【種子法廃止】種子の自給は農民の自立2017年3月30日
国民財産の払下げ狙い?
農林水産省は主要農作物種子法を「廃止する」法案を今国会に提出し3月23日に衆議院農林水産委員会が可決した。今後、参議院で審議が行われるが、同法の廃止は国民の基礎的食料である米、麦、大豆の種子を国が守るという政策を放棄するもので、種子の供給不安、外資系企業の参入による種子の支配などの懸念が国民の間で広がっている。法律が果たしてきた役割を議論せず、廃止ありきの政府の姿勢は問題だとして3月27日に有志が呼びかけて開いた「日本の種子(たね)を守る会」には全国から250人を超える人々が集まり、「種子の自給は農民の自立、国民の自立の問題」などの声があがったほか、議員立法で種子法に代わる法律を制定することも食と農の未来のために必要だとの意見も出た。集会の概要をもとに問題を整理する。
◆農と食のあり方左右
集会では京都大学大学院経済学研究科の久野秀二教授(国際農業分析)が「大義なき主要農産物種子法の廃止―公的種子事業の役割を改めて考える」と題して講演をした。
久野教授は種子(たね)の位置づけについて「もっとも基礎的な農業資材。種子のあり方が農と食のあり方を左右し、農と食のあり方が種子のあり方(品種改良)を規定する」と強調した。
その種子のあり方については、農民による育種から政策としての公的種子事業へと発展してきた。
主要農産物種子法(以下、種子法)は昭和27年、「戦後の食糧増産という国家的要請を背景に、国・都道府県が主導して、優良な種子の生産・普及を進める必要があるとの観点から制定」された。これは今国会に提出された種子法廃止法案について農水省が作成した概要説明資料の記述である。まさに「国家的要請」として、公的種子事業が制度化されたことが示されている。
この種子法によって稲・麦・大豆の種子を対象として、都道府県が自ら普及すべき優良品種(奨励品種)を指定し、原種と原原種の生産、種子生産ほ場の指定、種子の審査制度などが規定され、都道府県の役割が位置づけられた。
では、なぜ廃止されることになったのか。すでに指摘されているように昨年(2016)の規制改革推進会議農業WG(ワーキング・グループ)の議論からである。久野教授はこの間の経緯を議事録から整理して報告した。当初、生産資材価格の引き下げの議論なかで種子法に関連する項目は一切なかった。それが10月6日の農業WGで「地方公共団体中心のシステムで、民間の品種開発意欲を阻害している主要農産物種子法は廃止する」と問題提起される。
理由は、戦略物資である種子・種苗について「国は国家戦略・知財戦略として、民間活力を最大限に活用した開発・供給体制を構築する」というもの。そもそも「国家戦略」としてなぜ「民間活力を最大限に活用」することになるのか、など議論となってしかるべき点は多いが、ほとんど議論された形跡はないという。
専門委員である本間正義東大教授が「この法律のどこが具合が悪いということについて、もう少し詳しい説明をされたほうがいい」との意見を述べているが、それ以上の議論はない。
そして今年1月の農業WGでの法律廃止の趣旨説明で農水省の山口総括審議官は、▽世界的にも戦略物資として位置づけられているので民間事業者によって生産供給が拡大していくようにする、▽都道府県と民間企業の競争条件が対等になっていない。奨励品種制度などはもう少し民間企業に配慮が必要、などの理由を挙げ、「ということで、今回この法律自体は廃止させていただきたい」と説明した。
◆種子ビジネスの攻勢
農水省のこうした説明について久野教授はいくつもの疑問点を指摘し批判した。
そもそも種子の生産の拡大を強調するが公共育種によって不足しているわけではないこと、国家戦略として位置づけるのなら民間に任せるのではなく、より公的な管理が重要になるはずではないか。そしてそもそも生産資材価格の引き下げがテーマだったはずなのに、低廉な種子を供給してきた制度の廃止は、種子価格の上昇を招くのではないのかというものだ。
いくつもの疑問があるが、もっとも意味不明なのが、種子法廃止法案を国会に提出した際の理由である。それは「最近における農業をめぐる状況の変化に鑑み、主要農作物種子法を廃止する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である」という一文だ。"最近における農業をめぐる状況の変化"といいながら、どこにも説明されていない「意味不明」(久野教授)の文書、これで国会審議などできるのだろうか。
その国会審議では農水省の姿勢ががらり変わったことも示された。
平成19年(2007)4月20日の規制改革会議では、民間委員から民間の品種が奨励品種になることは極めて困難になっている、との意見が出されたが、それに対して当時、農水省(竹森農産振興課長)は「奨励品種に採用する品種については公的機関が育成した品種に限定していない。民間育成品種についても一部奨励品種に採用されている。奨励品種制度が新品種の生産・販売・普及の妨げになっていないと考える」と回答していた。これは衆院農林水産委員会で野党議員が指摘した(日本共産党・畠山和也議員)。
今回の説明とはまったく逆である。この間になぜ認識が変わったのか。久野教授はこの背景にあるものは、農業の成長産業化の名のもとの政府・財界による新たな農業・農協攻撃であり、また、植物遺伝子資源を囲い込んで種子事業を民営化し、公共種子・農民種子を多国籍企業開発の特許種子に置き換えようとする種子ビジネスの攻勢だと強調した。それは世界の動きでもある。
◆企業は利益二重取り
種子法の廃止の影響はそうした世界の動きに沿ったものとして出てくるだろうという。
廃止にともなって、国や都道府県が持つ育種素材や施設を民間に提供し、連携して品種開発を進めるという。しかし、それは公的機関が税金を使って育成した品種という国民の財産を民間企業へ払い下げることになるのではないか。外資の参入は現行の種子法のもとでも自由となっており、廃止によって新規参入を促すものでないと農水省は説明するが、官民連携という名の国民財産の払い下げが行われるのであれば話は違ってくるだろう。
さらに都道府県が開発・保全してきた育種素材をもとにして民間企業が新品種などを開発、それで特許を取得するといった事態が許されるのであれば、材料は「払い下げ」で入手し、開発した商品は「特許で保護」という二重取りを認めることにならないか。
法的な根拠がなくなってしまえば都道府県の主要農作物種子事業の予算も根拠もなくなる。安定的に種子を確保できるのか。あるいは都道府県間での競争の激化も考えられる。そうなると、種子の需給調整を全国で図ることも困難になるだろう。同時に、久野教授は米国やカナダなどでも公的種子事業の意義と危機感が議論されていることを紹介した。
米国では州立大学が公共品種の開発、提供を行っており、小麦の最大生産州カンザスでは州立大学と州農業試験場の種子の供給量が1、2位を占め公共品種の役割を一定程度維持しているという。
カナダの小麦は95%が公共品種で、長期的・安定的な予算配分による公的育成プログラムの有効性が立証されているという。
ただ、豪州では2000年代から政府が育種事業から徐々に撤退し民間企業の投資が増加、英国でも公的小麦育種事業が民営化(1987年)されたという。米国でも地域差があり、アーカンソー州の米は州立大学で育成された品種が大半だが、栽培面積では民間育成品種が7割を超えるなど徐々に増大しているという。米国では1980年代に民間への技術協力を法制度で決めるなど、民間移転が進んでいるが、一方で公共品種が食料安全保障、持続可能性、教育などの役割を果たすと評価する動きも決してなくなっているわけではないようだ。また、種子事業を民営化した英国では統合的な研究システムが分断した「失われた15年」という反省も出ているという。
◆JAはもっと関心を
参加者からは種子生産の実態も報告された。
もっとも懸念されたのは種子法廃止でこれまで培ってきた現場の技術や体制が混乱しないかということ。根拠法がなくなり財政的な裏づけがなくなれば米の原種価格は5倍以上になると指摘もあった。生産資材価格の引き下げと逆行する。
JA水戸の八木岡努代表理事組合長も集会に参加。「JA水戸も県内の種場農協の一つ」だとして28人の部会で米5品種、麦・大豆3品種ずつ生産していることを紹介した。
部会では種子を維持するため何度も選抜を繰り返し病害虫防除にも細心の注意を払う。それによって「次第に地域特性が出て、品質や味にまで影響する」と地域に根ざした種子生産の実態を強調した。
それが作りやすさだけで海外からの品種で生産することになれば、たとえば「学校給食でもおいしくないコメになる」と懸念する。
八木岡組合長は地域で育んだ種子から生産した農産物という点を改めて評価すべきだとし「JAであれば単なる食材ではなく教材として提供できる」と強調し「農業改革が農協改革になり、今度は食料改悪にしてはいけない。農協関係者の出席が少なかったが、もっと関心を持つべきだ」と訴えた。
久野教授は食料主権の一つとして種子主権も主張するとともに、世界で取り組まれている種子保護の運動とも連帯すべきなどと主張した。
なお、日本の種子を守る会は第2回目の講演会を4月10日午後2時から参議院議員会館101会議室で開く。
(写真上から)水稲のイメージ図、「食料改悪は許せない」とJA水戸の八木岡組合長、食と農の危機を訴える京都大学久野教授
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