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【歴史が証言する農協の戦い】原発事故と戦った福島の協同組合間連携【2】2019年10月11日
「風評」対策に全力米の全量検査が奏功
小山良太福島大学食農学類農業経営学コース教授
「風評」対策に全力 米の全量検査が奏功
米の全袋検査
◆生産対策進み「安全」周知を
生産面における放射能汚染対策が実施されている現在、流通段階における全量全袋という検査方式を見直すことは理にかなっている。問題は、生産面での対策が実施されていることが多くの流通業者、消費者に周知されていないことである。周知のための期間の確保と啓発の取り組みが必要である。
見直しという言葉だけが独り歩きして、安全対策、検査体制が縮小されるかのような報道がなされないように注意する必要があり、消費者、生活者はこのような報道がなされた場合でも福島の努力と対策の結果、入口段階で安全性を担保している事実を知っておく必要がある。
東京電力福島第一原子力発電所事故からの8年半、福島県産農産物に関して、米は毎年約35万t、1000万袋を全量検査し、米以外の果樹、野菜、畜産物等は毎年2万検体を超えるモニタリング検査を実施してきた。その結果、山菜、きのこなど野生植物を除く作物では、放射性物質の基準値を超えるものはなくなり、検出限界を超えるものもほぼみられなくなった。
◆吸収抑制や天地返しで
これは農地の除染、カリウムの施肥などの吸収抑制対策、移行係数の高い作物から作付転換、過去に放射性物質の検出された農地などにおける作付自粛など、結果として総合的な対策が福島県において自主的に実施されてきた成果である。菅野会長は当時を振り返って、こう感想を述べた。
原発事故の直後から考えると、当時はどこにどれくらい放射性物質が存在するのかが不明なまま、既存の法律の下に作付制限や流通対策が施された。そのため対策漏れが生じ、2011年10月に安全宣言をした後に基準値超えの農産物が流通してしまった。これが風評問題を拡大する結果となった。
そこで新しい放射能汚染対策として、土壌測定に基づき、吸収抑制対策が実施された。土壌中100g当たり25mgのカリウムが存在するとセシウムの吸収が抑制されるという研究成果を反映し、対策が行われるようになったのである。同時に農地では天地返し、表土剥ぎといった「除染」、果樹では表皮剥ぎ、樹皮の洗浄が行われた。言葉で書くのは簡単であるが、実際に全ての樹木を厳寒の冬季間に水圧で洗浄する作業風景を想像してみてほしい。筆舌尽くしがたい現地の農業関係者の努力がなされたのである。
また、米の全量全袋検査も一定の成果があったと考えられる。流通面において、既存のモニタリング検査では流通業者や消費者に短時間で説明することが困難であった放射性物質検査の基準やモニタリング方法、統計的意味、放射能自体のリスクなどについて、全量を検査しているという一言で説明できる検査システムに転換したことにより、説明力が飛躍的に増加した。
農協の販売担当者や県の担当課、農業者は放射性物質の専門家ではないため、事故後に修得した知識をもとに、検査のリスクと安全性を説明しなければならない状況であった。この問題を全量全袋検査という大がかりな制度設計によって克服したのである。
さらに生産面では圃場の管理や生産履歴、経営状況などデータベースが整備されるきっかけにもなり、現在福島県が推進しているGAP(Good Agricultural Practice:食品安全、環境保全、労働安全等の持続可能性を確保するための農業生産工程管理の認証制度)対策の基盤になっているのである。
◆風評対策から市場構造変化
福島県産農産物の輸出量は、震災前の2010年の約153tから2018年には約218tと過去最多となった。そのうち米が約150tであり、売り先は、マレーシアが約115t、イギリスが約29t、香港が約3tとなっている。これは、震災前の主な輸出先であった中国など東アジア地域から新たに東南アジア地域に市場開拓を行った成果である。
震災後の輸入制限が継続する中国、台湾、韓国から販路をシフトした結果である。同様に、国内においても福島県産米の売り先は変化している。これは風評被害という問題だけではなく福島県産米をめぐる市場構造が大きく変化したことに他ならない。
用途別にみても震災前に約20%であった業務用米比率は2018年度では約60%にまで上昇している(全農福島県本部)。業務用米販売として価格が減少している分と風評被害の価格下落分との区別をつけることが困難なため複雑な状況を生んでいる。
米の用途別流通は重要な戦略である。少子高齢化が進む中で家庭用米需要が減少することは避けらない。外食需要も頭打ちの中、拡大する中食需要に対応した業務用米へのシフトは中長期的にみて必要な戦略であるが、それに合わせた生産体系を構築できているかと言えば、この点が難しい。
小規模・高齢・兼業農家が太宗を占める福島県の米農家は、かつての経営イメージのもと、コシヒカリを作付し、家庭用米向けに販売され、かつてのような価格が形成されることを期待している。その期待のもと集荷業者や農協に買い取りあるいは委託販売を行う。しかし、現実は震災後の市場構造の変化の中で、一定の品質を有し、コシヒカリなどの良食味米を生産できる福島県産米は業務用米としての需要の方が大きい。
実際に業務用米としての取り引きは拡大している。しかし家庭用に販売される米と比べると価格は下がる。このような状況であれば北海道の稲作経営と地域農協が戦略的に行っているように、業務用米需要に合わせた生産戦略(規模拡大、品種選択、低コスト生産、契約生産など)を産地として整備する必要がある。しかし、現状では原子力災害の損害を補償する仕組みの中でこの矛盾が顕在化せずになんとか維持している状況である。
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