JAの活動:2021持続可能な社会を目指して 今こそ我らJAの出番
【特集:今こそ我らJAの出番】農村は民族の母、宝の山――外需で稼ぎ町を豊かに 大分大山町農協・矢羽田正豪組合長に聞く2021年1月13日
大分県の山間地にある大分大山町農協は、組合員870人ほどの、小さな未合併農協だが、次々と新しい事業を打ち出し、農協経営の新機軸を打ち出している。厳しい金融・経済環境のもと、JAの大型合併が進むなかで同農協の取り組みは、これからの農協の進むべき方向の一つを示している。矢羽田正豪組合長は「外に打って出る『外需』で稼ぎ、そのもうけで農業を発展させ、豊かな地域づくりに貢献したい」と、着実に実績を積み重ねている。(聞き手・構成:日野原信雄)
矢羽田正豪組合長
やる気促し所得向上
全体の底上げ図る
――大分大山町農協は、常に外に目を向けた事業を展開していますが、その考えはどこから生まれているのでしょうか。
農協にとって、組合員や地域の人を対象とする金融・共済などは、組織の内部で稼ぐという意味で"内需"です。大分大山町農協は、農産物の直販やレストラン、農産加工など、消費者を対象とする"外需"の事業に、これまで一貫して取り組んできました。外需で稼ぎ、組合員農家の所得向上に貢献することがわが農協の基本的な考えです。
この考えは1954(昭和29)年から33年間組合長を務めた矢幡治美のものです。周囲を急峻な山に囲まれ、耕地に恵まれない当時の大山村は、日本一の貧しい村だったといってもいいでしょう。そこへ矢幡組合長が「梅・栗を植えてハワイに行こう」のキャッチフレーズで、梅・栗を栽培し、外需による所得の確保に乗り出したのです。
ハワイへの旅費は農協の貸し出しで、春の梅、秋の栗の販売で返済しました。当時としては農家の人が団体で海外旅行するのは珍しく、話題になりましたが、あれは物見遊山ではなく、体験学習だったのです。
外国で初めての食べ物や料理を味わうだけでなく、有名な絵画や音楽の鑑賞などが、大きな刺激となり、参加者にとって大きなカルチャーショックでした。海外旅行は、梅・栗の種をまくだけでなく、知識の種もまき、参加者一人ひとりに夢や希望を与え、やる気を促すという、大きな果実をもたらしました。
少量多品目による高収益生産、高付加価値販売という今日の大山町の農業は、外国で培った知識・経験があったからできたことです。よく「知恵を出せ」と言いますが、それは経験と知識の積み重ねがあってのことです。大山の特徴は、一人や二人がいい思いをするのではなく、組合員みんなのものにしたことにあります。そこには、一人の落後者も出さず、みんなで豊かになろうという、矢幡組合長以来の、農協の基本理念があります。現在、大山町では、約3000人の町民のうち、70%がパスポートを持っています。
さまざまな新しい事業に挑戦していることについて、ほかの農協の人から、「よく、組合員の賛同が得られますね」と不思議がられますが、このように同じ経験をすることで、協同組合についての意識、理解度が高くなっているのだと思います。
組合員の生産する農産物は99%が農協の共販です。信頼され、自分たちの組織だという意識が浸透しています。その信頼に応えるのは当然ですが、特に若い職員には、「給料は農協からもらっているのではない。農家組合員が一年中、汗水流した稼ぎの一部だ」と機会あるごとに言い諭しています。
それが分かったら、組合員にどうお返しすればいいかが分かるはずです。職員教育はそこから始まるのだと思っています。
一体で多彩に挑戦
自然の豊かさを体験
――外需で稼ぐとは、具体的にはどのようなことですか。
梅、栗、それに続くきのこの加工販売などのほか、主なものでも農業者によるバザール「木の花ガルテン」、新しいところでは、都市生活者と農業者の交流の場である「五馬媛の里」(いつまひめのさと)などがあります。この公園は世界のどこにもない園地をめざし、約30haに450種類、3万5000本の樹木を植えています。自然の本当の豊かさを知ってもらえます。そこに来たお客さんが福岡市や大分市などに出店している農協の直売店に来てもらえれば、さらに外需の拡大につながります。
また、農協には強力な応援団がいます。大山町の農協の取り組みをヒントに「6次産業」化を全国で進められた今村奈良臣先生や日本対がん協会の添垣忠生会長など、いろいろな機会に大分大山町農協の取り組みを広めていただきました。
矢幡元組合長は、よく「思想・理念・哲学があれば人はついてくる」と話していました。そのうえで、人が生きる上で重要なのは、「働く・学ぶ、愛し合うこと」の重要性を強調していました。
「働く」ことは経済であり、「学ぶ」ことは人格形成です。「愛する」とは祖先を敬い、みんなが仲良くすることです。農協運動は、この三つを螺旋(らせん)階段のように繰り返して、少しずつ向上していくものだと思います。農村パラダイスを実現するまで、私たちの運動に終わりはありません。
五馬媛(いつまひめ)の里の桜
全集落に"文産農場"
高齢者を契約職員に
――その試みのひとつに昨年オープンした「文産(ぶんさん)農場」がありますね。
「産業」と「文化」が共に補完し、支え合って発展することを願って名付けたものです。集落ごとに約500坪(1650平方m)のビニールハウス、農協の本工場と連携した食品加工房、きのこ栽培施設などをつくり、高齢の集落の人に働いてもらい、希望すれば農協の契約職員として採用し、給与を支払います。高齢者は年金プラス給料で安心して暮らすことができます。
「文産農場」は高齢者が老後の生活に不安がないようにするとともに、コミュニティー文化育成の場にもなり、冷暖房付きの休憩談話室もあります。農場の経営主体は農協ですが、農場の管理は集落の人に委託し、生産した農産物は直売や共選のほか、「木の花ガルテン」などで販売し、"外貨"を稼ぐことになります。これを町内36の集落全部につくる計画です。
全集落に設置めざす文産農場の休憩所
働く・学ぶ・愛する・理想郷の理念を共有
自立の伝統を継承
――組合長は「農村は民族の母、宝の山」と言われますが、その意味は。
農業は「産業」ではないと考えています。よく技術革新と言いますが、農業は技術ではなく「技能」なのです。田んぼや畑を先祖から引き継ぎ、どの畑に何の作物を植えたらいいかは、先祖の経験が伝承されたもので、大工や左官業と同じ技能です。
そうした技能はきちんと引き継がなくてはなりません。この考えで農協は、技能を持った人を12人、契約指導員として雇い、農業指導してもらっています。
物まねでなく独自性
――大山町農協の考え、事業モデルとする場合、大事なことは何でしょうか。
「自立」の精神ですね。農協の事業は、組合員を始めとする地域の人が、自ら立ち上がらないと成功しないと思います。物まねでなく、自らつくりあげたものでないと愛着も生まれません。
最初に梅、栗を植えた時、推奨品目に入っていなかったため県は冷ややかで、最初は経済連も取り扱ってくれませんでした。しかし、結果としてこれが、独自の販路を開拓するきっかけになったのです。
福岡市や大分市など、取り引きのある卸売市場の人が「大山町はおもしろい」と言って、商売抜きでやってきます。そこで見て、聞いた情報が卸や仲買、小売りに伝わり、「大山町のものなら」と、ブランド力がつき、好循環につながっています。
――イスラエルのキブツ、中国の人民公社、韓国のセマウル運動なども参考にされたそうですね。
世界の農業や生産組織のいいところをミックスして大山流の仕組みをつくったというべきでしょう。組合員や町民全員のくらしを底上げするという考えは、競争社会で格差が広がっている今日では、特に重要なことではないでしょうか。
今日、わが国では人口が減少し、過疎化が進んでいますが、この原因は、収入が減って夢や希望を失う人が増えているからです。収入がなくなると離村します。そこを力のある人が手を差し伸べるなど、きちんと手当てする必要があります。
それにはリーダーの力が大きく、リーダーの示す方向へついていけば幸せになれると思えば、人は耳を傾けます。いくら地方創生と言っても、方向が見えないと人はついてきません。
――コロナ禍で、人々の生活の変化が見られます。これからの農協の役割はどこにあるでしょうか。
第1に考えるべきは食料自給率の向上です。37~38%の自給率ではどうにもなりません。それには農地を維持し、若者を農村に残す政策が求められます。そのため農協は"外貨"を稼ぎ、その地域を豊かにする役目があります。
いま国内の農業総産出額は9兆円余りですが、農業・食料関連産業の国内生産額は100兆円を超えています。この差を埋めるため、農協事業の新機軸を打ち出すべきです。
これまでのように信用・共済に頼っている農協は合併しないと事業、経営が行き詰まる恐れがあります。先を読めば、いま何をしなければが分かるはずです。
合併によって人員や支所・支店を減らすと、組合員や地域へのサービスがいきわたらなくなり、組合員は、ますます農協から離れ、農業・農村離れを引き起こします。安易に合併を選ばず、農協同士が競争し、切磋琢磨(せっさたくま)して自分たちのいいところを引き出していくべきだと思います。
コロナ禍は、世界が変わるくらいの大きな影響が予想されます。それを乗り越えるには、お互いが助け合うことが大事です。大山町には、矢幡組合長の時代から「タスクセンター」という人材バンクがあります。けがや不幸で困ったときは、タスクセンターに登録した人が手助けする仕組みです。昔の農村の結(ゆい)のようなものですが、こうした人々とともに、より一層豊かな活力のある農村づくりに努めていきます。
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