【クローズアップ:アメリカ】常に二つの顔をもつ国 中岡 望(ジャーナリスト)2021年1月18日
バイデンの大統領就任が間近に迫ってきているが、依然としてトランプ大統領の弾劾問題はおさまらず、バイデンは大統領に就任しても、トランプが進めてきた政策をすべて否定することから始めていくようにみえ、米国社会には大きな亀裂があるようにみえる。日本のマスメディアはそうしたアメリカの姿を本当に報道しているのか多くの疑問がある。そこで中岡望氏に、いまアメリカがどうなっているのか分析してもらった。中岡氏は「修復が不可能なほど、分断された社会」だと指摘する。
「弾劾」是非で拮抗する世論
アメリカ政治や社会をずっと観察してきた立場からいうと、日本のメディアの報道だけを見ていると、アメリカの本当の姿は理解できないというのが正直な感想である。アメリカは常に"二つの顔"を持っているが、日本に主に伝えられるのは、その一つの顔にすぎない。日本の報道はアメリカのリベラルなメディアの報道に依存しすぎているため、保守派の主張はなかなか紹介されないのが実情である。トランプ大統領の弾劾問題も、その例の一つである。
トランプ大統領が選挙での敗北を認めないことは選挙の正当性を否定するもので、民主主義の大原則を揺るがす問題である。またトランプ支持者による議事堂乱入、トランプ大統領の弾劾訴追も重大な事件である。だがアメリカ国民が全てトランプ大統領の弾劾を支持しているわけではない。騒乱直後の1月8日に行われたYouGovの世論調査では、「トランプ大統領は弾劾されるべきである」という回答は47%、「弾劾されるべきではない」という回答は41%で、意見は拮抗している。党派別でみると違いは歴然としてる。民主党支持層の86%が弾劾を支持しているのに対して、共和党支持層ではわずか10%に過ぎない。共和党支持層の81%はトランプ大統領弾劾に反対している。
また両院合同会議でバイデン候補の選挙での勝利に異議を申し立てた共和党議員は下院議員212人の内139名、上院議員50名のうち8名もいた。共和党下院議員の66%が「選挙は盗まれた」というトランプ大統領の主張を支持している。さらに下院でのトランプ大統領弾劾決議に賛成した議員はわずか10名に留まった。議事堂乱入や弾劾訴追にもかかわらず、共和党支持者のトランプ支持は大きく変わってはいないのである。「トランプ支持者が減った」という報道は一面では正しいが、必ずしも全体の状況を正確に表現したものではない。共和党は依然として「トランプの党」なのであり、白人労働者、キリスト教原理主義者を中心とする「トランプ連合」に依拠した政党なのである。
「弾劾」の狙いは共和党の分断
民主党のペロシ下院議長が中心になってトランプ大統領の弾劾を強力に推し進めてきた。下院での弾劾決議によって上院で弾劾裁判が行われることになる(現時点では、いつ開催されるかは未定。弾劾裁判が始まると上院での政府人事の承認が進まなくなる事態になるので、実際に弾劾裁判が始まるのは数カ月先との見方もでている)。弾劾が成立するには、上院議員100名のうち3分の2の議員の66名の支持が必要である。共和党議員16名が弾劾に賛成しない限り、トランプ大統領の弾劾は成立しない。また専門家の間では法的にトランプ大統領の有罪を主張するのは難しいとの見方もある。
弾劾裁判は大統領の罷免を目的とするものであるが、弾劾裁判が開催され、判決が下される時点では、トランプ大統領を既に退任している。弾劾が大統領罷免を目的とするのであれば、弾劾裁判は意味がない。にもかかわらずペロシ議長がトランプ大統領の弾劾を主張するのは、騒乱に対するトランプ大統領の責任を明確にする必要があるからだ。また退任後であれ、罪を犯しているならば裁かれるべきであるという主張である。弾劾が成立しなくても、弾劾裁判に掛けることでトランプ大統領に打撃を与えることはできる。
同時に、それは共和党議員に踏み絵を迫り、共和党の分断を図る狙いもある。弾劾決議で支持した共和党議員10名は党内から激しい批判にあい、一部の議員は熱狂的なトランプ支持者から脅迫を受け、身の危険を感じる事態に追い込まれている。上院でもマコーネル院内総務やロムニー議員など数名が弾劾支持の立場を明らかにしている。弾劾問題が、共和党内に亀裂を生んだことは間違いない。ただ、離反者は思ったほど多くはなかった。共和党はトランプ退任後も「トランプの党」であり続けるのかどうかを決断しなければならないだろう。現在のところ、トランプ大統領に代わる共和党の指導者は見当たらない。弾劾問題は共和党内に小さな対立を生んだが、共和党が分裂する事態に発展することはないだろう。
トランプの影響力削減がもう一つの狙い
民主党がトランプ大統領の弾劾にこだわるもう一つの理由は、退任後のトランプ大統領の影響力を削減する狙いがあると思われる。その最善の方法は大統領を弾劾に掛けることだ。弾劾されると、憲法修正第12条第3項によって弾劾された人物は「合衆国または各州の官職に就くことはできない」と規定されている。トランプ大統領は2024年の大統領選挙に出馬するのではないかと見られている。
一部の報道では1月20日の大統領就任式にフロリダ州で大政治集会を開き、早々と大統領選への出馬宣言をするのではないかと見られている。年齢的に出馬するかどうか疑問だが、政治的な存在感を示すことでトランプ大統領は共和党に対して隠然たる影響力を維持することが可能になる。
2年後に中間選挙が行われる。中間選挙では与党が議席を減らすのが普通である。バイデン新政権の政策が上手くいかなければ、共和党が議会の過半数を回復する可能性も否定できない。選挙になれば、強力な支持者と潤沢な資金を持つトランプ大統領の共和党に対する求心力を軽視すべきではない。民主党は、なんとしてもトランプ大統領を政治から追い出したいと思っているのは間違いない。
世論調査に見るように、トランプ大統領は依然として共和党支持者の間で人気は高い。日本ではトランプ大統領は「非道徳的で品のない人物」と非常に評判の悪い大統領である。だが共和党支持者は「トランプは欠陥だらけの人物だが、それでも国家を救う人物」と信じている。(David French著『Divided We Fall』、St. Martin's Press、2020年)。フレンチ氏は、保守派の人々は「トランプを支持しないのは共和党に対する裏切りであり、国家に対する裏切りであると信じている」とも書いている。また多くの共和党支持者にとって、トランプ大統領ほど保守派の要求を実現した大統領はいないと信じている。
妥協許さぬ世界観・倫理観による分断
こうしたトランプ観を理解するためには、アメリカ社会の状況を理解する必要がある。
アメリカは"2つの顔"を持った国であると指摘した。言い換えれば、もはや修復不可能なほどアメリカ社会は分断されているのである。単なる政策を巡る対立ではない。国家観、倫理観、文化観、宗教観、人種観といった基本的な意識が、2つのグループの間で全く異なっているのである。しかも、お互いに軽蔑し合い、敵対し合っている。単なる政策的な違いであれば妥協は可能である。しかし世界観や倫理観の違いは妥協することはできない。イデオロギーによる分断をさらに複雑にしているのが地域的分断である。地域的分断と宗教的分断は重なり合っている。
もう一つ付け加えると、共和党は"陰謀論"に組みするカルト的な政党になっていることだ。もともとアメリカ政治には"陰謀論"が付きまとっていたが、トランプ大統領が誕生して、その傾向は一層強くなった。トランプ大統領の支持者は、アメリカはリベラル派のエリートが操る"影の政府(Deep State)"によって支配されていると本気で信じている。「影の政府が選挙を盗んで、トランプ大統領を落選させた」と信じている。それは低学歴の共和党支持者だけでなく、高学歴の共和党議員の多くも同じである。
バイデン次期大統領は「自分は民主党の大統領でもなく、共和党の大統領でもない。アメリカ合衆国の大統領である」と国民に団結を訴えた。オバマ大統領が誕生した時、「人種的対立を克服し、民族の和解」を訴えた。だが、皮肉なことに、その後のアメリカ社会は人種的対立と分断が進んだのである。黒人大統領の誕生は、白人層に恐怖感をもたらし、白人至上主義が勢いを得る結果となった。共和党はオバマ政権に対して徹底的な抵抗を試み、アメリカ社会の分断に拍車を駆けた。
さらに深刻化する国の分断
バイデン次期政権はトランプ政権の全否定から出発する。既にトランプ政権のもとで行われた政策をすべて覆すと主張している。民主党は両院の多数派を確保しており、法案を成立させることは可能である。
これに対して共和党は徹底抗戦を試みるだろう。オバマ政権のとき、共和党はほとんど脱落者を出すことなく、一貫してオバマ政権に反対の立場を維持したが、バイデン政権のもとでも同様な行動を取るのは間違いない。議会の両極化、国の分断はさらに深刻な状況になるだろう。
そうした国内政治の不安定さは、国際政治にも反映してくることは間違いない。かつてのような国際政治におけるアメリカの指導力は期待できないだろう。
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