食料自給率向上と「みどり戦略」の連動性確保を 谷口信和・東大名誉教授【農協研究会報告から】2022年4月26日
農業協同組合研究会が4月23日に開いた2022年度(第17回)研究大会では、「熱く語ろう JAはみどりの食料システム戦略にどう向き合うか」をテーマに、3人がみどり戦略の課題や今後の実践に向けた地域戦略などについて報告した。本日から3回に分けてその内容を紹介する。1回目は、研究会会長の谷口信和東京大学名誉教授が「自給率向上と地産地消こそみどり戦略の心髄」と題して報告した内容を紹介する。
谷口信和・東京大学名誉教授
国民全体の目標となる合意づくりを
「みどりの食料システム戦略」(「みどり戦略」)は自給率向上と地産地消が心髄だと考えているが、これが十分に理解されていないように思う。日本農業新聞の農政モニター調査によると、7割以上が「みどり戦略」の内容を知らなかった。これでは生産者から消費者までを包括する21世紀の最重要課題を首尾よく達成することは困難であろう。みどり戦略は、主要課題とされる有機農業への取り組みなど、方向性そのものは納得できるが、先行するEUに合わせただけの目標設定は、やや拙速といわざるをえない。日本の過去と現状を冷静に分析し、多くの多様な農業者や消費者の参加のもと、国民全体の目標となるような合意づくりが必要だ。また、現在進行形のウクライナ戦争がいかに膨大な量のCO2を排出し、地球温暖化に拍車をかけているかを検証することが必要になるだろう。
日本農業の課題を考える上では2000年以降の農産物・食品の国内市場の動向をどう見るかが重要だ。しばしば、人口の減少で消費量が減っているといわれるが、2008~10年ころを転換点として畜産物の消費が顕著な増加傾向を示している。これに伴って2012年以降、飼料用トウモロコシの消費量が増えている。国内畜産が健闘しているからだ。今後、食肉消費などの増加にともなって国産飼料穀物の需要は一層高まるものと予想され、ここに耕畜連携による国内農業発展の芽がある。
従って、輸入トウモロコシの代替を含めた国内の濃厚飼料基盤を拡大することが必要であり、長期的な需要減少が続く食用米を作る水田を、飼料用米の作付に回すことが最も理にかなっている。その飼料用米は、生産調整の緊急避難的な受け皿として扱われ、2021年産の作付面積は2030年目標の9.7万haを超過達成したにもかかわらず、主食用米と変わらない単収水準のため、生産量が61.9万tと、2030年の目標70万tを下回っている。かつて掲げられた飼料用米生産量目標110万tを超える目標設定が求められているのではないか。
日本型畜産の構築通してアジア諸国のモデルとなる可能性も
このように今後の日本の農業にとって畜産は重要な位置を占める。「みどり戦略」はCO2削減のために、化学肥料の30%削減、有機農業100万ha(耕地の25%)、化学農薬の50%削減を打ち出している。海上輸送される輸入飼料が膨大な量のCO2排出をともなっていることを考えれば、国産自給飼料を重視し、飼料自給率を引き上げることは、一方で直接にCO2排出削減に寄与するとともに、他方では畜産から発生する堆肥の活用によって、化学肥料の施用減少を通じて、ここでもCO2削減に貢献する。そして、食料自給率の向上を通じて食料安全保障の土台が構築されることにつながるといえる。つまり、食料・農業・農村基本計画が示す食料自給率向上と「みどり戦略」の連動性確保が不可欠の課題だといえる。
大豆も油糧用と食用で消費が拡大しているが、食用の需要に生産が追いついていない。小麦も同様。従って輸入トウモロコシの代替として、飼料用米だけでなく、子実トウモロコシ生産の可能性を追求することは重要だといえる。ただし、トウモロコシは耐湿性が低く、湿田での栽培には向かないから、田畑輪換を実現できる水田の汎用化を通じた作付拡大の方向が求められる。水田リノベーション事業等で水田の畑地化の方向が重視されているが、これは合理的な政策選択ではない。
水田で作る飼料用米は、いつでも主食用米に転換できる水田の維持を通じた食料安全保障の確保、アジアモンスーン地帯の風土的な条件に見合った飼料的基盤に基づく日本型畜産の構築を通じて、他のアジア諸国における農業発展のモデルとなる可能性を秘めている。
気候変動・生物多様性に対応した農業政策体系を
なお、気候変動対応のCO2削減を基点とする国内農業生産の前提条件として、①生産資材・農産物の移動・輸送距離の短縮による化石燃料資源の消費削減、②効率的な機械・施設利用を通じた化石燃料資源消費の縮小、③耕畜連携による耕種部門の化学肥料投入量の減少、糞尿の堆肥化によるCO2の削減、④化学農薬の削減による環境保全型農業・有機農業化、⑤労働生産性の向上と有機農産物・食品購買力上昇が鍵になる。
また、基本計画の農産物需要見通しに関しては、①米の消費量減少の評価が甘いのではないか。今のままでは主食用米はもっと減る可能性がある、②小麦・大豆は減少が過大評価ではないか、③肉類は増加幅の見込みが小さいのではないか、④生乳は国産チーズへの期待が大きいものの、支援体制は整っているのか、などの再検討が求められる。基本計画と「みどり戦略」を統合した生産体系の明確化が必要であり、特に気候変動・生物多様性に対応した統一的な農業政策体系を国民的な議論を通じて再構築することが急務である。
(あすは神奈川県の「JAはだの」宮永均組合長の「都市住民を巻き込んだ食料・農業システムへの挑戦」について掲載)
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