【緊急寄稿】国民生活への配慮ゼロ解散 田代洋一横浜国大名誉教授2026年1月20日
高市早苗首相は1月19日、23日に招集される通常国会の冒頭で衆議院を解散し、27日に総選挙を公示することを明らかにした。高市首相のこの判断をどう見るか、総選挙で問われるのは何か、日本が進むべき針路は? 田代洋一横浜国大名誉教授が分析、提起した。
記者会見に臨む高市早苗首相、2026年1月19日(首相官邸ホームページより)
通常国会冒頭解散の意味
19日夕、高市首相は解散・総選挙を表明した。笑顔とこわばりが交互に走った。直近の週刊誌対談で、国民・玉木代表は「解散は、27年度の通常国会が終わった後では」としていた。党を率いる政治家にとっても、それほど急な解散だ。
解散を最初に口にしたのは9日の讀賣だが、その前後、NHKテレビが内閣支持率の世論調査を報道した。そこでは、わずかだが支持率が下がり、不支持率が上がった。高支持率がピークを越したその瞬間、高市首相は解散を決断したのだと思う。
この解散、何と名付けるか。「大義なき解散」、「自己都合解散」という点でマスコミは一致している。表向きの理由は「連立の変更、積極財政、安保三原則の見直し等について国民の審判を受ける必要有り」と言うことだが、それなら新年度予算成立後でも遅くはない。物価高騰に悩む国民生活を踏まえれば、まず新年度予算だ。厳寒期、受験シーズン、自治体業務の集中など、最も多忙多難な時期の解散を名付ければ、「国民生活への配慮ゼロ解散」だ。
首相は、「高市に日本の国家運営を託して頂けるのか」を問う選挙としているが、総選挙を国民投票や大統領選と取り違え、あまりに高市個人を突出させている。「台湾有事=存立危機事態」の失言を帳消しにする思惑もあろうが、外交的に余りに危険だ。
目標は「与党過半数」だが、本音は「自民単独過半数」だ。連立の不安定性等を解消し、自分が思うようにやりたいということであり、我々もそちらに注目すべきだ。
朝日新聞2025年12月29日付けの調査結果で、「次の選挙の投票先別にみた高市への好感度」をみると、日本保守93%、自民84%、参政82%。それに対して公明33%、立民20%、共産14%だ。高市自民は、石破自民に飽き足らず右シフトした票のいくばくかを取り戻せる可能性がある。
青年層の動向も気になる。高市政権の物価高対策、対中国強硬姿勢の支持率は20代・30代が他世代より高い。その背景に青年層の生活の苦しさがあるのではないか。
かつて中曽根元首相は「日米運命共同体・不沈空母」論をとなえたが(1982年)、今や高市首相は、横須賀のアメリカ原子力空母の艦上で、トランプに「日本初の女性総理」とおだてられてピョンピョン飛び跳ねる。それが、一部の若者には「ノリがいい」と写るようだが、屈折を感じる。青年層の生活向上に響く政治が求められている。
立民・公明の新党立ち上げ
解散で注目されるのは、立民・公明党がすかさず新党・中道改革連合を立ちあげたことだ。選挙互助会的な「にわか」新党だが、前述の高市好感度の分布でも両党支持者の位置は近い。「讀賣」1月16日は、2024年衆院選に基づく試算を振り返り、公明票が全て立民に回ったとした場合、首都圏を中心に30選挙区で立民が自民に勝つという。
このタイミングでの新党立ち上げは、それが政権交代で日本の右旋回に歯止めをかけようとするのであれば、大いに評価できる。自民党が右シフトすることで空いた「中道」空間を「中道改革連合」が埋める算段だが、その成否は、右傾化を危惧する「中道保守」層をどれだけ取り込めるかにかかっている。しかし朝日新聞の世論調査(1月19日)でも、立民・公明・中道改革連合を合わせた支持率はせいぜい1割程度で、新党は「政権の対抗勢力にならない」が69%だ。
そもそも新党の政権交代に向けての気迫や構えが感じられない。当面、衆院議員だけの新党たちあげは、両党の落ち目に歯止めをかけるための「一夜城」のようだ。公明は比例区に集中し(統一名簿で公明を優遇)、立民が小選挙区で公明の応援を受けるようだ。しかし立民は先の参院選の比例代表で国民・参政に劣後し、政党としての看板を掲げる以上は比例区で存在価値を示す必要がある。公明支持者としても、これまで書いてきた「自民」候補者名をすんなり「立民」に変えるのは抵抗感もあろう。そもそも公明に自民と縁を切る気はない。
「生活者ファースト」を掲げるが、それは小沢・民主党時代の「国民の生活が第一。」の二番煎じ。消費税減税は各党とも同じ。基本政策では、安保法制合憲、原発再稼働容認になった。立民が公明に合わせたわけで、「中道改革」自体が右シフトした。
結果、各党の差は、消費税減税の%や時限か恒久かだけで(予算の差は大きいが)、「争点なき選挙」になりかねない。
「ドンロー主義」アメリカ
総じて、日本の政治は流動性を高めつつ右傾化していくのではないか。それで激動する世界に伍していけるかが問われる。
昨年12月のアメリカ国家安全保障戦略は、「米国が全ての世界秩序を支える時代は終わった」と宣言し、南北米大陸・グリーンランド等の西半球の権益確保というモンロー主義に復した。「西半球で地域覇権を確立しつつ中ロとディールして世界を支配する」というアメリカの世界戦略が鮮明になった。トランプはそれを、「ドナルド」と「モンロー」を合成した「ドンロー主義」と呼ぶ。それは、ベネズエラ侵略、グリーンランド領有など、麻薬や安全保障を口実に露骨に資源略奪を狙い、元首拉致により政権交代を図る手口など、総じて中ロに格好の口実と手本を与えるものだ。
トランプは「私には国際法は必要ない。私を止められるのは私自身の道徳だけだ」とうそぶく。これは専制君主、帝王の言葉だ。高市首相は「世界のど真ん中で咲き誇る日本外交をとりもどす」として、「自由、民主主義、法の支配」を核に据えるが、トランプの無法を糺す気配はない。
ドンロー主義は、「アメリカは日本も台湾も守らない」というメッセージだ。また、高市首相が総理補佐官の核保有の進言をたしなめたという話も聞かない。日本の真の安全保障は危機にある。
「惰性で日米同盟を続けるな」「対米一本足打法に偏るな」―これは安倍政権時の国家安全保障局長・矢内正太郎の言葉だ (日経、7月8日、12月7日)。日米同盟大事の彼にして、こう言わざる得ない状況を直視すべきだ。
実質賃金の引き上げを農業所得増につなげる
株価は上昇だが、国債増大の日本の将来不安から長期金利は上がり、円安は進み、実質賃金は下がり続けている。国民負担率(税と社会保障負担の対GDP比)は何んと46%に及ぶ。この「失われた30年」から高市積極財政は脱却できるか。
経済財政白書や厚労白書が「失われた30年」の原因を見事に解明している。すなわちこの間、日本企業は円安で経常利益を大いに稼いできたが、それを設備投資や技術革新、労働分配率(雇用者報酬/GDP)の引き上げに回さず、内部留保(利益剰余金)と株式配当にあて、内部留保は海外子会社の設立、海外企業のM&Aに向けてきた。
そうだとすれば、内部留保への課税を強めることで、企業を労働分配率の引き上げに向かわせ、実質賃金を高める必要がある。それにより国民は低価格志向から脱却し、農産物を正常な価格で買えるようになる。
農政では「水田政策の見直し」、食糧法改正の方向が焦点だ。「需要に応じた生産」というが、「需要に応じる」ための生産調整政策をどうするのか、ゆとりある需給調整の一環としての備蓄をどうするのか。民間備蓄は有効か。価格によるコストのカバーが及ばない場合、直接支払政策が不可欠になるが、その仕組みをどうするのか。直近の米価下落対策は。余りにあわただしい選挙だが、政策論争が少しでも深化し、実のあるものになることを願いたい。
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