンケートで「自ら経営の采配を振れるから」、「農業はやり方次第で儲かるから」との回答率が4割~5割を占め若手に農業経営への関心が高まっている傾向がある。
ただ、就農後に定着するためには継続的な支援が必要でJAでも新規就農者の募集から定着までの一貫した支援を行うことも課題となっている。
JA山形市ではJA山形セルリー団地づくりを進めるなかで新規就農者を育成してきた。生産が縮小することに危機を覚えた農家の声に応えるかたちで取り組みが進んだ。
団地には栽培ハウス、育苗ハウス、出荷調整施設を整備した。一方、希望者を県の新規就農相談窓口やフェアや農林大学校などでPRし募集した。就農モデルとして10a当たり250万円の売上高となることなどを提示した。
研修はセルリー農家で2年間。その後、セルリー団地でハウスを借りて就農する。リース料は初年度は減免、また、市が住宅の家賃を補助を行っている。2019年までに8名が就農。部会による技術情報の共有などで活性化したという。
山形セルリーはGI(地理的表示)を取得するなどブランド化で有利販売につなげた。長谷氏は「JAのブランド化の一環として就農支援していることが注目される」と話す。
もう1つの事例として紹介したのはJAみなみ信州の「南信州・担い手就農プロデュース」の事業。新規就農支援は定住支援もセットで進める必要があり市町村の協力が不可欠だとし、今では管内全14市町村が参加している。特産の市田柿と夏秋キュウリの複合経営で所得400~500万円など複数の経営モデルを示し、研修はJA出資法人で実施。
各市町村の就農担当者と連携して就農地を選定、移住・定住支援は定住担当者が対応する。就農後は、研修時の指導者やJAの営農指導員がフォローし、最近は周辺の農家も新規就農者に声を掛けている。2018年から研修事業を開始し9名が就農した。JAで加工販売を行う「市田柿工房」での生柿の受け入れと、マーケティングも学んでいる。
北海道のむかわ町では「離農者が出ても農地集積には限界。若者を受け入れよう」との農家の声で新規就農受入協議会を設立した。その後、JAむかわのフロアに担い手育成センターを設置し春レタスとトマトの複合経営をモデルに希望者の募集を始めた。
研修は短期、長期、農場実践研修など3段階。就農に向け農地と空き家情報は担い手センターに集約し、地区ごとに就農協力員を配置しJAの営農相談課とも連携している。
定着のために生産部会に加入してもらい地域との交流を図っているほか、就農協力員がフォローしている。10組以上が定着した。
長谷氏は新規就農者を定着させるために、JAと行政が連携して農地探しから住宅確保まで支援体制を作ることや、継続的なフォローの実施などが重要だと指摘した。また、特定品目の生産振興を支援するなかで就農者を確保するという支援も販売事業を行うJAに期待されるとした。
「支援の始まりは農業者の危機感」であり、地域で今後の農業のあり方を検討する必要性があると長谷氏は指摘した。
援農ボランティアの可能性
農林水産政策研究所の草野拓司主任研究官は援農ボランティアに取り組むJAの事例を報告した。
東京都のJA東京むさし三鷹支店では2001年から市民を対象にしたボランティアを農家に派遣する事業を始めた。三鷹市内での農家での年間10回以上の実習を経て、援農ボランティアとして認定される。
1年目の実習先が2年目以降の援農先となる。双方で連絡をとって日程調整を行う。1回の作業時間は半日で多品目野菜の収穫や除草などの軽作業で報酬はなし。
2019年度までで認定者数は累計240人。平均年齢は60歳。受入農家数は14戸で「作付けを維持できるのは援農参加者のおかげ」などの声が出ており、ハウスを増設した農家もいる。また雇用契約を結ぶ農家もあるという。
静岡県のJAなんすんは、みかんの収穫の労働力不足を補う目的で2010年から援農ボランティアを始めた。居住地や組合員資格などの制限はない。定額の交通費を支給し、収穫に携わった作物を持ち帰ることができる。
JAのホームページから応募しJAがマッチングを行う。作業は一日がかりでみかん、柿、長ネギなど特産品に限定している。2018年度の参加延べ人数は1247人日。「援農ボランティアのおかげで収穫量が格段に増えた」、「長年同じ人なのでやりやすい」などの声が出ており、経営に直接影響を与えている。
部会の協力やJAによる説明によって受入農家数は増加し、2018年度では60戸になっている。
草野氏は援農ボランティアへのJAの取り組みについて、受入農家を熟知した効果的なマッチングや、その後の双方のフォローなどにJAの役割が発揮されていると指摘。JAの組織力を活かす視点が大事だといえる。
JAが援農ボランティアに取り組むにはコストがかかる。JA東京むさしも支店の指導経済課、JAなんすんは農地保全課が他の業務との兼務で対応している。ただ、草野氏は農業生産力の向上により出荷量が増えることなどに着目すべきと話す。また、将来の地域農業のあり方として、市民が農園を支える米国のCSA(community supported agriculture)へと発展させる可能性も指摘した。
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