【座談会:どうする農政】食農クライシス過去・現在・未来(中)「貿易自由化」2026年3月6日
今、農政は大きな転換点に立っている。政府は農業の構造転換を5年間で集中的に進めるとし、水田政策は2027年度からの抜本的な見直しに向けての検討を本格させる。座談会ではJA陣営で長く農政に携わってきたJA全中の冨士重夫元専務を中心に米と水田農業、貿易自由化、農政・農協改革の3テーマについてこれまでを振り返り、今後を展望してもらった。
【出席者】
冨士重夫元JA全中専務
加藤純JA全中参事
伊本克宜・農政ジャーナリスト(進行)
加藤純JA全中参事
激動の「貿易自由化」を振り返る
伊本 次に、日本の食料自給率を39%という先進国最低レベルにまで追い込んだ「貿易自由化問題」について、その歴史と未来を考えたいと思います。
加藤 私が全中に入ったのは1997年、約30年前のことです。主に米や農政を担当してきましたが、貿易自由化問題に関してはガット農業交渉が終了し、1995年のWTO設立後、新たな自由化交渉への備えに明け暮れていました。TPP交渉もまさに試練の闘いでした。銀座でのトラクターデモを、事務的な段取りを含めて必死に手配したことを今でも鮮明に覚えています。
あわせて、各界各層を巻き込んだ「食料・農林漁業・環境フォーラム」を立ち上げ、国民運動を展開しました。この運動が、国内で消費する食べ物はできるだけ国産で対応できるようにするという、現在の「国消国産」運動の原点だと思っています。
冨士 日本農業が追い詰められていく歴史を「過去・現在・未来」で考えることは、高市政権が掲げる食料安全保障強化の進路を示すことにもつながります。
歴史的節目を振り返ると、1986年からのガット・ウルグアイラウンド、1995年のWTO発足、その後の2001年からのドーハ・ラウンドの決裂、2007年の日豪EPA、そして当初「ゼロ関税」を唱えたTPP交渉。さらには現在のトランプ関税。
結論を言えば、日本はWTO規律に極めて真面目に向き合い、これまでの価格支持政策から転換し、農畜産物の保護水準を削減してきました。しかし、トランプ関税などの現状を見れば、今一度、農政を根本から組み直し、直接支払いの拡充などを進めるべきです。「足りなければ輸入で賄えばいい」という時代は、もう終わったと見るべきでしょう。国際市況の高騰、円安が重なり、生産資材が高止まりしている現状で、新たな支援を制度化しなければ農業者の経営は持ちません。これに応えるのが政治の力であり、JAグループの役割です。
「シンTPP」――新帝国主義の時代
伊本 私は現在を「シンTPP」時代と名付けています。原則ゼロ関税のTPPとは違い、トランプ、プーチン、北京(習近平)の頭文字をとったものです。この3人の権力者がパワーゲームを繰り広げている「新たな帝国主義」の時代です。
冨士 「新たな帝国主義」は、軍事による領土分割だけでなく、経済的攻勢で国際的波乱を招きます。トランプ関税は、関税削減を旨とするWTO規律の完全崩壊を意味します。トランプ政権は「タリフマン(関税男)」として、高関税を一方的に通告し、相手国の譲歩を引き出すディールを続けている。これは日本やEUといった同盟国に対しても同様です。また、中露は民主的な手続きを欠いた強権独裁国家であり、国家資本主義のような動きを見せている。これにどう備え、対応していくのか。非常に厳しい局面にあります。
加藤 貿易自由化問題は、もはや別次元の時代を迎えています。生産資材の高止まり対策などは喫緊の課題。これまでの補正予算対応という「場当たり的」なものにとどまらず、国産化推進を含めた、新たな仕組みづくりを本気で考えていく段階に来ているのかもしれません。
冨士 2008年7月、WTOドーハ・ラウンドが決裂寸前だったジュネーブの「修羅場」が思い出されます。農業保護削減の基準である「モダリティー」で、日本は米麦、牛肉、乳製品、砂糖などの重要品目の確保を目指していました。タリフラインの10%確保なら重要品目は守られます。
ところが、当時のファルコナー議長の修正案は、基本4%、代償措置で6%というとんでもない数字でした。閣僚級会議を見守るため、私は宮田勇全中会長らと現地に飛びました。自民党の谷津義男氏や西川公也氏ら農林幹部も合流し、若林正俊農相への激励を続けました。谷津氏など「重要品目の十分な数が取れなければ、農相はレマン湖に飛び込むか、どこかに亡命するしかない」とまで迫っていました。谷津氏は重要品目7%という落としどころが見え始めたとの極秘事項を教えてくれましたが、それでも日本の最低ラインには届かない。このままいると「共犯」にされてしまうので我々は帰国を決めましたが、谷津氏らが「敵前逃亡する気か」と言い出す、「結局、会長、副会長はやむを得ないが冨士はとどまれ」となった。ところが会長らが帰国の途のドイツ・フランクフルトへの一時寄港の少し前に、突然、交渉は決裂。米国と中国、ブラジルなどが途上国の特別セーフガード発動基準で激突したためだ。それ以降、WTO交渉は漂流し現在に至ります。
転換点となった日豪交渉、そしてTPP
伊本 2007年の日豪EPA交渉は、重要品目の例外措置を勝ち取った転換点でしたね。
冨士 まさに転機でした。豪州との経済協力には、安倍晋三元首相の強い思い入れがあった。JAグループを挙げて「レッドライン(死線)」を明確にし、重要品目の例外措置を死守するために臨みました。牛肉では関税率が半分程度まで削減されましたが、国産に影響の出る冷蔵肉を高めに、輸入競合の冷凍肉を低めにするなど、戦略的な対応を勝ち取った点は評価できる。米豪を天秤にかける交渉が功を奏した例で、その後のTPP交渉につながります。
伊本 TPP交渉は、官邸主導が強まった時代でした。2013年、安倍首相は「関税撤廃の例外が確認できた」として参加を表明しましたが、萬歳章JA全中会長は重要品目の例外が担保できなければ「即刻、交渉から離脱すべき」と反発したが、TPPに前のめりな官邸とJAグループの間の「溝」は次第に深まりました。「官邸農政」の下、自民党農林族の分断、反TPP運動へのさまざまな懐柔策が繰り広げられた。
冨士 今でも鮮明に覚えているのは、2011年11月の両国国技館での反TPP1万人大会です。農業団体だけでなく、日本医師会などの医療関係者も含め、かつてない広範な団体が結集した。まさに国民運動の広がりを予感させた瞬間です。医師会の中川俊男副会長の連帯の挨拶は非常に力強かった。しかし、官邸はこの広がりを非常に懸念した。農業と医療が結び付くことに危機感を持ったのでしょう。官邸の圧力からか、やがて医師会はTPP集会から姿を消してしまいました。
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