【クローズアップ:「あの日」から10年】大震災取材ノートより(上)「あり得ない全てが押し寄せた」農政ジャーナリスト・伊本克宜2021年3月2日
2011年3月11日の東日本大震災から間もなく10年。この3650日は喜怒哀楽の月日と重なる。毎年、被災地を訪ね100人以上とインタビューしてきた。積み重なった「大震災取材ノート」を開き、3回にわたり「あの日」を考える。(敬称略)
仙台と石巻の沿岸を結ぶJR仙石線は、津波と流木で機能不全となった
当日は大阪でも大揺れ
世界初の〈複合災害〉が起き、東北の太平洋沿岸を震撼させた10年前の3月11日午後2時46分。農林中金大阪支店の大会議室にいた。なぜ、細かい分刻みまで覚えているかというと、2・4・6と2を足せば良い数字だからだ。「異常協定TPPの問題点」と題した講演を午後2時40分に終え休憩に入っていた。聴衆は関西の信連関係者30人ほど。この後、午後3時から農中総研、農林中金から報告を予定していた。
その時だ。大きな横揺れ。しかも時間が長い。テレビを付けると緊急テロップが流れる。「宮城県沖で巨大地震発生」。東北の三陸沖の地震が、遠く離れた関西の地でもこれだけ大きく揺れた。相当強い地震だと直感した。さすがに信用事業関係者だけあって、各JAのATM稼働状況などを確認していた。
「杜の都」宮城・仙台はふるさとだ。大地震と聞いてもそれほどの動揺はなかった。幼い頃から三陸沖の地震をたびたび経験し、宮城県内は地盤が固いことを知っているからだ。ただ地震と絡めた火災を心配した。発災は午後。まだ明るいので大丈夫だろうと思った。
1995年1月17日の阪神淡路大震災は明け方、午前5時46分52秒。それとは全く事情が違う。今から約100年前、10万人以上が亡くなった1923年9月1日午前11時58分32秒に起きた関東大震災は、ちょうど昼前の各家庭で煮炊きの火を使っていた。それで大火災が起き、死傷者が急増した。東日本大震災は、先の二つの歴史的な大震災とは大きく異なる。
地震1時間後に巨大津波
史上空前の大惨事と分かるのは、その1時間後だ。大地震に続き10数メートルの巨大津波、そして東京電力福島原発の電源喪失と〈複合災害〉が起きる。最初、津波に伴う原発事故と聞いて、宮城の東北電力女川原発を思い浮かべた。同原発はかさ上げして少し高台に位置し、奇跡的に難を逃れた。後に宮城県庁関係者に聞くと「たまたま。あれほどの津波は想定外」と明かした。
県南の仙台空港が津波にのまれ運航不能となった。海岸からはだいぶ距離があるはずなのになぜ。そんな疑問を持つ間もなく、今度は東電の福島第一原発が大きな損害との情報が入る。宮城・女川原発とは逆に、福島は低く整地し海岸線にあった。九州の友人から携帯にSMSで「仙台の実家は大丈夫ですか」と連絡が入る。
大震災時を振り返り、JR東日本の富田哲郎社長(当時)は会見で「鉄道の神様って本当にいるんだと思った」と語った。大地震で交通の要所・JR仙台駅の天井が落ちるなど大きな被害を受けた。しかし新幹線の事故はなかった。地震のほんの数分前に仙台駅を発車したばかり。ホームに客はほとんどおらず、しかも車両はまだ加速前の徐行運転。富田は続けた。「もし200キロ以上で走行していたらと思うとぞっとした」と。
記号「3・11」と「あの日」
まずは大震災表記「3・11」の無神経さを恥じなければならい。短く一言で分かる。だがそれは〈他者の論理〉なのだと、10年前の現地取材を重ねて気づいた。被災地で、「3・11」は記号化されたみたいでいやだとも指摘された。無意識に使うにつれ、他人事となり本質を見失しかねない。
そう言えばと思い当たった。現地では「3・11」ではなく、「あの日」としか言わない。それで十分なのだ。あの日のあの時の恐怖と悲劇と涙と汗を集約した三文字なのだ。
東日本大震災の本質とは自他一体ではないか。災害列島ニッポンでいつ誰にでもどこにでも起こりうる。だからこそ、全国等しく驚き嘆き応援した。四半世紀前の阪神・淡路大震災とも性格が大きく違う。阪神は大都市型集中被害と言ってよい。犠牲者の多くは建物崩壊による圧死だ。あの時にボランティア活動が定着した。
10年前の「あの日」は日本、いや世界が経験したことのないトリレンマ、〈三重苦〉が一挙に襲った。巨大地震、波頭が十数メートルにも達する大津波、原発事故に伴う放射能汚染。被害は東北・三陸にとどまらず、太平洋沿岸部の広範囲に及んだ。だから名称に「東日本」が付いた。犠牲者の多さはもちろんだが、その後の生存者を覆ったのは癒えぬ心の傷跡だ。行方不明者の多さだ。2月1日現在で死者1万5899人、不明者は今なお2529人に達する。被災地では死亡が確認されない以上、死亡届は出さないという声も何人からも聞いた。
ノートはたった2日間で埋まる
資料の山から探し出した〈大震災ノート〉。2011・4・19の印がある。2011年3月11日東日本大震災から5週間後に実際に被災地に入った時のA7版ノートにメモ、取材の走り書きが載る。普通、1カ月ほどで書き終えるノートが、この時はたった2日間の現地取材で埋まった。
大半が情景描写と人の談話だ。名前、住所を聞き間違えないように、取材した本人にノートに書いてもらう。それぞれの筆跡が、当時の被災者の表情とともによみがえる。関連の新聞切り抜きも20枚ほど挟んであり、厚さは通常の倍ほどある。今、読み返すと判読しがたい文字も多い。急いで書いている。被災地現場で心が高ぶり空回りして筆が滑っているのだろう。
ページの冒頭、〈被災地にて。朝から雨。視界の向こうは霧がかかる。新幹線は福島止まり。ここから仙台へは各駅しかない。車内は復興支援の関係者、取材に向かう在京マスコミら〉〈仙南、白石経由で仙台へ。田起こしを待つ農地。畦があり小川が流れる。しかし人の気配はない。まだまだ余震が続く。静寂さが村々を包む〉〈桜がきれいだ。これが白石川沿いの『一目千本桜』か。満開の実物を初めて見た。春の使者は悲しみに暮れる北国にもいつものように訪れているのか〉。
こんな、とめどもない散文が続く。だがこれこそが貴重な証言でもある。感性の言葉は何事にも代えがたい。
〈大震災取材ノート〉に、たまたま当時に書いた新聞コラム数回のコピーが挟んであった。
2011年3月16日付の後半部分。
〈▼高校まで過ごした故郷。仲の良かった友ら。教師や公務員、新聞記者、そして農業を継いだ者も。厳粛な「事実」の前に、まぶたを閉じると屈託ない笑顔が走馬灯のように巡る▼言葉を紡ぐ職業を選んだ者の宿命は、どんなことがあっても事実を活字に刻むことに違いない。しかしあまりに目頭が熱くなる。書きたい言葉が次々と頭に浮かぶのに、パソコンを打つ指が進まぬ。緑豊かな杜の都は大丈夫なのか。友らは無事なのか〉
津波が全てを奪い全てを残した
10年前の2011年4月、被災地に入ってまず感じたのは自然災害の爪痕の深さだ。車に乗って宮城の沿岸部を県庁と普及センターの案内で進む。道路の亀裂が生々しい。時々、余震が続く。
沿岸部の整地された水田は瓦礫の山だ。しかも、あり得ない組み合わせ。大量の流木、横転した車、場合によっては小舟も。自衛隊員がそこら中にある自動車のドアを開け田んぼの水路を棒でつつく。犠牲者を探しているのだ。
奥山恵美子仙台市長(当時)は後に会見で「地震での仙台市内の犠牲者は100人前後。残りの多くは津波による」と語った。巨大津波が全てを奪い、そして復興の大きな支障となる大量の瓦礫を残したのだ。
(次回は「被災農業の現場」)
※メモ 東日本大震災
大地震、巨大津波、原発事故が連鎖した世界初の〈複合災害〉。2011年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とする地震が発生。岩手県沖から茨城県沖まで約500キロの断層が動き、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した。
沿岸は最大30メールの津波に襲われ、2万2000人を超す戦後最悪の死者・行方不明者を出した。農業も大きな被害を出した。津波が直撃した東京電力福島第一原発は1~3号機がメルトダウン(炉心溶解)を起こし大量の放射線物質を放出。世界最悪級の原子力事故になり、多くの人が故郷を追われ、いまだに帰宅できないでいる。福島では1次産業の風評被害も続く。全国の避難者は大震災直後に47万人に達し、今も4万人以上の避難が続く。
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