「福島復興の課題とALPS処理水問題」で講演会 協同組合懇話会2023年10月2日
協同組合懇話会(今尾和實代表委員)は9月25日、東京都の共栄火災海上保険本社ビルで定例研究会を開いた。講師は福島大学食農学類准教授の林薫平氏、講演のテーマは「福島復興の課題とALPS処理水問題」。オンラインを含めて40人が参加し、福島県農協中央会特別顧問(前全国農協中央会副会長)の菅野孝志氏も特別参加した。
林氏(向かって左)と菅野氏
県民、国民の声で廃炉と復興の両立を目指す
林氏は7月に発足した「復興と廃炉の両立とALPS処理水問題を考える福島円卓会議(以下円卓会議)」の事務局長で、福島県地域漁業復興協議会委員などを務めている。菅野氏は同会議の呼び掛け人の一人だ。
林氏は講演の最初に、福島原発事故からの漁業復興の歩みと東京電力福島第1原発の汚染水と処理水をめぐる経緯を次のように述べた。
「2012年に試験操業が始まったが、翌年に東電が事故を起こした原発に触れた汚染水をそのまま海中に漏えいしていると発表したので、大騒ぎになった。15年に海側遮水壁を閉鎖するためと理解して、漁連はサブドレン(井戸)汲み上げ水の浄化放水計画を承諾、『関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない』という約束文書を漁連と国、東電で交わした。16年にヒラメが解禁になり、漁獲が開始され、本格操業の一歩となった。20年から『がんばる漁業復興支援事業』が各地区で始まった。21年に試験操業が終わり、本格操業への移行が始まった。その矢先に政府はALPS処理水の海洋放出を一方的に決定した」。
「福島県漁連の野崎哲会長は18年の公聴会で『ALPS処理水の海洋放出は、本県水産物の安心感をないがしろにし、魚価の暴落、漁業操業意欲の喪失、漁業関連産業の衰退等を招き、福島県漁業に致命的な打撃を与える。築城10年、落城1日』と述べた。IAEAが今年7月に『計画は国際基準に合致している』という報告書を出し、政府は8月に廃炉・汚染水・処理水関係閣僚会議を開き、放出を決定し、東電は24日から第1回の放出(7800t)を始めた」。
こうした動きの中で、「復興と廃炉の両立」に向けて、対話型で県民・国民の声を反映させる方法を模索しようと、今野順夫元福島大学長や菅野孝志氏ら8人が呼び掛け人となって去る7月に円卓会議が発足した。
円卓会議はALPS処理水問題について、「これまで福島県民が発言権を持つ場での合意形成がなかった。福島県の復興の進展を、口約束だけでなく保証できる基準や枠組みについての具体的な議論がなかった。初年度の4回の放出はあくまでテストケース。今後、対話・合意形成の場づくりを国や東電に求める」とし、「周辺地域への安全基準などを県民・国民が参加する開かれた場で協議、審議する必要がある。復興が停滞する懸念が生じた場合は、地元の権限で『社会的遮断弁』を発動できる仕組みを作っていく」などを提案している。
その上で林氏は「円卓会議は今後、想定以上のトリチウムが放出されたり、他の放射性物質が流出したりすることがないよう技術的に監視していく。ALPS処理水の放出で問題が片付いたのではない。取り出したデブリをどこに保管するのかなど未解決な問題が多く、かえって大変な事態になってしまったという不安を感じている。汚染水の対応を丁寧にしないと廃炉もできない。ALPS処理水をタンクのまま貯蔵して国民的議論をしてほしいという声を無視して事態は進んでいる。自民党県議団の中にも、このやり方が進むと除染土壌の中間貯蔵施設も県外処分できず、なし崩しで固定化してしまうのではないかという意見が出ている。今後、農協などを含めて地元の声を反映させるために、地元が納得できるような体制づくり、枠組みづくりをバックアップしてほしい」と期待を語った。
オンラインを含めて40人が参加した
農協も関わっていく考え
林氏の講演の後、菅野孝志氏は「この問題で農協の動きは鈍かった。このままでは、県民と漁業者が分断されてしまうのではないかという心配があった。生協や森林組合と一緒になって協同組合セクターとしてこの問題に関わっていきたい。私たちは山、川、海から資源、恵みをいただいている。それをばらばらでなく、ひとつに集約していくことが大事ではないか。農協グループとしては、エネルギー問題をもう一度考えていく必要がある」と参加者に問題を投げかけた。
質疑討論では、「ALPS処理水問題は、政府や東電は現場の声を無視して進めてしまった。他に選択肢はなかったのか。政府や東電には不信感しかない。事故を起こした汚染水と通常の原発から出る水を同一視できるのか。周辺地域への影響はどうなるのか。政府は根本問題を先送りしているだけだ。原発差止め訴訟の動きを円卓会議はどう見ているのか」などの意見や質問が出された。
これに対して林氏は、「協同組合は生活密着の考え方に立っている。経済、地域、家族が不安定になると暮らしがダメになる。これまで続けてきた土壌測定など、協同組合・住民主体での農業の復興につながる活動の第二幕として水産業などの沿岸地域復興に取り組んでいきたい。国の原子力政策には賛否両論あるが、運動には穏やかさが大事。差止め訴訟などの放出反対運動や全国的な脱原発運動とは交流をしつつ、我々は事業継続・地域再生を目指しながら、それを守れる仕組みづくりを求めて、現場密着型の具体的な争点を問うていく考えだ」と述べた。円卓会議ではこれからも活動を続け、政府や東電も会議に参加するよう呼び掛けていくという。
(客員編集委員 先﨑千尋)
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