【座談会:どうする農政】食農クライシス過去・現在・未来(下) 「農政・農協改革」2026年3月6日
今、農政は大きな転換点に立っている。政府は農業の構造転換を5年間で集中的に進めるとし、水田政策は2027年度からの抜本的な見直しに向けての検討を本格させる。座談会ではJA陣営で長く農政に携わってきたJA全中の冨士重夫元専務を中心に米と水田農業、貿易自由化、農政・農協改革の3テーマについてこれまでを振り返り、今後を展望してもらった。
【出席者】
冨士重夫元JA全中専務
加藤純JA全中参事
伊本克宜・農政ジャーナリスト(進行)
伊本克宜・農政ジャーナリスト
「官邸主導」による農政・農協改革
冨士 「官邸主導農政」の源流は、2009年の民主党政権までさかのぼるべきでしょう。彼らは「政治主導」を掲げ、官僚人事を官邸で束ねようとした。自民党が政権を奪還した後の「安倍一強」は、その手法を引き継ぎ、強化したものです。安倍首相の主導力と、菅義偉官房長官の調整力、そして経産官僚を中心とした「官邸官僚」の存在が大きかった。
現場の声を軽視した急進的な「農政・農協改革」は、こうした政治的潮流の中で形成された。私は全中専務としてその真っただ中にいましたが、JAバッシングの大きな波が幾度も襲い、その困難さを嫌というほど実感しました。
加藤 2015年前後は全中の広報課長でしたが、マスコミ対応は過酷でした。出所不明の怪情報がメディアにあふれ、全中の一般社団化などが既成事実のように報じられた。まさに「農協包囲網」でしたね。
伊本 小泉進次郎氏による全農改革や、規制改革会議の金丸恭文氏の存在も大きかったですね。
冨士 結局、農政改革はいつの間にか農協改革にすり替えられたのです。経営局の奥原正明局長が、自らの出世と菅官房長官へのアピールのために、全中の指導力を弱めることが「農業成長産業化」につながるという歪んだ筋書きを書いたのではないか。今でもそう思っています。
伊本 2014年、金丸氏にインタビューした際、彼は「リスクを取らない全中」を強く批判しました。私は、JAグループは「逆ピラミッド」であり、主役は地方の農協だと指摘し、激論となりました。
冨士 理解を得るために菅官房長官とも会食しましたが、彼はある程度理解を示したものの、改革の手は緩まなかった。金丸氏とも森山裕氏の仲介で会いました。森山氏が金丸氏に目の前で電話を入れ、「過度な改革には釘を刺す」と言ってくれた場面もありました。
伊本 2014年5月14日、日比谷野音でのTPP反対集会と同じ日に、規制改革会議から「中央会制度廃止」の答申が出た。まさに理不尽な同時攻撃でした。
冨士 午前中のTPP集会を仕切りながら、正直、これは大変なことになったと感じました。
例外措置が原則ほとんど取れない異常協定・TPPへの対峙と組織の存亡にかかわる理不尽な農協改革への対応を同時にしなければならない、決定的な"日"となったからだ。それ以降、輸入自由化問題と組織問題は車の両輪の最重要課題として、JAグループの運動の中心となります。
しかし、「官邸農政」が強まる中で先行きは全く不透明、見通しが立たなかった中で、安倍政権との攻防は最終局面を迎えていく。
「農協共販」の軽視と酪農の禍根
伊本 共通しているのは、農協による「系統共販制度」の軽視です。酪農の指定団体制度への攻撃もその典型。規制改革会議は系統共販率の高さ(97%)を「独占的だ」と批判しましたが、腐敗しやすい生乳にとって、一元集荷・多元販売は世界共通の合理的な仕組みです。そんな事情をお構いなしに改正畜安法が施行され、今も需給調整に禍根を残しています。
冨士 生乳の一元集荷・多元販売は酪農の根幹。季節変動を繰り返す生乳において、迅速な需給調整は欠かせない。それを壊した代償は大きいですよ。
加藤 最近では、内閣府の規制改革会議の議論も少しずつ多様化しています。全中としても地方の実態を重視した働きかけを強めていきたい。昨年度は不在者地主などのテーマで、愛媛や北海道の現場の声をしっかりと聞いてくれました。こうした接点を保ちながら、地域農業の役割を発揮していく機運を高めていきたいですね。
今後の農政を象徴する「3つの数字」
伊本 今後の課題を象徴する数字として「3兆円」「13%」「50-50」を考えたい。
「3兆円」は農林水産業予算の規模。その1割が水田転作関連ですが、自給率向上のためにはさらなる財源が必要です。JRAからの資金などを活用した「農業構造転換集中期間」も始まりましたが、3兆円の壁をどう突破するか。
「13%」はエネルギー自給率、そして濃厚飼料の自給率。これが日本農業最大のアキレス腱です。
「50-50」は、国民の平均年齢50歳、米の一人当たり消費量50kg。高齢化と米離れの深刻さを示しています。
加藤 飼料自給率問題は、2027年度の見直しとも密接に関わる。3兆円予算の壁を突破し、5年間の集中期間で確実に構造転換を成し遂げなければなりません。
冨士 食料安全保障の観点からは、3兆円は全く不十分です。食料は「命の糧」。エサ代の高騰は畜酪経営を直撃しています。輸入飼料の代替として国産トウモロコシ増産が必要ですが、コスト面で課題が多い。平坦地でのスケールメリット追求とともに、中山間地ではWCSを着実に進めるなど、地域内での耕畜連携を確立することが、循環型農業への唯一の道でしょう。
伊本 戦後、米国による「胃袋占領政策」でパン食が広がり、コメ離れが進んだ。反転攻勢が必要ですね。
冨士 グルテンフリーの米粉利用に数値目標を設けるなど、本来の農業を取り戻す方向へ進むべきです。
歴史は「人」が作る――後進へのエール
伊本 最後に、記憶に残る人物について。
冨士 二階俊博氏は「官邸農政と言ったって、人がやっていることだ。どの官僚が操っているのか特定し、そこを攻めろ」とアドバイスをくれた。勝負師としての凄みを感じました。森山裕氏は、農協バッシングの最中も最も我々に寄り添ってくれた情の政治家。野呂田芳成氏の信念とバランス感覚も忘れられません。
私が学んだのは歴代のトップたちです。第5代・藤田三郎会長の「田あるものは田を耕せ、田なきものは心を耕せ」という名言。運動はシンプルであるべきだと教わりました。第12代・茂木守会長はリーダーシップの鑑でした。そして「言論の人」山口巖専務。「百姓をいじめると国が亡びる」と断じ、「調査なくして発言権なし」と徹底的なデータ収集を叩き込まれました。
加藤 萬歳会長、奥野会長の広報姿勢も印象深い。藤田会長の精神は、今も我々の中に生き続けています。
伊本 農政は「足に靴を合わせる」べきなのに、これまで「靴に足を合わせる」ことを強いてきた。2025年の「令和の百姓一揆」で掲げられた「農政の天地返し」という言葉通り、今こそ実態に即した抜本的な転換を図るべき時です。
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