【クローズアップ:「あの日」から10年】大震災取材ノートより(下)「〈頑張れ〉が〈顔晴れ〉になる日はいつか」農政ジャーナリスト・伊本克宜2021年3月4日
「あの日」から10年。大きな区切りを迎えた。確かに営農再開は一定進み、新しい農業の姿も見える。だが〈復興格差〉は広がるばかり。東日本大震災の復興と残された課題を見たい。(敬称略)
復興した被災地では自動走行農機などスマート農業も進む(宮城・東松島市で)
自然の記録の覚え書き
〈天災は忘れた頃にやってくる〉。夏目漱石の高弟で物理学者の寺田寅彦の警句は今も生き続ける。寺田のエッセイに次の箴言もある。〈地震や津浪は頑固に、保守的に執念深くやって来る。科学の方則とは畢竟「自然の記憶の覚え書き」です〉。壮絶な「あの日」の記憶と記録を風化させてはならない。
「あいたくて」
戦後、花森安治が創刊した「暮しの手帖」。最新号は、「生きる」を題材とした数編の詩を挙げた。その中の工藤直子「あいたくて」は心に届く。
〈だれかにあいたくて なにかにあいたくて 生まれてきた―― そんな気がするのだけれど〉〈それでも 手のなかにみえないことづけを にぎりしめているような気がするから それを手わたさなくちゃ だから あいたくて〉
大震災は多くの犠牲の上に、今の復興がある。生かされた人々はそのことを誰よりも感じている。「あの日」を境に天国に昇った愛しい人たちに〈あいたくて〉、見えない言付けをいつか必ず〈手渡す〉ために生き続ける。被災地で〈頑張れ〉という言葉に何度か違和感を覚えた。「これ以上何を頑張るのか」という訳だ。同じ〈がんばれ〉でも、頑なに張り詰める〈頑張れ〉ではなく、顔が晴れ晴れする〈顔晴れ〉こそ欠かせない。
3・11の気象激変
被災地を取材し、10年前の3月11日の気象の激変に驚かされた。宮城県南、福島県境の山元町で当日の様子を取材すると、午前中は日差しが照り暑いぐらいだったという。むろん北国の春は三寒四温の典型だが、午前中の農作業は汗をかくぐらいの好天だった。それが昼過ぎから一転し、鉛色の空が覆う。やがて寒くなり雪が舞い降りる。大地震の午後2時46分には、異変を予兆するように悪天候に転じた。悲劇を経てその日の夜。急に天気は回復し夜空には満天の星が輝く。高台に逃げ命を長らえた人々は、星の一つ一つが逝った人の魂の輝きに見えた。
津波は真っ黒な顔で牙をむいた
歴史小説、ノンフィクション作家・吉村昭の『三陸海岸大津波』に〈のっこ、のっことやって来た〉との表現がある。震災常襲地帯の東北・三陸では津波を〈ヨダ〉、命を守るため一家ばらばらで逃げることを〈てんでんこ〉という。それらが、今回の大震災の取材ですーと胸に入ってきた。
大地震は建物倒壊などをもたらしたものの、それほどの多くの人命を奪うものではなかった。問題は津波だ。それも地震から約1時間後に起きた。一旦避難した人々は、自宅の被害、様子が心配で戻ったりした。そこ巨大波が襲いかかった。
それも確かに〈のっこのっことやって来た〉。一度帰宅し、津波警報で急いで高台に逃げた約10人に当時の様子を聞いた。それはゆっくり、しかも獲物を狙う獣のように着実に迫ってきたという。真っ黒で煙を出し、バキバキと音も伴っていた。ある人は隣家の老婆に「津波だ。早く逃げなさい」と促したが、「まだ大丈夫だ。もう少し後片付けしてから」と言って帰らぬ人となった。ある人は車の運転中に津波に巻き込まれた。車が小舟のように浮き流された。ドアが水圧で開かない。窓を開け外にようやく出た途端、車は沈み九死に一生を得た。流された大量の車は、鉄の塊に代わり凶器となって家々を壊した。
実は誰が死に、誰が生きるかはほんのわずかの差だった。幹線道路は海岸沿いに延びる。地震と津波は人々をパニックに陥れた。車は渋滞し、そこを一挙に津波が襲った。横に逃げるのではなく、山に向かい縦に逃げなければ駄目だったのだ。
ばらばらになって逃げる〈てんでんこ〉は今に生きる。
人口減少期初の大災害
元復興庁事務次官の岡本全勝は「日本の人口減少が本格化して初めての大災害だった」と強調。そして「インフラと公共施設、住宅が復旧したら復興すると思っていたが違った」と振り返る。
確かに被災地に行くたびに街の様相は変わり、地域は穏やかさをも取り戻しつつある。だがそれは表面上だ。人々の賑やかさが戻らない。先行き不透明のなかで、人口の流失は進む。2008年から日本は人口減少期に転じた。2011年の大震災はその中で起きた。巨額の税金を投入したハード投資だけが突出し、立派な箱物ができたがそこで活動する人が不在なのだ。
新しい芽を育てる
被災地の農業地帯はどうか。連載『「あの日から」10年』(中)でも触れたが、若手を中心に〈新しい芽〉が出て大きく育ちつつある。例えば宮城県南の亘理町、山元町周辺。震災前は水田に加え、イチゴを中心とした園芸地帯でもあった。そこが津波の直撃を受けた。
その後、地域の若手が動き出す。これまでの経営形態を切り替え、生産性が飛躍的に上がる立ちながら収穫作業が可能となるイチゴ髙設栽培を相次いで導入した。普通は多額の投資が必要だが、震災交付金などを有効活用すれば相当負担は軽減できた。販売もインターネットなどITを駆使する。関係者は宮城県南一帯のイチゴ生産の高設栽培比率は全国一の水準に達したとみる。
土地利用型の水田は、大震災を機に大区画の圃場整備が進んだ。ドローンやICTを積んだ自動走行農機などスマート農業の実用化が成果を上げつつある。
大震災とパンデミック
「あの日」から10年。問題は震災後の〈光と影〉、埋めようのない復興格差だ。特定地域のあるところに多額のカネが落ちる。まるで過剰投資ではないかと思えるくらいに。一方で個人レベルでは、大震災で担い手を失った農家は次の展望が見えない。やはり問題は〈ヒト〉なのだ。
大震災の課題は人が支え合い関わり合う〈つながり〉と大切さと、地域コミュニティづくりの大事さを提起した。
そして2011年と昨年2020年。同じ3月11日の二つの歴史的出来事を思う。世界初の複合災害と新型コロナ禍に伴う世界保健機関(WHO)による世界的大流行を意味するパンデミック宣言。気候変動とウイルス禍は、人間の行き過ぎた経済行為に警鐘を鳴らしていないか。
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