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2015.11.26 
農業生産額 マイナス1兆円 東大・鈴木研究室が試算一覧へ

 TPP協定(環太平洋連携協定)の大筋合意を受けて政府は11月25日に総合的なTPP関連政策大綱を決めた。農林水産業対策は「農政新時代」を掲げ攻めの農林水産業への転換を強調する。米など重要5品目については経営安定対策などの法制化や拡充などの施策も盛り込まれたが、関税撤廃などの影響をどの程度見込んだものなのか。国会決議との整合性も議論されず、TPP合意内容の影響試算も示さないまま、政府の対策づくりだけが先行しているなか、東京大学の鈴木宣弘教授はTPP合意の日本経済への影響の暫定試算を発表した。それによると農林水産生産額はマイナス1兆円になるという。11月20日に開かれた「JA-IT研究会」の鈴木教授の特別報告から紹介する。

◆影響は軽微ではない

TPP合意の日本経済への影響の暫定試算
(表1 TPP合意の日本経済への影響の暫定試算)

 TPP大筋合意内容は、農林水産物の米、麦など重要5品目に含まれる関税分類上の586品目のうち174品目で関税撤廃する。残る品目でも関税削減する。
 一方、自動車分野では米国が普通自動車にかける関税2.5%は15年目から削減開始し、25年目に撤廃で、さらに大型車の関税25%は29年間据え置き30年後に撤廃するという内容だ。
 東大の鈴木研究室はこうしたTPP合意の日本経済への影響について暫定的な試算をした。試算はTPP交渉参加前に内閣府が経済的影響を試算したモデル(GTAPモデル)で行った。
 それによると農林水産物の生産額で1兆円、食品加工で1.5兆円の減少が見込まれた。注目されるのは今回の合意内容では自動車でも0.4兆円の生産額減少が生じるという点だ(表1)。
 その結果、全体で日本のGDP増加額は0.5兆円。わずか0.07%の増加率でしかない。
 試算は関税だけでなく、輸入制度や原産地規則などの変更に伴う影響も考慮した。その条件でかりに全面的に関税撤廃になったとすれば、自動車は2.8兆円の生産額増加が見込まれるが、農林水産業と食品加工で合わせて4.2兆円の生産額減少が見込まれる。それでもGDP増加率は0.18%に過ぎない。
 また、この試算モデルはそもそも国産品に対する輸入品の代替性を低く仮定しているため関税撤廃の影響は過小評価傾向になるという。
 大筋合意内容が公表されて以降、農林水産業への影響を品目別に示してきたが、全体として影響は軽微であると説明している。そのうえで、国内対策によって再生産可能になれば国会決議は守られたのだ、との認識だ。
鈴木教授 これに対して鈴木教授は「内閣府のモデルでも少なくとも1兆円の損失が見込まれるのを軽微とはいえない」と批判する。さらに交渉参加前の平成25年3月に内閣府が公表した影響試算では関税撤廃された場合の各品目の生産減少額を示していた。
 それによると鶏肉990億円、鶏卵1100億円、落花生100億円、林産物(合板等)と水産物で合わせて3000億円としていた。合計すれば5190億円となる。今回の合意内容はこれらの品目がすべて関税撤廃となるから、5000億円を超える損失が出ることになるが「それでも影響は軽微という説明は、まったく説明がつかない」と鈴木教授は矛盾を突く。
 また、品目によっては現在の輸入先がTPP参加国以外だから影響はないと説明されているが、これについても「関税撤廃で有利になったTPP域内国からの輸入に置き換わる可能性(=貿易転換)があることこそ、FTA(自由貿易協定)なのである」と指摘している。
(表1の注)
関税、輸入制度、原産地規則等の変更に伴う影響を試算したもの。
内閣府が算入した「生産性向上効果」(価格下落と同率で生産性が向上)
及び「資本蓄積効果」(GDP増加と同率で貯蓄が増加)は未考慮。
GTAPモデルは国産品に対する輸入品の代替性を低く仮定しているため、
関税撤廃の影響は過小評価傾向になることに留意。
「大筋合意」内容を暫定的に組み込んだ試算で確定値ではないことに留意。

◆TPP対策の効果は?
肥育豚1頭あたり

 関税撤廃や大幅削減しても国内対策で手当てをして再生産可能になれば国会決議は守られたとの理屈立てで突っ切ろうと政府・自民党は短期間でTPP対策をまとめた。
 具体策は来年の秋までに議論されるが、牛肉・豚肉の差額補てん制度の法制化と、補てん水準の拡充などは決まっている。しかし、これらの対策は十分だろうか。
 鈴木教授はもっとも影響が深刻な品目のひとつである養豚経営について分析している。
 豚肉は高い豚肉にかけている従価税は10年めに撤廃される。安い豚肉かかる従量税は1kg50円に引き下げられる。
 現在の税率ではkg524円の輸入価格がもっとも課税額少ないため、安い豚肉と高い豚肉を組み合わせて輸入している。TPP大筋合意でもこの分岐点価格は維持し、これより高いものには従価税、安いものには従量税をかける。
 しかし、安い豚肉にかかる従量税は引き下げされいずれ1kg50円となる。こうしたことから日本養豚協会はkg279円の豚肉も50円の従量税を払っても同329円で輸入できるため、こうした豚肉の輸入増で価格は40%(218円)が低下すると試算している。
 鈴木教授は安い輸入豚肉に引っ張られて国産豚肉全体が並行的に下落すると見込み、養豚協会の試算を過去5年間の国産豚肉価格にあてはめると703.2円が218円下がると仮定すると下落率は31%となった。それを収入が31%減るとすると、TPP協定発効後は2000頭以上の飼養頭数の大規模農場も含めてすべての階層で赤字に陥る(表2)。ちなみにこの表からは今でも1000頭以上の大規模層のみが黒字経営であることが分かる。
 さらにTPP対策として補てん割合を現在の8割から9割に引き上げた対策が実施された場合の試算も示されている。それによると平均赤字の9割が補てんされて黒字経営に改善するのは2000頭以上層だけであることが示されている。TPP対策はするものの、生き残れるのは大規模経営だけ。これが「農政新時代」なのだろう。


◆食と農の未来を見失うな

グラフ

 鈴木教授は酪農経営の実態についてもグラフのような分析をしている。搾乳牛1頭あたりの所得が1円減ると飼養総頭数が2頭減るという相関関係が示された。飼料価格の高騰が所得低下を招きそれが飼養頭数の減少につながり、バター不足につながっている。
 酪農生産基盤を維持するため、鈴木教授は「少なくとも牛豚と横並びの緊急的な赤字補てんシステムを導入しておくことは不可欠」としている。
 そのほか、果汁の関税撤廃によって果樹農業に2000億円近い損失が出るという。加工品の関税撤廃は食品製造業の空洞化を招き、国産農産物の需要縮小と地域の雇用縮小につながるなど広範な影響も指摘する。
 TPP大筋合意後、多くのメディアでは消費者にとっては食料品の価格低下メリットがあると強調しているが、流通部門で吸収されて小売価格はさほど下がらないという点は、本紙前号で韓米FTAについて報告したソン・ギホ弁護士も実態に即して指摘していた。
 鈴木教授は関税撤廃で日本の税収40兆円の1割を失うことになり、逆に消費税増税などが必要になり、消費者の負担が重くなるだけではないかという。
 米国ではTPPの影響試算を出してそれに基づいて議会で議論する手続きと日程が明示されているという。一方の日本は臨時国会も開かず衆参1日だけの閉会審査でまともに合意内容を議論せず、対策だけ先行して決めるという状況にある。鈴木教授は国会決議との整合性の根拠など示さないまま批准手続きを進めることは「民主主義国家として許されない」と訴えている。

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