デフレ終焉なきコストプッシュ型インフレ襲来の「最悪の局面」 リアルな議論を【三橋貴明・経世論研究所所長】2022年5月17日
コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻などで世界的に燃料や食料価格が高騰する中、日本では円安の流れも強まって輸入物価が上昇し、生産者や消費者の不安が高まってきている。こうした状況をどう受け止めるべきか。日本経済の問題点や今後求められる対策などについて経世論研究所の三橋貴明所長に寄稿してもらった。
日本は「コストプッシュ型インフレ」
三橋貴明・経世論研究所所長
現在の日本のインフレ率上昇は、あくまで「コストプッシュ型インフレ」であり、デフレ脱却ではない。デフレとは、総需要(消費と投資)が不足する経済現象だ。
我々は、一日に100の生産ができる。それにも関わらず、お客さんが90しか買ってくれない。これが需要不足であり、デフレーションなのである。
100の生産が可能であるにも関わらず、需要が90しかない。となると、我々は生産した財やサービスをたたき売ろうとするため、価格が下がる。物価の下落とは、あくまでデフレーションの二次的な現象に過ぎない。物価が上昇したからといって、デフレ脱却にはならない。需要不足が続く状況で、物価だけが上がるという現象は、普通に起こりえる。
所得創出のプロセスで考えてみよう。
我々は生産者として働き、付加価値(財やサービス)を生産。生産した財やサービスを、顧客に需要(消費・投資)として購入(支出)してもらい、所得が創出される。
所得創出のプロセスにおいて、生産、支出(需要)、所得の三つは必ず一致する。そして、国内の生産の合計が「国内総生産(GDP)」である。
もっとも、生産、支出、所得の三つは必ず一致するため、実はGDPとは生産の合計であり、支出の合計であり、所得の合計でもあるのだ。実際、内閣府は毎四半期「生産面のGDP」「支出面のGDP」「(所得の)分配面のGDP」と、三つのGDP統計を発表している。そして、三つの面のGDPは、合計金額が必ず一致する。これを、GDP三面等価の原則と呼ぶ。
生産、支出、所得の三つが必ず一致するため、付加価値の価格が上昇し、名目的な生産金額が上昇すれば、所得も必ず増える。例えば、100円の付加価値の生産を行い、100、販売していた。当初の所得は10000円。
ここから、物価が10%上昇した場合、所得創出プロセス全体では生産も、支出も、所得も10%増加する。所得は11000円になる。
とはいえ、生産者が「外国の生産者」だった場合はどうなるだろうか。
消費税増税に似たコストプッシュ型インフレ
お分かりだろう。輸入物価の引き上げである。輸入物価上昇の場合、確かに名目的な生産、支出、所得の三つは増えるのだが、上昇するのは「外国の生産者」の所得なのである。輸入物価上昇によりエネルギー価格、食料価格が上昇したとしても、日本国民の所得は一円も増えない。所得が増えないにも関わらず、支出のみが増えるという点で、コストプッシュ型インフレは消費税増税に似ている。
消費税増税も、国民の所得は一円も増えないにも関わらず、強制的に物価が引き上げられる。コストプッシュ型インフレも、国民の所得は一円も増えない状況で、物価上昇により支出金額のみが増える。となれば、可処分所得は減少する。
すなわち、消費税増税やコストプッシュ型インフレはデフレ化要因なのだ。実際、日本銀行も、4月11日に参院決算委員会で西田昌司参議院議員の質問に答え、
「ウクライナ情勢を受けました供給不安に起因する資源・穀物価格の上昇は、短期的にはエネルギー・食料品を中心に、物価の押し上げ要因となる一方、家計の実質所得の減少や、企業収益の悪化を通じまして、国内需要の下押し要因となります。このことは感染症からの回復がなお道半ばにある我が国経済に悪影響を与え、長い目で見れば、基調的な物価上昇率の低下要因ともなり得ます。」
と、正しい答弁をしている。
日本国は1997年の橋本緊縮財政以降のデフレが終焉しない状況で、輸入物価上昇によるコストプッシュ型インフレが襲来するという「最悪の局面」を迎えることになったのだ。
輸入の多くが「必需品」の日本の抱える問題
そこに輪をかけて問題なのは、日本の輸入の「種類」である。誤解して欲しくないのだが、日本は別に輸入大国ではない。財の輸入とGDPを比較した「輸入依存度(2019年)」を見ると、日本はブラジル(10.2%)、アメリカ(11.7%)に次ぐ低い数値となっている(13.6%)。日本は、全体の数値を見る限り、輸入依存国でも何でもない。
問題は、日本の輸入の多くがエネルギー、食料といった「必需品」であるという点だ。コロナ禍やロシア・ウクライナ戦争を受け、世界的にエネルギー、食料価格が高騰し、日本は輸入物価が一気に上昇する事態になった。
その上、日本はコロナ禍に対し十分な財政出動をしなかった。未だにデフレが続き、日本銀行が利上げできる状況は訪れていない。反対側で、アメリカは大規模財政出動により景気が一気に拡大し、FRBは今後の断続的な利上げを宣言している。
となれば、為替市場において、
「今後、金利が高いアメリカのドルが、金利が低い日本の円よりも買われる」
という考え方が醸成され、実際にドルが買われ、円が売られることで円安になった。皆が「円が下がり、ドルが上がる」と思ったが故に、実際に円が売られてドルが買われるドル高円安。いわゆる、自己実現的予言である。
日本が円安ドル高を「問題視」するならば、財政拡大により利上げ可能な環境を構築するしかない。とはいえ、現実の日本政府は財政拡大に逡巡し、コロナ禍で国民が困窮しているタイミングでコストプッシュ型インフラが襲来した。
リアルな議論なければ「国民が飢える国」に
今後の日本で進行するコストプッシュ型インフレは、食料やエネルギーという必需品の価格を引き上げ、特に低所得者層に大打撃を与えるのに加え、日本の食料、エネルギー安全保障の危機を顕在化することになる。
日本の2020年度のカロリーベース穀物自給率は、わずか37%。小麦は14%、大豆は7%、トウモロコシはほぼ0%。野菜は79%だが、野菜の種はほとんどが外国産。外国から種が入ってこないとなると、日本国内で野菜の生産はできない。牛肉、豚肉、鶏肉といった畜産物の自給率は50%前後だが、日本の畜産業は餌について外国(主にアメリカ)の配合飼料に依存している。今後、穀物価格が世界的に高騰していくと、日本に安価な配合飼料が入ってくることはなくなる。
さらに、日本の化学肥料の原料であるリン、カリウムは100%輸入依存。リンやカリウムの調達についても、中国の輸出抑制で輸入が制限されつつあった矢先に、中国と並ぶ大生産国のロシアなどで紛争がきた。今後の調達の見通しは、ますます暗くなっている。ちなみに、リン鉱石の生産は首位が中国で、4位がロシアである。カリウムは3位がロシア、4位が中国。
コロナ禍とロシア・ウクライナ戦争を受け、日本国民は自分たちがどれだけ胃袋について「外国」に依存していたのか、思い知ることになるだろう。このタイミングで、国民が「自分たちの食を確保するためには、どうしたら良いのか?」というリアルな議論をしないのならば、我が国は普通に「国民が飢える国」に落ちぶれることになる。
ポイントオブノーリターンは、もう目前なのだ。
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